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第2話

「万物の流転」

 小さく呟いて、マルタンは勇の方を向いた。

「イサミさん、デロニクス様のお話、覚えてる?」

「どのお話?」

 たくさん話を聞いたような気がする。

 その中で、もしかすると、と思うものが勇にもあった。

 少し自信なさげに問う。

「もしかして、四季の巡りの……」

「そう、四柱の方々と黄金の龍は四季を、万物を巡らせるお力があるって言っていたよね」

 万物が巡るのは、四柱と黄金の龍が正しく力を行使できてこそ。

「わかった……!」

 勇の表情が明るくなると、マルタンもぱあっと明るい笑顔になって頷いた。

「えっ、なに、なんかわかったの?」

 フレイアが話についてこれずにあたふたし始めたのに気づいて、マルタンは置いてけぼりにしたことを詫びる。

「フレイアさんごめんね、実はクーナ湾でフレイアさんやユウタさんたちが来る前にね、とある方からヒントみたいなのを聞いてたの」

「なるほど?」

「それで、お願いがあるんだけど……」

 マルタンは周囲をきょろきょろと見回す。あたり一面雪野原……と思いきや、ぽつんと枯れ木が立っていた。まるで、使えとでもいうように。

「あそこにある枯れ木から、小枝を一本貰ってきてほしいの」

「いいよ、お安い御用。ちょっと待っててね」

 フレイアは勇から小さなナイフを借りると、メリアを連れて枯れ木の方へ駆け出した。


「合ってるかどうか、確認していい?」

 勇はランタンを取り出すと、マッチを擦ってそこに火を入れた。

 ガラスの中でゆらりと火が揺れる。

「うん、マルも完璧に覚えてるかはあやしいから……」

 勇は、流れている水の上の台座にランタンをそっと置く。

「これ、巡ってるからどこからスタートでも問題なさそうだよね?」

「マルもそう思う。えっと、必要なのは……」

 木は、今フレイアが取りに行ってくれている。

 炎はこのランタンの炎で許してもらいたい。

「金属は金貨でいけるかな……」

「鉱脈からでるものなら問題ないんじゃないかな」

 木が燃えて、炎を生む。

 炎はやがて燃え尽き……。

「土かあ……」

 マルタンはピンクの肉球で踏んでいる冷たい雪の下を思った。

「これ、掘ったら土でてくるよね」

「多分……固いかもしれないけど」

 意を決したようにマルタンはうん、と頷いた。

 岩戸がそばにあるくらいだから、凍てついてはいても他の場所に比べれば雪が浅いかもしれない。そうでなくとも、やるしかない。

 ぺたむ、と両手を地面に着くと、マルタンは小さな手でその場をしゃかしゃかと掘り始めた。

「イサミさん、少し離れてないと雪飛ぶよ!」

「んわっ、うん、わかった」

 ばばばばばば、と両手……ハムスターで言えば前足になるところを使ってマルタンは一生懸命雪を掘る。その姿に、勇は昔飼っていたハムスターが掃除をしたあとのケージで巣材をかき集めている様子を思い出した。おがくずとティッシュをこんもり積み上げて、そこを掘ってねぐらにしていたっけな……。なんて思っていると、マルタンが「ぷあっ」と声を上げる。

「大丈夫!?」

「うん、雪に鼻が埋まってちょっと冷たかったの、……まだまだぁあ!」

 しゅばばばばば、と雪を掘り進めるマルタン。何か手伝ってやりたい気持ちは山々だったが、今そばに行ったとて足手まといになるとわかり切っている勇は後方で応援するしかできなかった。


 そうこうしていると、フレイアたちが戻ってきた。

「……マルタン、なにしてんの?」

 無我夢中で雪を掘っているマルタンを見て、フレイアはあんぐりと口を開けている。

「岩戸を開く仕掛けを動かすのに土が必要で、雪の下から土を掘ろうってことになったんだ」

「な、なるほど……?」

 わかるようなわからんような。フレイアは瞬きを数回すると、メリアの方を見た。

「そうね、何を言いたいかわかるわ。私の光魔法で少し溶かしてやったらもう少し楽だったかもね」

「まあ、私の方についてきてくれたからしゃーなしだけど……」

 勇はマルタンが雪を猛スピードで掘っているのを見て、家庭用の除雪機を思い出す。雪を上方へ跳ね上げていくあれがここにあれば、マルタンの後ろにできていく山を避けてやれたのだけど。

 掘って、掘って、蹴る。掘って、蹴る。

 それを繰り返し、マルタンの右手の爪がついに雪と違う感触を捉えた。

「あ!」

 ざく、と音が重たくなったことで、凍土に達したと気づく。

「あったよみんなー!」

 マルタンは鼻の先を真っ赤にして振り向き、黒くなったつま先をぶんぶん振った。

「やった! って言いたいとこだけどしもやけになっちゃう……!」

 マルタンの濡れた鼻先を見て勇はたまらなくなる。マルタンがいる場所はすっかり雪の穴の中になっていて、勇では近づけなかった。マルタンは土を掘って塊で取り出すと、それをポーチの中へ入れて穴の外を目指し登る。穴の上から自分に向かって手を差し伸べている勇がなんだか泣きそうな顔をしているのを見て、にへら、と笑った。

「大丈夫だからそんな顔しないで」

 マルタンは濡れて凍え切った小さな手を勇の手に重ねないよう這い出るつもりでいたが、勇は身を乗り出してマルタンの手を握った。

 ずっと外にいるせいで手が冷えていたのは二人とも同じだったが、マルタンの手は直接雪に触れていたせいで氷のように冷たい。

「冷たいでしょ、いいよ」

「なにもできなかったんだからこれくらいはさせてよ」

 勇はマルタンの手をしっかり握ると、引き上げる。そして、濡れた鼻をタオルで拭いて、爪についた土を丁寧に落としてやった。

「ありがと」

 ふふ、とマルタンはくすぐったそうに身をすくめる。なんだかお母さんみたい、と言いかけて、やめた。


 メリアが周囲を温める魔法をかける。それでやっと、今まで寒かったんだということに気づいてマルタンはふるりと震えた。

「まったく、無茶するんだから」

「心配かけてごめんね、でもこれで仕掛けが動くはずだよ」

 木の枝も取ってきてくれてありがとうね、と言うと、マルタンはフレイアにその木の枝をランタンの左側にある台座に置くよう頼んだ。

「おっけ、これでいい?」

 丸型の台座からは枝は少しはみ出る。けれど、不思議とぐらついたりすることはなくまるでもともとそこにあったかのようにしっかりとおさまっていた。

 ランタンの右側にある台座には、マルタンが掘り出した凍り付いている土を置く。すると、台座に置いてマルタンの手を離れた途端に凍てついていたのが嘘のように柔らかな土に変わった。

「わっ、どういうこと……?」

 フレイアは目の前で起きた不思議な現象に目を見張る。

「よくわからないけど、これが北におわす柱のお力なんでしょうね」

 メリアは勇から金貨を一枚受け取ると、土を置いた台座から水が流れている方向にある台座にそっと置いた。すると、次は金貨がひとりでに光りだす。

「あってる、ってことでいいのね?」

「じゃないかな、こうして何か反応してくれるってことは当たりってことかなって」

 勇が言う通り、ランタンも置いた瞬間に火が大きくなった。


 土は長い年月をかけて岩盤の中で金脈を育み、

 鉱脈の中では水が流れ出す――。

 残るは、水だ。

「それなら、この流れの水を使っていいかな」

 マルタンはそっと流れる水に手を差し入れた。エビルシルキーマウスの手では上手くすくえなくて、鼻の頭にしわを寄せる。

「俺がやって良い?」

 このメンバーの中では一番手が大きい勇が、マルタンと場所を代わって両手で水をすくいあげ、最後の台座をその水で満たした。

「わ……!」

 盃のような台座から、水があふれだす。注いだ以上の量が、滾々と。

 そして、その水が枝の方へ流れていくと、枯れ枝が見る間に青々と葉をつけ始めた。めぐっている方の水が、金色の光を放つ。


 ――大正解! ぴんぽんじゃなぁ! うんうん、賢い子だ、よしよし、こちらへおいで。


 老人の声が、今度は全員の耳に届いた。

「誰の声……?」

 フレイアは視線を巡らせ、そして仕掛けの奥にあった岩戸の大岩が音を立てたことに気づく。ずずず、と重い音を立てて、岩がずれていくのが見えた。

「ねえ、あれ……!」

「うん、きっと北の柱が道を開けてくださったんだね」

 マルタンはほっとしたような面持ちで開いた岩戸を見つめる。その奥は光を放っており、逆光の中に三つの影が浮かび上がっていた。


 ――ああ、ランタンと金貨を取り忘れるでないよ、なくすと困るじゃろ。


 そんな風に言って朗らかに笑うその声は、三つの影のうち真ん中にいる者から聞こえたような、そんな気がした。


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