そんなこんなでアラスターの授業をマリーの付き添いで受け続け、いよいよ俺が徴兵される日が近づいてきた。
しかし、いくら戦争に無縁な日本で20年以上過ごしたとはいえやはり人が殺し合いをする場所に行くということに対して抱く感情は恐怖以外の何者でもなかった
「さて、君もそろそろ卒業だな。もう君との付き合いも4年に差し掛かる。寂しくないといえば嘘になるがコレばかりは仕方のないことだ。頑張ってきたまえ」
そんなことを話しながらも、アラスターは一瞬たりとも寂しそうな顔はせず机仕事に精を出し続けている。そんな態度にマリーはイラッとしたような顔をして前に出て行こうとするのを手で制し声をかける
「そんなこと言ってあなたは僕に成果を出して欲しいんでしょ?そうすりゃあ塾生が増えるから」
するとアラスターは少し手を止めると考え込むような仕草をしてこちらに向き直った
「そうしてくれるとありがたいね。ウチは君がいなくなるとまたバイト生活にはや戻りだからね〜、俺みたいな逸材を路傍の石に終わらせない為にも頑張ってくれたまえよ」
そうやって人好きのする笑みを浮かべるとまた作業に戻っていった
「じゃあ、今日のところはもうおしまいですか?帰りますね」
そう声をかけるとペンを握っていない方の手をヒラヒラとさせから
また集中して作業をし始めた。
その日は特にやることもなかったがアラスターの屋敷にいても暇なので出て行こう
とした時、思い出したかのようにアラスターが振り返えった
「あ、そうだ。忘れていた。マリーは少し残っていってもらってもいいかな?」
そう言われると俺の後ろにいたマリーがピクリと動くのが見えた
そこで勘のいい俺は閃いた!
(ははぁ?マリーの彼氏ってさてはアラスターか?)
なるほど、マリーがよく自室に引っ込んで通話している相手はこいつか?にしてもこんなやつのどこがいいのやら…まぁ人の好みにとやかくは言うまい
さては次のデートの約束でもするつもりだなぁ?全く、俺をダシに使うとはけしからんがアラスターにあったおかげで俺も色々なことを学べた。このぐらいは見逃してやるかな
そんな勝手な妄想をひとしきりしたところで
俺はマリーに目配せをすると足速に部屋を出ていった
ーーーーーーーーーー
〈マリー視点〉
自分はこの軽薄な男が全くと言っていいほど好きにはなれない
いつも他人の裏を勘ぐるような目を向け、そのくせ口元には人を油断させるようなニヤニヤとした表情を浮かべている
正直、この男に坊ちゃんを預けるのは反対だった。旦那様や奥様にもおすすめはできないと話したが旦那様はこの男なら信用できると言って坊ちゃんを預けてしまわれた
ですが、この男はどこか信用ならなかったので私も坊ちゃんに同行するようにした。
しかし、私が思っていたよりこの男はまともでかつ学があった。その点については評価するが、人としては好きにはなれなかった
だから基本的にそっけない態度を取り続けていたしこちらをジロジロと見てくる時は睨み返してやった
そんな態度をとっていたにもかかわらずまさか二人きりになってしまうとは思いにも寄らなかった。
「まぁまぁ、そこまで警戒しなくてもいいじゃないか。俺はただ話がしたいだけさ」
私が身構えていると彼は仕事机の横に椅子を持ってくると座るように手招きをした
「わかったぞ!俺が色男だからって警戒してるな?そんなに警戒しなくて…」
そう言い終わらないうちにさっさと座ってやった。この男に意識してるとかカケラも思われたくない
するとアラスターは肩をすくめ、さっきまでの自分の机に座った
「いや、流石に冗談だよ。君のように何か使命を持った人間はコチラとしても願い下げだ。俺は気楽に行きたいしな。あー、そうだなお茶か何か出そうか?」
「いえ、結構です」
そう言ってやるとアラスターは頭を掻き手元のペンをクルクルと回しながら話し始めた
「じゃあ、単刀直入に話そう。先程、俺は”使命”と言ったが…アレは君がルーク君を守ろうとしていると言うことだけじゃない」
そう言うとクルクルと回していたペンを静かに置き左手を顎に当て目を細めて睨みつけてくる
「もちろん彼を守ろうとする気概はすごく感じる。だけどね?それ以外にも何かもっと大事な義務のようなモノを感じずにはいられないんだよ」
「さて、私はそれ以外のことを考えたことはございませんので」
私は澄ました顔で気にしていないと言う風を装っていた。いや、装えていると思っていただけなのかも知れない。背中を冷たい汗がツーッと滑っているのがわかる
だが、そう答えてからもアラスターはニヤニヤとした顔を崩さずに私を見続けて何も言わない
その間が1分にも1時間とも感じられた。
バレている…私が帝国軍から派遣されているスパイだと言うことが
何か言葉を続けた方がいいだろうか…
それともこれほど間が開いたのならさっさと退出した方がいいだろうか。
いや、今部屋を出て行っては余計に疑われてしまうだろうか…すでにこの間が事態を悪化させているのだろうか
あの家に送り込まれてから十数年。あの家族はお人好しすぎだ、旦那様は軍人にも関わらず私を疑うことはなかった
だから気が緩んでいたのかも知れない。この男の視線を不快と思った時にもっと警戒しておくべきだった
しかし、今さら後悔しても仕方がない。そう切り替え相手への切り返しを考えようとした時アラスターが口を開いた
「ふむ、図星かな?」
そう口に出した彼の手にはいつも腰に吊っていたハンドガンが握られていた
「俺は常々言っていたね?この国を元あった独立した国に戻すと。憎き帝国に奪われた土地を奪い返し、奴隷と化した国民達を救い平和を体現したような国に戻すと…」
いつしか彼の口元に張り付いた笑みは消え、ただ冷たい目をした男がそこに立っていた
ハッと気づいて腰を落とし徒手格闘の体制をとるが間に合わない
ハンドガンの引き金が引かれていくのがやけにゆっくりに見えた