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第99話 監察山崎丞

 それから一刻ほどして、町人から聞き込みを終えた土方は店を出て堀川通を歩いていた。燗酒で火照った体に三月の冷たい風が心地よい。ダンダラ羽織は脱いで片手にかけている。


(さて、さっき聞いた話だが……)


 人混みをかき分けながら町人から聞いた話を整理する。

 まず、都で行方知れずになる子供が増えているのは事実らしい。いなくなるのは七つより下の幼児。性別は問わず、町人や百姓の子ばかりもう十人以上が被害にあっている。近頃の幽霊騒ぎと結びつけて神隠しだという者もいるが、そちらの被害は公家が中心のため少数派だ。


 大半は都に増える不逞浪士を犯人だと決めつけている。倒幕の戦費を賄うために子供を攫って異国に売り飛ばしているというのだ。日本に来る外国船の多くで黒人や清国人の奴隷が使われていることは知られており、そうした事情もあってこの噂はじゅうぶんな説得力を持って広まっているらしい。


(しかし、だ)


 それでは辻褄が合わないと土方は考える。子供を攫って異国に売り飛ばす。そこまではいい。いやもちろん許しがたい所業であるが、話の筋としてだ。筋が通らないのは「なぜ京の都で人攫いをするのか」である。異国船が出入りできる港は少ない。安政の仮条約によれば、去年の文久三年(1863年)に兵庫港が開港するはずであったが、攘夷派である孝明天皇の勅許が得られず頓挫したままだ。

 次に京から近いのは長崎か横浜であるが、言うまでもなくこれは遠すぎる。泣きわめく幼児を連れてそんな距離を移動するのは到底不可能だ。


(ならばなぜ子供を攫う? 誰が、何のために?)


 七つ以下の子供では、女郎屋に売るにしても幼すぎる。だいたい男児も攫われているのだ。女郎屋の線もやはり薄い。

 土方はふうむと顎を撫で、それから不意に右手を上げた。

 すると、堀川通の人混みの中から手ぬぐいをかぶった町人がぬるりと現れる。


「土方さん、お呼びですか」

「山崎ぃ、やっぱり着けてやがったか。趣味が悪いぜ」

「趣味じゃなく、仕事なんですがね」


 そう言うと、男はのっぺりした顔にのっぺりした笑みを浮かべた。

 顔つきは平凡で、眉は薄く、目は小さい。顔の部品が中央に寄ったような顔をしているが、特徴といえばそれだけだ。何の印象にも残らない。

 新選組監察、山崎すすむである。この特徴がないという特徴を活かして様々な姿に変装し、密偵として探索の任に就いていた。この男がきっかけで捕縛に至った不逞浪士の数は両手の指では数え切れない。

 沖田などは「甲賀忍者の末裔ではないか」と冗談を言ったが、それに対してもなんとも感情の読めない顔で微笑むだけだった。


「どうせ聞いてたんだろ。人攫いの件、おめえはどう睨む?」


 なぜ自分を着けてきたのか、などと聞いても答えまい。土方は余計なことは聞かず、目下気になることを尋ねた。監察は隊士の行状を探る任もあり、それは副長の土方でさえ全容を知らされない。新選組を預かる京都守護職松平容保かたもりから直接の任を受けることもあるのだ。横浜では異国人と接触し、江戸から戻ったばかりで今度は公家に使われている土方など、幕府方としては調べないわけにもいかないだろう。


「監察は事実を探るのが仕事。推理はこちらの仕事じゃありません」

「人攫いが起きていること自体は掴んでいたんだな」

「はい、もちろん」


 山崎が感情の読めない顔で笑う。

 土方は思わず片頬を歪めて苦笑した。この男はどうにも捉えどころかない。


「近藤さんは知ってんのかい?」

「いえ、ご存知ありません。他の者から噂ぐらいは聞いているかもしれませんが、監察として報告は上げていませんね。浪士の関与が見られない以上、こちらの仕事ではありませんから」


 やはりか、と土方は頷く。

 山崎が浪士に関係ないと断言するのならば、本当に関係がないのだろう。


「拐かされた子供らの行方はわかってんのか?」

「そこまでは。しかし、京の市中を出た様子はありません」

「まだ京にいるだと? 島原か、祇園か?」

「いえ、そんなところにいればすぐに見つかるでしょう。わかっているのは京を出ていないということだけです」


 一度は捨てた女郎屋の線を蒸し返してみたが、やはりそちらでもないようだ。

 異国にも女郎屋にも売れない子供を、誰がどうして攫っているのか。おまけに浪士も無関係だという。何がどうとは説明できないが、腹の奥が嫌な予感でむずむずしていた。


「オレがこの件は新選組の仕事だって言ったらどうするね?」

「であれば、それはこちらの仕事になります」

「それじゃ、調べてくれ。新選組の仕事は不逞浪士の取り締まりだけじゃねえ。都の治安を守ることだ。人攫いなんて物騒でいけねえよ」

「万事承知致しました」


 山崎は一言の反論も返してこない。

 自分というものを持たず、唯々諾々と命じられた仕事をこなす。ひょっとして、本当に忍者の末裔なのではないかと土方まで沖田の軽口を本気にしてしまいそうだ。


 ごぉーんと、遠くで鐘が鳴った。

 昼七つ(午後四時頃)を告げる鐘だ。空を見上げれば太陽が西の山裾にかぶさろうとしていた。盆地である都の夕方は短く、夜は早い。菱屋を出てからじゅうぶんに時間が過ぎた。華美な衣装を頼んだわけではないし、町人用の小袖ならばもう仕立て終わっている頃だろう。


「それじゃ、探索の方、よろしく頼むぜ。上手く言えねえが、嫌な予感がしやがる」


 山崎の方に視線を戻すと、そこにはもう行き交う人々の姿しかなかった。

 煙のように現れ、煙のように消えた山崎に、土方は「あいつぁマジに忍者なんじゃねえか……」と益体のないことを考えつつ、菱屋に向かって歩き始めた。

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