婚姻の儀は館前の広場で行われることとなり、俺はできる限りの正装を着て自室で緊張して待機していた
広場にはすでに来賓であるノーブル殿や父に加えて協力を表明したギルド長や商会長達が列席していた。俺は一つ深呼吸をすると部屋を出て部屋の前に控えていたセシルとハンターと共に式場へと向かった。スコットは会場の警備、ヘンリーは式場の管理を行なっていた
「若様、緊張しておられますね?」
セシルは俺の斜め後ろを歩きながら嬉しそうに軽口を叩く。
しかし、俺はセシルに言い返す程の余裕もなく目の前だけを向いて足早に歩いていた。
だが、心の片隅ではコイツにもとっとと見合いさせようと心に誓った
そうして、会場の入口まで来るとスコットが息子のブレッドを伴って入口の警戒をしていた。俺を見つけるとスコットは腕を後手に組んで胸を張った
「ルイ様!ご婚姻の儀まことにおめでとうございまする!」
「あぁ、ありがとう。スコットもブレッド共々警備ご苦労」
「ハハッ!ありがたきお言葉にございます!」
スコットは顔を上げると会場に向かって声を張り上げた
「ルイ・キャラハン様のご入場でございまする!」
その声と共に会場内のざわめきが消え、静寂が会場を包んだ
「それでは、どうぞ」
スコットはニヤリと笑って恭しく礼をすると道を開けた
俺は生唾を飲むとゆっくりと会場の真ん中を歩いた
そのまま、奥にいる司祭が立つ場所まで向かった。
俺が司祭の目の前に立つと再び入口の方からスコットの声がした。
「エリー様のご入場でございまする!」
入口からは数名の侍女に伴われたエリーが入ってきた。その身には純白のドレスを身につけ、先日のベールをかけて静々と一歩一歩踏みしめる様にこちらへと歩いてくる
俺の目の前まで来たところで少し足元がおぼつかなかったので、俺は数歩前に出てエリーの手を握った。
当の本人は驚いた様にコチラへ顔を向けるが気にせずにその手を引いて胸元に引き寄せた…。つもりだった。エリーの方が身長が高く俺が彼女の胸元に飛び込むことになってしまった。
その様子を見ていた列席者からは黄色い歓声が飛ぶ。特に父達が座っている方から……。
慌てて俺は顔を上げるとエリーを所定の位置まで案内した
「す、すまない。驚かせてしまったな」
「いえ、手を引かれて動揺してしまっただけです……。」
エリーは恥ずかしそうにはにかむと司祭の方を向いた。俺もそれに釣られて司祭の方を向く。当の司祭はハッと気づいた様に瞬きをして咳払いを一つして聖典を読み始めた。
この司祭は光陽教の司祭なのだが、キャラハン家もベートン家も光陽教の信徒ではない。しかし、婚姻の儀式といえば光陽教式が一番人気なので俺は結構な額を積んで来てもらったのだ
「……そして主はこの地を創造なさいました。しかし、その傍らには常に伴侶である聖母様の姿がありました。この神々の偉業にならい大業をなす時も小業をなす時も常にお互い助け合い、尊敬し合うことを神々の名の下に誓うか?」
俺はチラリとエリーの方を見る。
エリーも俺の視線に気付いたのかコチラを見る
「「はい、誓います」」
俺たちはどちらとも無く言葉を発していた
まだ、共にいる時間も短く、結婚の理由も政略的なものであったが俺はこの人と共に人生を歩んでいきたいと思ったのだ。これは前世の一目惚れや駆け落ちを笑えないな
俺はそんなことを思って口の端に笑みをたたえる。
そうして、父達による盟約を結ぶ儀式も同時に行なって俺たちの婚姻の儀はつつがなく終わった。
そして会場にはささやかな食事と酒が運ばれ、父達はあっという間に出来上がってしまっていた。
「ノーブル殿!わしはいまだに信じられんよ!貴殿の様に騎士爵を持つ名門家とわしの様な成り上がり者がこうして父同士として酒を交わすとは!」
「いやいや、今は乱世ですぞ?権威など!あった所で腹は膨れませんからなぁ」
「ガハハ!そう言っていただけると肩の荷が降りると言うものですわ!」
父達はすぐに打ち解けた様で肩を組んで思いの丈を吐露している
周囲では両者の家臣達がヒヤヒヤと見守っていて、そちらはそちらで意気投合している様だった
そんな彼らを遠目に見ていると行商人ギルドの支部長であるラークが相変わらず低い腰をさらに下げてやって来た
「こ、この度はご結婚おめでとうございます。城下の露店の権利を一手に預けていただきまして誠にありがとうございます」
「あぁ、構わん。俺に与した者にはとことん仕事を振ってやるし出資もしてやる。今後も協力してくれよ」
「は、はい!も、もちろんでございます!そ、それでは露店の監督がありますので失礼致します」
「上手くやれよ」
俺の言葉にラークは何度もペコペコと頭を下げて会場の外へと向かっていった
こうやって、癒着って生まれていくんだなぁと思わず思ってしまった
その後、トリル商会の支店長ピットがやって来た
「ご婚姻おめでとうございます!奥方様も大変麗しくおられて羨ましい限りでございます!」
ピットは腕を大仰に広げてエリーを誉めそやすがゴマスリとわかっていても伴侶を褒められては悪い気はしない
「あぁ、ありがとう。それで仕入れは順調か?」
「えぇ、えぇ、ラーク殿配下の行商人達を使えますからこれまでにないほど円滑に進んでおります!金を出して頂きましたが、城下の者達は財布の紐が緩くなっている様で酒以外の売り上げも上々でしてなぁ!出資金はそっくりそのままお返しできるやもしれません!いやぁ、これもルイ殿の人気故でしょうなぁウンウン」
彼は捲し立てる様に言葉を並べる。立板に水の彼の口ぶりに横を見るとエリーが呆気に取られていた。
「あ、あぁ。上手くいっているなら何よりだ。このまま明日まで何も問題を起こさぬ様に頼むぞ」
「ハハッ!お任せくださいませ!それではこれにて失礼!」
そう言ってピットはにこやかに一礼すると意気揚々と会場から出ていった
やれやれと言った様子でピットを見送ると今度はイヴァンが近づいてきた
「おぉ……!ルイよ、お前は本当に上手くやったなぁ?どうやってそれほどの美人を垂らし込んだんだぁ?」
「父上!いくら酔っているとはいえ口が過ぎます」
俺の剣幕を見てイヴァンはガハハと笑うと俺の肩をバシバシと叩いて杯を掲げた
「ま!あとは若いお二人に任せてって奴だな!じゃあな!」
そう言ってイヴァンは嵐のように去っていった。
その後も大勢の来賓が挨拶に来た。ノーブル殿なんて、酒のせいかおんおん泣いて家臣達に慌てて連れ帰られていた。
俺はそんな来賓の挨拶が終わってため息をつきながらエリーの方に向き直ると彼女はぎこちない笑みでこちらを見ていた。
「あ、あの。たくさんの来賓の方と挨拶をして疲れてしまったのだけれど、先に休ませて頂いてもいいかしら」
「あぁ!もちろんだ。昨日の今日で疲れたよな。ゆっくりと休んでくれ」
「そうさせて頂きます」
俺はセシルを呼んで侍女達を集めさせて寝室へと付き添いを命じた
そんな様子を見ながらひとつ思ったことがあるのだ
「そういえば、物心ついてから母と会ってないな……。幼少期の記憶はあやふやだし、一体何をしている人なんだ…?」
そんな疑問を持ちながら婚姻の儀は無事に終わるのだった