俺がハッと目を覚まして辺りを見回すと穏やかな風の吹く丘の斜面に居た
視線の先には緩やかに流れる小川があり、小鳥達が水浴びにやって来ていた。鼻の香りは鼻腔をくすぐり、くしゃみを一つすると意識がはっきりとして来た
「あー、そうだった。俺はもう日本に居ないんだったな」
頭をポリポリとかいてのそっと起き上がると木の棒を打ち合う音と歓声が聞こえる方へゆっくりと歩いていった。
当家の兵士たちが木剣を交えており、今は当家一の剣の使い手と名高い男と俺の近習であるセシルとが打ち合っていた。結果は明白だったがセシルも良く喰らい付いており相手の男の表情にもあまり余裕はなかった
しかし、セシルが距離をとって一息ついた時に男が一気に距離を詰めた事で木剣で肩を強かに打ち付けられてしまい勝敗は決した
「セシル!なかなか頑張ったじゃないか」
俺が声をかけると試合に熱中していた兵士たちは慌てて、ザッと腰を落とした
「これは!若様、お褒めに預かり光栄にございます」
セシルはお世辞ではなく本当に感じ入っている様に頭を深々と下げた
にしても、いまだに顔を出すだけで頭を下げられるという習慣になれない。前世の日本じゃいやというほど頭を下げる側だったはずなのにな
そう思い、俺は周囲にバレない様にそっとため息をつくと自分の過去を思い出していた
ーーーーーーー
俺は前世ではなんと名乗っていたのかさっぱり覚えていないがどこぞの会社で営業職をしていたことだけは覚えている。
会社の飲み会で上司の世話を押し付けられた俺は酒をしこたま飲まされて千鳥足のまま家に帰る途中だった。もうすぐ家だなぁ。なんて思いながら家の鍵どこへやったけかなと思い出していると突然視界がぐらついて暗転した
今思えば前世の俺はあそこでなんらかの理由で死んだのだろうと思う。しかし、あまりに突然のことで何が原因だったのかはとんと見当もつかない
そして、次に目を開けるとむさい男の顔が視界いっぱいに広がって来たのだ
男は俺と目が合うや否や狂喜乱舞して騒いでいた。あれが売れっ子アイドルが普段見ている見る景色なのだろうか?いや、アイドルはあんなむさいオッサンとあんな至近距離で見つめあったりはしなかろう
そして14の誕生日を迎える今日までにこの世界のことを可能な限り調べ尽くした
この世界はどうやら中世ヨーロッパと日本の戦国時代を足した様な訳のわからない世界だった。俺が生まれたのは王侯貴族達による間接支配と各地の在地有力者による直接統治が同時に存在する国だった。
しかし、こんな訳の分からない体制になったのには理由があるらしい
どうやら、前世でいうところの応仁の乱の様な王の後継者争いが王都で激化、長幼の序を重んじて兄を即位させようとする一派と武勇に優れた弟を国王に据えようとする一派の対立が原因で国家を二分する程の内乱が国の中央の王都を擁する王直轄領にて発生したらしい
三年に及ぶ内乱の結果。終わりの見えない内乱に疲れ果てた両陣営は痛み分けに決着し、若干劣勢になり始めていた兄王側が王権を王弟に譲る形で一旦の平静を取り戻したかに見えた。
しかし、各領地にて大戦で疲弊した領主に対する離反が多発、停戦の翌月には晒し首の憂き目にあった領主も数知れず、多くの領地が立ち上がった土豪やその地に地盤を持つ有力者らによって細分化されていった。就任したばかりの王弟では各地を掌握することは叶わず、まだ力を持つ兄王の勢力にも警戒せねばならないため、下剋上の機運は誰にも止められることもなく中央から各地へと伝播していった
そして、俺の生まれた土地は本来サラマンド子爵の治める領地であったはずが、多くの在地有力者が蜂起したことによって子爵による実効支配は領地の4分の1に留まってしまうという結果となっていた。
何を隠そう我が父もその蜂起した有力者の一人で、本来は街道警備の閑職にあった父は仲間を集めて廃城にて挙兵、子爵は各地で起こる反乱にお手上げ状態で父は何の弊害もなく、今は城と付近の3つの村を治める一城の主人となっていた
付近でも多くの有力者が各々挙兵したことにより子爵領は戦国時代へと突入。この子爵領のみならず各地の諸侯は群雄が割拠し始めたこの状態にほとほと困り果て、一有力者としての再出発を余儀なくされていた
詰まるところ、元の領主達は前世でいうところの守護大名であり、俺の父の様な成り上がりものは戦国大名と言ったところだろう
そして、そんな家に生まれた俺は次代を担う若様ということだ
とはいえ、父は成り上がり者で資金など潤沢にあるわけではなく、俺も金持ちの坊ちゃんというよりはガキ大将ぐらいの立ち位置であった。
セシルも近習とは言うが、王侯貴族に憧れた父が勝手に支配地の村から利発そうな少年を引っ張って来て「お前は今日からうちの子の近習だぞ!」と言い放った事からこの関係は始まっているため主君従者と言うよりは幼馴染という関係と呼ぶ方がしっくり来た
セシルも貧しい家の子だったので彼の実家も子供が出稼ぎに出てくれると大喜びし、何の問題もなくこの話が進んでしまった辺り、この世界の庶民の困窮具合が見て取れると言うものだろう
「イヴァン様のお帰りじゃ!」
父のイヴァンが帰陣したと先触れが村を駆け回っている
その声が聞こえると兵士たちは慌てて駆け出した。俺もセシルを伴って父の凱旋を出迎えに行く
俺たちが辿り着くと父は馬上で首級を掲げて領民達に囲まれて満面の笑みで凱旋しているところだった
「此度も勝ち戦!山賊首領共の首を討ち取って参った!」
父の叫び声に領民達は快哉を叫び村は一気にお祭りムードとなった
そんな父の目が「俺」こと「ルイ・キャラハン」を見るとぴたりと止まった