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第二十五話 婚姻

この城に入ってから3ヶ月が経った。山賊退治以降、大規模な山賊は姿を消し小規模な犯罪もスコット率いるシールズ家が徹底的に逮捕検断しているので周囲の都市の中でも治安の良い都市として周辺の村々に知れ渡っていた


そして、この日。俺は正装をセシルに着せられていた

「な、なぁ。変じゃないかな」

「若様、その質問はもう今日で12回目です。流石に私も怒りますよ」

「す、すまない」


そう言ってセシルは俺の格好を少し離れて見て満足そうに頷いた

「うんうん、いいですね」

そこへ、扉の向こうからノックが聞こえた


「入れ!」

「ハッ!」

そう言って入ってきたのはヘンリーだった

「ベートン家の先触れが到着いたしました!もう間も無くノーブル殿、エリー殿以下200の兵が到着するそうです」

「よし、俺が出迎える。ヘンリーは城門に兵を並べて出迎えの用意を頼む」

「は、はい!」

そう言ってヘンリーは寝室から駆け出していった


「セシルは馬をひいてくれ」

「承知しました。上手くいくといいですね若様」

「あぁ、そうだな」

俺は一つ息を吐くと服装を最後に確認して部屋をでた



城門へ向かう道は兵が門を挟むように整列しており、道の端には噂を聞きつけた大勢の領民がおり、近隣の村からも見物人が大勢集まって露店も多く開いており活気にあふれていた。


俺はその真ん中をゆっくりと歩き斜め後ろには馬の手綱を引いたセシルが続く。

城門まで辿り着くとハンターが珍しくしっかりとした格好でスッと俺の横に立った

「いよいよだな」

「あぁ、粗相がないようにな」

「流石に主君のメンツは潰したりはしないさ」

そう言ってハンターはケラケラと笑うと整列の中に戻り番兵に向かって叫んだ

「よーし、開門!」

その声に応じて門がゆっくりと音をたてながら門が開くとそこには騎馬に挟まれた馬車があった。後ろには歩兵が続いていた


先導の騎兵が俺の姿を確認すると馬から降りて紙を広げた

「古より伝わる婚姻の習わしによりこの度の婚姻の儀を婿側の居館にて行うためノーブル様並びにエリー様、他200の兵と共にまかりこした!入城を許可されたし!」

「許可しましょう」


俺が頷くのを見届けると先導の兵は紙を巻いて馬車へと持っていき車内へ差し出した。馬車からノーブル殿と手を引かれてエリーが降りてきた


「ルイ殿!ご招待感謝する!」

ノーブル殿はいつもの人の良さそうな笑みを浮かべニコニコとしている

「よくお越しいただけました。ですが、ご領地は大丈夫でしょうか?」

「なに、領内にはナタリーを残しておる。流石に1週間以上は開けられぬが一人娘の婚姻の儀に欠席しなければならぬほど切迫もしておらぬ故な。ささ、そんなことより我が娘の手をお取りください」


俺はノーブル殿に頷くとエリーに視線を移す。その姿は純白のドレスを身につけて顔には薄いベールをしていた。

ベールでよくは見えないが彼女は顔を赤らめて俯いているようだった。

そんな彼女の手をそっと取り、セシルのひく馬の所まで二人で歩いた。

「それでは馬に乗せますよ?」

俺はそっと彼女に耳打ちすると彼女はこくりと頷いた

俺は先に馬に乗って、セシルの手を借りてエリーを馬に乗せるとセシルに合図をした

セシルは頷いて手綱をゆっくりと引いて城館への道を歩き出した


これは古来から伝わる婚姻の儀だそうで領民へのお披露目と夫婦仲の良さを示して家の安泰さを示すのが目的なのだそうだ。


ゆっくりと城館へと歩いていく俺たちの乗る馬を見ようと領民達は我先にと他の者達を押し除けて俺たちを見ていた。兵士たちは必死に民衆を押し留めており、彼らがいなかったら俺たちは揉みくちゃにされていただろう。


そうして、馬の上で俺はエリーの事をじっと見ていた

「馬上は怖いか?」

「い、いえ……。ただ、物凄い歓声に気圧されておるのです」

あぁ、確かにこの歓声にはビビるよなぁ。俺も出陣の時にこの歓声を浴びていなかったらおっかなびっくりだっただろう。だが今の俺にはそんなエリーを可愛いと思えるだけの余裕があった


「ははは、相変わらず可愛いな」

「お、おやめください!わ、私はこんな歳になるまで相手の見つからない親不孝者ですもの」

「その方々は見る目がなかっただけですよ。その間の不幸を忘れられるようにこの命を捧げても幸せにして見せましょうとも」

我ながら歯の浮くようなセリフだがせっかくこんな中世の世界なのだ。前世で寒いと言われるようなことも簡単に死んでしまうようなこの世界では「命を捧げます」という言葉は重いのだ。それ故にこの世界では結構こういう詩的な表現が多い。


その言葉を聞くとエリーは目を見開くとそのまま顔を伏せてしまった


そこからの道中はどんなに声をかけても俯いたままで返答はなく、そのまま館に着いた

「さぁ、着きましたよ」

俺が先に馬を飛び降りてエリーが馬から降りるのをエスコートする。

そうして彼女の手を取ったまま館へと入っていく背後からは領民達の歓声と祝福の声がこだまする。その声を背後に受け止めながら館へと入る。


これほどに領民が歓喜の声をあげているのは俺が山賊を駆逐しているからだけではない。キースから奪取した金貨を使って酒を露店で普段の10分の1ほどの価格で売っているのだ。なので領主にとってのいいことは領民にとってのいい事という認識を少しずつだが刷り込んでいっているのだ。



そうして、館の中へ入るとセシルに指示されていた使用人達が即座にエリーを部屋へと案内しようと待っている。婚姻の儀は明日なのでベートン家の一行は今日は館に泊まることになっている

「それではエリー様。また明日婚姻の儀式にてお会いしましょう。お前達、これから俺の妻となってお前達の主人となる方だ。粗相の無い様にせよ」

「「承知いたしました」」

使用人達は恭しく頭を下げるのを見届けるとエリーをそちらへと手で示すとエリーはコクリと頷いてそちらへと向かう。

俺はその様子を見送っているとその途中でエリーはくるりと振り返った

「あ、あの!また明日!」

俺は少し驚いて固まってしまったが頷いて手を振り、「また明日」と可能な限り優しい声音で声をかけた


エリーは嬉しそうに足取り軽やかに使用人達に手を引かれて割り当てられた部屋へと向かっていった


そんな様子を見ていると思わず口から笑みがこぼれてしまった



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