目次
ブックマーク
応援する
4
コメント
シェア
通報
第3話 限界

「キャアッ!?」


 アーシアの悲鳴が砲声でかき消される。

 地面が炸裂し、えぐれ、すり鉢状の穴を作った。

 つい先程まで、沖田とアーシアが立っていた場所だ。

 沖田はアーシアを抱え、すんでのところで砲弾を避けていた。


「来る場所がわかってればなんてことないね!」


 沖田はアーシアを離し、芹沢に向かって突進。勢いのままに突きを放つ。

 芹沢は咄嗟に左腕の砲身で払おうとするが、重さのため間に合わない。

 沖田の愛刀、加州清光の切っ先が芹沢の喉に突き込まれる。


「ごぼっ」

「もう迷わず成仏してくださいよ」


 五寸約15センチは切り込んだ。芹沢の首は丸太のように太いが、これで死なない人間はいない。刀を引き抜くと、芹沢の口と傷口から赤黒い血液がどろりとこぼれる。

 そして血に濡れた刀を今度は新見に向ける。


「芹沢さん相手に加減してる余裕なんてなかったけど、あんたは別だ。新見さん、屯所まで来てもらおう。それで……ええと、何を聞けばいいんだろう? とにかく、一切合切白状してもらうよ」


 妖糸を操る怪人、武士団に守られた異人の少女、そして生き返った芹沢と新見。今夜の出来事は沖田にはわからないことだらけだったが、これらが独立した事件のわけがあるまい。


「ちっ、てめえはいつもそうだ。俺なんか眼中にねえって目をしやがって……。いいぞ、俺は不死身の力を手に入れたんだ! てめえなんぞもう怖くねえ!」

「へえ、不死身ね。じゃあ手足を落として持って帰っても大丈夫かな?」

「ひっ……」


 沖田が冷たい視線を向けると、新見はよろよろと後ずさり、尻餅をつく。

 新見錦とは芹沢鴨の威光あっての男で、剣術も度胸もからきしだったのだ。仮に新見の言う通り、不死身の力を得ていたとしても沖田は負ける気がしなかった。


「ま、自分の足で来てくれた方が楽だけどね。さあ、立て」

「いやあ、立てねえなあ」


 恐怖に歪んでいたはずの新見の顔が、にたりと嗤う。


「ソージ様、うしろ!」


 アーシアの叫び。

 同時に背骨ごとへし折られそうな重い衝撃が走る。

 沖田の身体が木の葉のように宙を舞い、ごろごろと地面を転がる。


「かっ……はっ……」


 沖田は血を吐きながらもなんとか体勢を立て直す。

 アーシアの注意がなければ本当に背骨からへし折られていただろう。あの叫びがあったから、咄嗟に身を浮かせて衝撃を逃すことができたのだ。


「ふん、これで死なぬか。しぶといやつめ」

「芹沢さんだけには言われたくないなあ……」


 沖田の視線の先には、喉元まで胸まで赤黒い血で汚れた芹沢が立っていた。


「不死身って言うのは、あながち嘘じゃないのかな」


 呼吸を整えながら、沖田は刀を構える。

 剣術とは急所を斬って敵を殺すものだ。喉を突いて死なない者はどうすればいいのだろう。


「ま、考えてもしょうがない!」


 沖田は再び突進し、唐竹に、袈裟斬りに、逆袈裟にと連続して切り込んでいく。斬って死なないのであれば、バラバラにして動けなくしてやろうという単純な腹づもりだ。

 芹沢も今度は大筒で捌こうなどとはせず、右手の鉄扇を捨てて刀で応戦し、沖田の剣を容易には寄せ付けない。


「がーはっはっ! どうした! 所詮は天然理心流など役立たずの田舎剣法か!」

「何、ここまでは小手調べですよ」


 沖田の剣が、芹沢の肩口を浅く斬る。

 続いて二の腕、脇腹、足と傷口が次々に増えていく。


「ぬう、ちくちくとしゃらくさい!」


 芹沢が大きく剣を振るい、沖田は飛び退る。

 息を整えながら芹沢を観察する。浅手はいくつも負わせ、常人ならば出血で昏倒していてもおかしくない頃合いだ。だが、芹沢に弱った様子はまるでなかった。


 反対に、痛打を浴びた沖田の息が荒くなり始めていた。

 肋に罅が入っているのか、脇腹が熱を持ちじくじくと痛み始めている。一気呵成に決着をつけるつもりで攻め立てたが、芹沢も神道無念流皆伝の腕前だ。容易には崩れない。


「どうした総司ィ! 手が休んでいるぞ!」

「くっ!」


 今度は芹沢が攻めに転じる。

 右手で刀を、左手で大筒を縦横無尽に振るって攻め立てる。片手とは言え剣筋は確かだ。芹沢の膂力にかかっては、本身でも小枝を振るうようなものなのだろう。左腕も厄介だ。鉄の塊に剣筋も何もない。変則的な打撃にかえって対処に苦しむ。


(せめて急所があれば……)


 先程の攻めで小手先の攻撃が通じないのはわかった。

 腕や足を切り飛ばすような一撃を放たなければならないが、そんな隙はどこにもない。


「ぐあっ!」


 芹沢の大筒が沖田の脇腹をかすめた。

 痛めた箇所を追い打ちされ、沖田の顔が苦痛にゆがむ。


「ほれほれ、隙だらけだぞ!」


 芹沢の攻勢がさらに苛烈さを増す。

 両腕の連撃に気を取られた隙に、芹沢の蹴りが沖田の脇腹を直撃する。


「がはっ……」


 沖田は吹き飛ばされ、海鼠塀にぶち当たって血を吐く。

 加州清光を杖にして、なんとか膝をつくことだけは免れたが、もはや体力は限界だった。しかし、眼光だけは狼のようにぎらぎらと輝いて芹沢を射抜いている。


「その目! その目が気に食わんのだ! 天然理心流の連中は皆その目で俺を見る!!」


 芹沢が刀を大上段に構える。

 右腕の筋肉が膨張し、びきびきと音を立てて骨が軋む。


「真っ二つにしてくれる!!」

「ソージ様! 心臓です! 心臓に魔核があります!」


 芹沢の渾身の一撃が振り下ろされんとし、アーシアが叫んだ。

 その刹那、


「ば……ばが、な……」


 雷光のような突きが、芹沢の分厚い胸板を三度刺し貫いていた。

 天然理心流の奥義にして沖田の得意技、三段突きである。

 身体に染みつき、練り上げられた技が死の間際に沖田の身体を動かしていた。

 芹沢の巨体が、ずうんと地響きを上げて崩れ落ちる。


「ごほっ、ごほっ……はあ、やっと……斃せた……」

「ソージ様!?」


 しかし、沖田もまたとうに限界を迎えていた。

 鉛のように重い体に引きずられ、沖田の意識は闇に飲まれていった。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?