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第2話

「んー、何から聞きたい?」

 彼は、エメラルド色の瞳をいたずらな三日月に細めると、蠱惑的に問うてきた。

「え、それあたしが選べる立場なのか?」

「正直オレも何から話せばいいかわかんなくてさ……」

 二人して考え込んで、それからやっとアドラが口を開いた。

「……じゃ、まずなんで性別偽ってんの……?」

 色々聞きたいことはあったが、女装なんてボロが出た時のリスクが高い方法を取って本当の姿を隠していること、これが一番気になった。身分や素性を隠して勇者のパーティに加わって何をしたいのか、それもついでに聞かせてもらいたいところだ。

「そういう求人だったから」

「求人?」

「そ。勇者隊に女性のヒーラーが欲しいって求人出てたから、治癒魔法はもともと得意だしいけるかなーって」

 いけるかなーじゃねえよ、と元来のツッコミ気質が働いてしまって、アドラは少し気安かったかなと口を噤む。

「お、調子戻ったか? そのほうが『アドラ』っぽいぜ」

 ニッと歯を見せて笑う。タバコを吸うくせに白くてきれいな歯だな、なんて思いながら、アドラは苦笑いを返す。

「余計なお世話だよ」

「ま、実際面接通って採用されちゃったわけよ」

「さらっと通っちまうのもすげえな……」

 そこで、ネージュは小首を傾げて瞬きを数回。

「ちゃんと、清楚なシスターに見えますでしょ? わたくし」

「うん、完璧だわ。てか、あんたわかっててやってたんだな」

「何を?」

「ユウタが女に弱いって」

「あー」

 ネージュはけらけらと笑いだす。そして、ユウタの事を心底見下すような声色で続けた。

「簡単だったよ、ちょっとしな作って微笑んでやれば黙る」

「……」

 アドラは「こわ」と呟いてネージュの次の言葉を待った。

「で、お前が聞きたいのはそれだけじゃないよな?」

 ほら、聞いてみろよ。とネージュは続ける。

「じゃあ、まず、あんたの本当の名前」

 その言葉に目を丸くする。そして、ネージュは少し嬉しそうに笑った。

「え、そんなとこ興味持ってくれるんだ?」

「だって、それ偽名だろ? たまには本当の名前使いたくならないか?」

 なんとなしに言った言葉に、目の前のガラの悪い男は少しだけ困ったように笑った。

「なんか、お前意外と痛いところ突っついてくるのな」

 それから、ふい、と視線を外して、決心したようにアドラの顔を見ると答えた。

「……セルジュ」

「へー、割と似たニュアンスの名前にしてたんだ」

「まーね。呼ばれたときにボーっとしてても気づいて返事しやすいかなと思って」

「賢い」

「そらどーも」


 ネージュあらため、セルジュはどうやら軽口をたたきあえるアドラの事を気に入ったようだった。そのまま、話を続ける。

「知りたいのはそこじゃないだろ、本当は」

「じゃ、単刀直入に。セルジュ、あんたは何でユウタなんかと行動してるんだ?」

 それでいい、と言いたそうな顔でセルジュはにやりと満足そうに口角を上げる。それから、わざとらしく眉尻を下げてから声を作った。

「ユウタ『なんか』だなんて……ひどいですわ」

「思ってもねーこと言うな」

「ハ、お前も結構言うじゃん。そーね、あれと行動してる理由は一つだ」

 金だよ。

 そう続けて、セルジュは空を見上げた。

「争いってのは金になるんだ。オレはそれをガキの頃から痛いくらいわかってる」

 誰かが戦いを始めると武器が売れるし、何かを潰そうとするやつがいるなら傭兵を募るからそれでまた金が生まれる。誰かを潰してしまえばそいつが持っていたものがどこかへ売り飛ばされて流れる。そうしてまた金になる。

「オレには金が必要だからさ」

「私欲のためって風には見えないけど」

 諦めたように言ったセルジュに、少し食い気味にアドラは言葉をかける。

「お前結構鋭いな……」

「あんたがわかりやすすぎるんじゃね? 正体晒してからかなり素直だと思うぞ」

「……」

 セルジュは苦笑いをする。

 そうかもしれない。どこかで誰かに気づいてほしかったのかもしれなかった。

 隠していたことを話す相手が欲しかったのではないか、と言われれば図星だ。

 自分の幼稚性に気づいて、自嘲の笑みがこぼれる。

「金の使い道だけどさ、恩人がいるんだ。オレを育ててくれた孤児院のため、稼いでんの」

「孤児院……」

「そ。オレ、生まれはスラムなんだよ」

 なるほどねー、とアドラはため息をつく。

 演技が抜けると途端に粗暴になるのも、スラム時代の『素』なんだろう。

「念のため確認しておくけど、ほんとにあたしが聞いていい話なんだな?」

「そうじゃなきゃ話してねえよ。つか、お前もわかってるんだろ」

 オレが、本気でユウタの仲間やってるわけじゃないってことくらい。と吐き捨てるように言うと、アドラは苦笑する。

「ちょっと前からなんか変だな、とは思ってた」

 逆にあいつには勘づかれてねえのか、と問うと、セルジュは笑う。

「気づくわけねーだろ、あいつオレの事好きだもん」

 残酷~、と呟くと、アドラは視線を逸らす。

 色恋に振り回されるような奴は強い戦士にはなりえない。アドラの持論の正当性はここで証明されることになった。

「A歴955年、何の年か知っているか」

 神妙な面持ちで、セルジュは小さく尋ねた。

「今から50年くらい前……? 待って、なんか聞いたことある気がする。どっかがアロガンツィアに併合された年じゃ……」

「正解。そのどっかってのが、小国カルテリア。世が世ならオレはそこの王子様だったんだよね」

 言ってもしょうがないけど、と笑ったセルジュを、アドラは振り返る。

「……それって……」

「併合についての表記はかなりマイルドになってると思うけど、実質は一方的な蹂躙だ。アロガンツィアがうちに戦争をしかけてきて、男どもは適当な罪状をくっつけて皆殺し、女子供は動乱の中で死んだことにされて売り飛ばされたりでお家断絶ってわけ」

 アドラは続きを促すように、視線を逸らさずにいた。

「スラムで生まれ育ったのは、オレの婆さんが身重のまま逃げ延びてスラムで母さんを生んで、そんでオレって流れ」

 自分の出自をしっかり覚えているのは、幼いころに何度も母親がアロガンツィアへの恨みを口にしていたからだ。

 ――あの時にアロガンツィアが攻め込んでこなければ、私は王宮で生まれたはずだったし、おなかの中に私を抱えて王宮から逃げ延びた母様も、衛生状態と栄養状態がもっとよかったら長生きできたはずなのに。

 写真も何も残っていないから、あなたにはおばあさまの顔を見せてあげられないのが残念。と言った母親の顔を、セルジュは今でもたまに思い出す。

「婆さんにもオレを見せてやれたらよかったのに、って言ってたよ」

 その母さんも、オレが5歳の時に流行病で逝っちまったけど。と力なく笑い、セルジュはため息をついた。

「領土だ、金だ、権威だっつって、人の人生ぐっちゃぐちゃにひっかきまわしやがってさ、本当はあの紋章のペンダントぶんなげてやりてーんだけど」

 ワンピースの上からいつも身に着けていたアロガンツィアの紋章は、今夜は部屋に置いてきているらしい。

「カルテリアについての歴史は、魔族の方にはほとんど情報が流れてこなかったけど、人間向けの歴史書では確かに『併合』としか書いてなかったな。それより古い時代の同盟や併合については、アロガンツィア一世の治世で魔王を封印したことへの感謝や憧れから、周囲の小国が望んで行ったこと、みたいに書いてたけど」

「なにそれ笑えねー!」

 声をかみ殺してセルジュは笑う。

「ほんと、クソ国家だな。反吐が出る」

 母親が死んで、どれだけ苦労したことか、とセルジュはこめかみに手をあてて小さく首を横に振った。


 旧カルテリア市街のはずれ、現在はスラムと化したその地域でセルジュは生まれた。本来ならば一国の姫であったのに、動乱によってその身分を剥奪され、食べるために娼婦に身を落とした母親が、誰の子とも知れないセルジュを一人で生み一人で育てたあばら家は、雨風をなんとか凌げる程度のうす暗くて寒い場所だったのをよく覚えている。

 ひどい境遇にもめげずに自分を育ててくれた母親は、セルジュが5歳の冬に流行病で簡単にこの世を去った。栄養状態も悪ければ治すための薬も手に入らない状況で、幼いセルジュに母親を救う手立てなんかなかった。

 ゴミの収集と一緒に焼かれた遺体の、その骨をなんとか探していくつかを布の袋に入れたもの、それと、祖母から母に受け継がれたネックレス。手元に残ったのは、それだけだった。

 頼るものも、先立つものも、稼ぐ手段もなにもない。

 たった5つの少年ができたことは、盗みでその日の食い扶持を繋いでいくことだけだった。


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