「うおらぁっ!」
土方の野太い気合いとともに、数体の骸骨がまとめて吹っ飛んだ。後続の群れが巻き込まれて将棋倒しになっている。ただただ力任せの横薙ぎだ。それは天然理心流の流儀ではない。
土方は天然理心流の門人としては新参である。
入門までは家業の石田散薬の薬売りをしつつ、全国の道場で様々な剣術を中途半端にかじってきたのだ。剣筋は自由であり、本能の赴くままに振るわれる暴。この喧嘩殺法をあえて何流と命名するのであれば、土方流としか言い表しようのないものであった。
「しゃあっ!」
正面に剣を振るったかと思えば、今度は横から迫った骸骨の顎を下から蹴り飛ばす。足を高く上げるのはこの時代の剣術の――いや、武道全般でご法度だ。足運びが損なわれ隙を生む。甲冑を着込んでいればできない動き。そうした当たり前の理合を土方は無視する。ただ早く、ただ速く、敵を破壊する最短の行動を直感で選択する。
瞬く間に四体の骸骨を砕いた土方は、視界の端に沖田を映した。普段は茫洋として大人しい男だが、いざ戦いとなれば土方以上の喧嘩好きを発揮することを知っている。しかし、その沖田の動きがどうも鈍い。まごまごと刀を振るいながら、やっと一体を斬り伏せたところだった。
「総司ィ! 肩の傷が痛むんなら先陣は俺に任せて援護……って、おめえ、何してんだ?」
「あ、すみません。ちょっと実験してて」
よくよく見れば、沖田はいつもの構えではなかった。右手に加州清光を、左手に無銘の脇差を握っている。
「二刀流? 何やってんだ?」
「いやあ、ちょっと思うところがあって」
こんな話をしながらも、土方は三体の骸骨を砕いている。沖田の方はたった一体。慣れない二刀流に上手く体が動いていないようだった。
「宮本武蔵の影響か?」
「まあ、そんなとこです」
土方の問いかけに、沖田は苦笑いして応える。
指摘の通り、宮本武蔵の影響である。沖田の脳裏にあったのは決着の瞬間。無意識に放った四段突きだ。沖田にはその感触が忘れられていなかった。岡田以蔵に届き得る道があるならば、この先にあるような気がしてならないのだ。
が、しかし――
「うわっ、とっと」
骸骨の爪に引っ掛けられそうになり、沖田は慌てて後ろに飛んだ。右手の加州清光でその腕を切り払い、左手の脇差しで顔面を突くも頭蓋を滑って力が伝わらない。仕方がなく加州清光の一閃で改めて斬り伏せる。
(うーん、どうも脇差しが馴染まない……)
左手を二度、三度と振るう。違和感はない。大刀に比べれば未熟だが、脇差だって修練は十分に積んできた。一刀で振るう分には問題がないのだ。しかし、二刀をいっぺんに振るおうとすると途端に身体が違和感を訴えてくる。
(こりゃ、もっと道場で練習してからだな)
沖田は脇差を鞘に納め、慣れ親しんだ一刀流に戻した。次の瞬間には三体の骸骨を斬り伏せている。つい先程とは別人のようなキレのある動きだ。
宮本武蔵の一件以来、じっくり修練に割ける時間はなかった。江戸から都に戻る道中で暇を見つけては工夫を重ねていたが、まだまだしっくり来るものではない。実戦で試せば一気に勘が掴めるかも……などと期待したのだが、そんなに都合が良いものではないらしい。
「それにしても、弱いわりにしぶといですね」
「ああ、ぶっ倒してもぶっ倒しても何度も立ち上がってきやがる」
骸骨型の魔物の相手は蛸髭の幽霊船で一度経験している。五体を砕いても骨同士がくっついてまた立ち上がってくるのだ。しかし、いま戦っている相手はそれともまた微妙に感じが違う。
動きはぎくしゃくし、手足がばらばらに動いている。よくよく見ると左右で四肢の長さが異なる個体もあり、関節の数が多い個体もいる。一見すれば人の姿をしているが、その実は人体からかけ離れためちゃくちゃな骸骨もどきだ。
「弱点はあるの?」
また一体を斬り伏せつつ、沖田はアーシアに視線を向けた。
アーシアは「むむむ」と眉間にしわを寄せ、難しい顔をする。
「細かなパーツごとに虫や小動物などの低級霊が憑いているようデス! 魔核はそれぞれの骨の中に……何百個も、何千個モ……」
「げっ、ぜんぶ粉々にしないといけないってこと?」
「そういうことデス……」
部屋の中には見えるだけでも数十体の骸骨がひしめいており、屋敷全体では百体以上を数えるかもしれない。そのすべての骨を残さず砕いて回るのは考えるだけでげっそりする作業だ。とても沖田と土方の二人でまかない切れるものではない。
「ちっ、一旦引いて手勢をつれてくるか」
「得物も棍とか木刀の方がいいですよ」
「ああ、刀じゃ何本あっても刃がぼろぼろになってちまうな。とはいえ……」
「女官が一人攫われてるんですよね。その人だけでも助けてから――」
「いや、そういうのはオレの方が向いてんだろ。総司は後詰めを頼むわッ!」
土方はそう叫ぶと、襖を一枚剥がして骸骨の群れに叩きつけた。さらに上から踏み潰すように前蹴りをぶち込み、巻き込んだ骸骨たちを十体以上なぎ倒す。そうしてぶち抜いた穴に突撃し、屋敷の奥へと突き進む。
「女官ー! 女官ー! ああ、ちきしょう。名前ぐらいは聞いときゃよかったな。助けに来たぞっ! まだ生きてんなら声を出せっ!」
大声を張り上げながら廊下を駆ける。襖を蹴倒し、障子戸を蹴破り、行き合った骸骨を駄賃とばかりに切り倒す。それはさながらすべてを砕き押し流す鉄砲水の如く。こんな力技は確かに沖田では真似ができない。
「……けて。たす……けて……」
いくつ目の部屋に踏み込んだときだったか。土方の耳にかすかな声が聞こえた。
「どこだっ! こっちかっ!」
和泉守兼定が逆袈裟に一閃し、数体の骸骨と共に襖を両断。両断された襖が斜めに滑り落ち、その向こうに蹲る女を見つけた。白い上衣に紅花染の大袴。公家の屋敷に奉公する女官の姿だ。
「生きてるか!」
部屋に残る数体の骸骨を瞬く間に蹴散らし、土方は女官の肩に手をかけた。泣いていたのだろう。両手で顔を覆っていた女官が顔を上げた。
女は少女だった。まだ十代半ばだろう。泣き腫らした大きな瞳で土方を見上げている。
「ど、どなたですか……?」
「新選組の土方だ。助けに来た。べっぴんさんが台無しのとこに悪りぃが、化粧直しの時間はやれねえ。とっとと逃げるぞ!」
「きゃあっ!?」
土方は有無を言わさず少女を肩に担ぎ上げ、もと来た道を駆け出した。