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第三話 ある前線兵士の話

「全く、頭の痛い話だ」

そういう風にでもぼやかずにはいられなかった

「仕方ないじゃないですか、装備の充足率を維持していて人員が残ってる小隊なんてウチくらいなもんなんですから」

隣を歩く副官が俺のぼやきに応じる

「だとしてもだ、いくらなんでもウチの小隊だけに『機関銃陣地の攻略命令』とか実質死刑宣告だ。全く帝国の連中は俺たち現地徴兵軍人を弾除けか何かにしか思っていないらしいな」

「それは…否定できませんね」

副官も肩をすくめて同意してくれる



遡ること50年前、カナリア共和国という名前だった国は俺たちの爺さんの代に遠く離れた大陸にある帝国の侵略に対してなすすべなく服属し国土の3分の1を接収され軍隊も戦争中に裏切り帝国についた師団以外は解体された。

その後、帝国からの出向組が新しい師団を編成し実質俺たちの国の兵権は取り上げられ


今では帝国領カナリアと呼ばれ帝国の植民地と化し帝国からの出向組である6つの師団と当時裏切ったことによって存続を許された2つの師団つまり計8師団で構成されている


「くそ、俺たちにとって何の益もない戦争で仲間達が死んでいくと思うとやってられないな」


そう、彼がいうのも無理はなかった

帝国がカナリアを落とした勢いで隣国のパンドラに攻め込もうとしたのが20年前のことだ。

しかし、カナリアから逃げた国民がパンドラに危機を知らせ


万全の準備をしたパンドラ相手に帝国軍は大敗

その後何度かの攻勢を仕掛けるもことごとく撃退され帝国の本国軍は撤退、今日までのの20年間惰性で戦争が続いているというのが現状だ


「そのぐらいにしてください隊長、どこで誰が聞いてるかわからないんですから」

俺の止まらない愚痴を副官が止めにかかる

「わかってるさ、まぁ命令されたことはこなさないとな。」



数時間後

完全武装の隊員達と共に俺は塹壕の壁に張り付いて攻撃の機会を伺っていた

「いいか?先ほども話したが、突撃前に野砲の支援砲撃が3回行われる。その砲撃の中で砂煙だけがお前らを守ってくれる物だ。煙が晴れる前に機関銃陣地に到達する。」

何度も戦場に立ってもこの突撃前の緊張感は変わらない

この作戦の後に今話している奴らのうちの何人かにはもう2度と会えない


全員が生き残ることなどあり得ないのだから


一瞬全ての音が鳴り止んだかのような静寂が訪れる。この静寂がずっと続いてほしいとどれだけ願ったことだろうか


だが、そんな静寂は意図も容易く破壊されることになる

突撃ラッパが鳴ると同時に味方砲兵の砲撃が始まる

「突撃ーーー!」

一斉に兵達が飛び出す

飛び出した時に右にいた第二班の班長は敵兵のライフルに撃ち抜かれて即死

左奥にいた二等兵は少し歩いたところで味方の地雷を踏み抜き爆散した


「二班と一班は俺についてこい!反撃しようなんて考えるな!塹壕手前までは死ぬ気で走れ!」

俺は班長の死んだ第二班も連れて走る

これじゃあ何班たどり着けるかなんて考えたくもない


敵の砲兵も動き出したようでよく見えないがあちこちで砲弾の着弾する音が鳴り響く

目の前を走っていた軍曹が砲弾が直撃して四散する、あぁはなりたくないものだな


他にも恐れに駆られたのか飛び出してきた塹壕に向かって駆け戻る新兵もいたがそれこそ下策だ粉塵が晴れた一瞬をついた狙撃手に脳天をぶち抜かれて死んだ


だが、犠牲を出しながらも塹壕の手前の少し土が盛り上がっているところまでたどり着く

「手榴弾!投擲!」

横にいた副官の素早い指示で塹壕に向かって手榴弾が投げ込まれる


まばゆい閃光が二、三度明滅した後大きな爆発音が聞こえ目の前の機関銃陣地は沈黙した


「点呼!」

今後の作戦行動継続を勘案するため人員を把握したいところだ

「第一班 7名!」「第三班 5名!」「第五班 4名!」

「第六班 8名!」

「第二班、並びに第四班は全滅を確認しました!」


クソが!うちの小隊は各班10名で全六班 つまり総勢60名中半数以上を今の突撃で失った計算だ


だが、これで終わりというわけにはいかないのだ

塹壕というものは横に長く長く繋がる窪みなので一部を無力化しても左右からすぐに人員が補充され少しだけ薄くなった弾幕がまた張られるだけという結果になりかねない。いま、ここでこじ開けた傷口をもっと深く手痛いものにしなければならない



だから我々はまだ突撃をやめない

いいや、やめられない

「生き残った班は正面の敵塹壕に飛び込め!白兵戦用意!」

「「「ハッ!」」」

俺は深呼吸を一つして部下たちの号令をかける

「かかれ‼︎」

それが部下たちを死へ追いやる命令だと知りながら


塹壕の中はただただ地獄のような光景が広がっていた


敵味方関係なく泥濘にまみれながら敵を銃剣で突き刺しハンドガンで射殺し弾が切れれば腰に装備しているスコップで相手の脳天をかち割る。スコップもへし折れたら拳で殴りつけ相手が動かなくなるまで一心不乱に殴る


そんな様子が味方の後続部隊が追いつくまでの間永遠と繰り返され、俺たちの小隊が10名を切った頃にようやくそれは終わった。

率先して突撃していた各班の班長たちは全員の死亡が確認され、戦闘が終わって1日経っても発見出来なかった


俺の副官は作戦行動中の行方不明と認定され軍の記録上は死亡とされた

彼の遺族へは国への献身に対する恩給として僅かな金が払われるのだという。


そんな損害を出しながら我々が前進した距離はと言えば小高い丘を登っただけ


たったそれだけの距離を進むために一体どれほどの屍が積み重なったのだろう俺は丘の塹壕の制圧が完了した時後ろを振り返りたくなかった。

その後ろに広がる物言わぬ屍たちが生き残った自分に向けているであろう憎悪と相対するのが怖かったのだ



ーーーーーーーーーーーーーーーー



今、俺は部隊の欠員補充と休息をとるためにカナリアの首都ワルツに帰ってきていた。

ついでに軍学校時代の古い友人に会うために駅からはやる気持ちを抑えながらその友人の家に向かっていた


最近彼には息子が生まれたらしい

アイツの息子だ。きっと強く賢い軍人になるに違いない。

いや、アイツは大の戦争嫌いだから軍人にはさせないかな?そんなことを思いつつ久しぶりの旧友との再会に胸を躍らせて玄関のドアを叩く











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