この日、帝国本国軍は慌ただしく、天と地がひっくり返ったような騒ぎとなっていた。
参謀本部所属のハラルト少将はイライラとした様子を隠す風もなく執務机に腰掛け書類と直立不動の部下を前にしてそれらを交互に見比べては机を爪でカツカツと叩いてため息をつく
「これは、どう言うことだぁ?何をどうしたら南下政策の手始めにとシュトラウトに宣戦布告をしたら奴らと犬猿の仲だったストックハウゼンが我らの敵国になるんだぁ?」
部下を睨みつけながら問いかける
「ハッ、情報部の捜査で発見できなかった秘密協定があったものかと…」
「そんなことは日を見るより明らかであろうが!」
机を叩き激昂するハラルト少将を前に部下は黙り込んでしまう
「まさかこんなことでグルンベルク騎士団国に援軍要請をすることになるなど思わなかったぞ!」
帝国から不穏な思想を持つ者達をまとめて追い払うためだけに建国された危険思家達の遊び場のような騎士団国
彼らの考えのおぞましさは例を上げればきりがない
やれ選民思想は国を守るために必要だの、やれ奴隷制を復活させろだの、果ては思い通りにならない国など一度転覆させても良いと豪語するものさえいる
こんな輩が軍や政治の中枢にまで入り込んでいたために体のいいお払い箱として比較的彼らの勢力が強かった西側国土の一部を切り離し国として独立させた。
その場しのぎのこの案は意外にも功を奏し帝国は長い安寧と国際的な主要国の立場を取り戻した
そんな厄介払いした相手に兵力を出してもらうことになるなど信じられない後世への汚点だ。ただでさえ奴らに介入する隙を与えてはいけないというのに
それまでの経緯ゆえにハラルトは歯噛みせざるを得ない
「まぁ、これ以上の参戦国がない限りは今いる兵力で事足りる。想定より時間はかかるだろうが、そこは占領地と植民地の締め上げをキツくすれば事足りる」
ため息をつきながらも脳内で勘定を終え、問題ないことを確認すると安堵の言葉を漏らす
それを聞いて部下もホッとした溜息を吐く
しかし、そんな少し落ち着いた空気を破壊するように執務室の扉がバン!と大きな音を立てて開かれた
「少将!東国境警備隊より注進!バラキア連邦がこの戦争に敵方としての参戦を表明!警備隊は国境付近で塹壕を構築!現地の保養地で静養中だったクダリ中将が前線指揮をとっているためすぐに崩壊することはないでしょうが長くは持たないとのこと」
部下がその連絡を聞き終わり恐る恐るハラルトの方に向き直ると額に青筋を浮かべ手をワナワナと振るわせる彼の姿があった
「諜報部の士官どもは覚悟しておけ!碌な情報も寄越さず何をしていたか!とにかく占領地の軍は動かすな、掌握の完了している各植民地の駐留軍の50%を引き抜き各戦線に充当!急げ!」
そう命令を出すとこの息の詰まりそうな空気から逃げ出すべく部下達が各部署に向かって執務室を駆け出していく
一人部屋に残ったハラルトは大きなため息を吐くと腰を深く椅子に沈め天を仰いだ
「拡大主義の悪いところがモロに出たな、これは我々に味方してくれる国を探すだけで一苦労やもしれんな」
彼は今後の帝国の行く末を思いまた深いため息をついた