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第1話

 ――さて、一方ユウタ隊はというと、次の目的地であるフィニスホルンに向かう道程において、立ち寄った街で住民の歓待を受けているところであった。

「勇者様方が我がアルシオンにいらっしゃるなんて、いやあ、幸運です」

 アロガンツィア国の中でも北方に位置する、アルシオン荘園の領主であるヴァルデリク=アルシオン男爵の屋敷は豪奢な調度品に溢れた立派な建物であった。

 すらりとした体躯の身目の良い壮年男性、彼こそが呪術師ロベリアの実父である。

「お父様、お久しゅうございます」

 スリットの入ったタイトスカートに、ケープを羽織ったロベリアはヴァルデリクに深く頭を下げた。

「ロベリア、勇者殿の足手まといにはなっていないかい」

 ヴァルデリクのその問いには、ロベリアよりも先にユウタが答える。

「彼女の活躍は、それは目覚ましいものですよ。暴れている木の魔物を僕と共に鎮めたり、悪しき魔族の妨害を退けたり……」

「そうでありましたか、それを聞いて安心しました……」

 朗らかに笑うヴァルデリクの顔は、俯いたままのアドラには見えない。頭を下げて、恭順の姿勢をとらされている彼女は、その会話を聞きながら「この嘘つきめ」と奥歯を噛んだ。何かユウタやロベリアにとって気に入らない態度を取ろうものなら、足環から電流のような痛みが伝う。無駄な体力の消耗は避けようと、アドラはおとなしくしていたのだった。その傍らで、ネージュは淡い微笑みの表情を作ったまま、崩さない。

(……こいつも何を考えてるのか……)

 底知れぬ雰囲気に、アドラは違和感を覚えていた。


 基本的に、ユウタ一行は部屋を一人一部屋ずつ取る。

 宿の者に怪しまれないためか、アドラも例外なく、ロベリアの隣室という条件で一部屋与えられていた。

 アドラがネージュに対して違和感を抱き始めたのは、行動を共にして何日か目の事だった。

 大体の場合、部屋割りは横並びになっており、アドラはロベリアとネージュに部屋を挟まれる形になっていた。

 その訳は、捕縛の足環を管理しているロベリアのなるべく近くに置くため、そして、その反対の部屋がネージュになっているのは、何かが起きてアドラが脱走でもした場合にユウタの部屋へすぐに乗り込めないように、という意図があるとアドラ自身は分析していた。

 ユウタの隊に拉致されてからというもの、アドラは夜なかなか寝付けなかった。

 それで、気づいたのだ。


 ――毎夜、ネージュは遅くに出歩いている。

 日付が変わる頃だろうか、小さく扉がぱたんと音を立てるのを聞く。本当に小さな音だった。普通の人間では判別できないくらいの、小さな音と、足音。それを、ハルピュイアであるアドラは聞き分けることができた。あの足音はネージュの歩き方だ。いつものヒールの音ではないので、おそらく靴を履き替えているのだろうが……。

 ――一体、こんな遅くにどこへ?


 その夜、アルシオン男爵の屋敷の離れに宿泊していたが、やはりネージュは日付が変わってから部屋を出たようだった。ちょうどそのくらいの時間帯にアドラも一度目を覚ましてしまうものだから、彼女の足音を追ってしまう。気配を辿ることができたので、隣室に気取られないようそっとベッドから出て窓の下を見下ろす。そこには、あの真っ白なベールがいた。ネージュだ。寒いのに、どうして外に……。そう思い、目を凝らす。人目がないことを確認するようにあたりを見回すと、彼女は小走りで、建物の前に立っている大きな木の方へ行き、その陰に隠れてしまう。

 この日は、好奇心が勝った。

 ロベリアも、ユウタも、すっかり寝入っている頃だ。アドラは、音をたてないようにそろりと扉を開けて、階下に降りる――。



「え」

「げ」

 目が合った瞬間、ほんのわずか時が止まったように思えた。

 夜風に当たりたかったとでも言えばいいと思ってエントランスから出て木の方へ歩いて行ったアドラは、木の下にいた人物に驚く。

 白いワンピースのまま、足を豪快に割り開いてしゃがみ込んでいるその人は、ベールを付けていなかった。グレージュカラーの襟足が長いショートヘアが、夜風に揺れる。形の整った唇には、タバコが咥えられており、右手にはマッチ。

「え、……え、あんた、ネ……」

 ロベリアが眠っているため、その術が弱まっているアドラは、今は話すことができる。

 匂いと目と、その白い修道服で『ネージュ』であるという確信を持って話しかけると、ネージュと思しきその人は、咥えタバコのまま人差し指を立てて「しーっ」と言って、手招きをした。アドラは慌てて手のひらで口を抑えると、その人の横に一緒にしゃがみ込む。

「見られちまったらしゃあねえやな……」

 いつものネージュより、少し低い声で。けれどその声質はネージュのもので間違いなかった。粗暴な口調に、アドラは面食らう。

「……」

「わかってんだろ、この服に……お前はハルピュイアだもんな、鼻も利くだろ……うーん」

 ポケットから小さなコンパクトのようなものを取り出すと、ネージュはそこにタバコをこすりつけて火を消した。次に、吸殻をその中に突っ込んで蓋を閉める。そして、声を潜めて尋ねた。

「……あいつら、寝入ってるよな?」

「あ? ああ、うん」

 もっとこっち、とアドラが建物から完全に死角に入るよう引き寄せる。

「どっから話したもんかな。……他言無用で頼むぜ」

 スカートの裾から、素足につっかけたサンダルが見えた。

(……足デカ……)

 ヒールを履いているときには気づかなかったが、女性にしては足のサイズが大きい。ハルピュイアであるアドラも大きいには大きいが、何というか、骨格が女性のそれに見えなかった。

「どこ見てんだよ。……ま、目の付け所は鋭いかもな。こういうとこからバレねえように、オレは肌を覆ってたわけ」

 言いながら、ネージュはワンピースのハイネック部分をぐい、と引っ張り下げて軽く上を向く。月明りに照らされ、白い喉元にぽこりと骨の隆起が見えた。ベールを纏っていたのも、なるべく骨格や肩幅に目がいかないように誤魔化すためだったようだ。

「どうだ、お前の目も欺けてたか?」

 くく、と低く笑いながらネージュはそう言う。それは、どこか自嘲も含んだ笑いだった。

「ああ、あたしは匂いだけじゃ性別までは判別できないからな」

 個々人の特定は可能だが、その人を生物学的に分類することは出来ないと説明すると、ネージュは「へー」と意外そうに相槌を打って、それから右手を自分の背中に回すと、服の上から器用にその下のホックを外した。

「窮屈でさ……お前にはバレちまったし、もういいよな」

「や、あたしは良いけどさ……」

 その豊かな胸も、詰め物だったわけだな……。

「あらっ、いやですわ……そんなに見つめないで……」

 アドラの背中を何かがぞわわ、と走る。いつもの作った『ネージュ』の声で恥じらって見せる目の前の男に、アドラはあからさまに嫌な顔をして見せた。

「あはは、そんな顔するなって……悪かったよ、こんなヤニ臭いネージュ様は嫌だよなあ?」

一気に情報がなだれ込みすぎて、脳みそが大分疲れてきている。アドラはやっと言葉をひねり出した。

「逆にあんたはそんなに知られて良いわけ?」

「いーのいーの。……お前、知ったところで何も出来ねえじゃん」

 いつものような上品な笑みではなく、ネージュは歯を見せてカラッとした笑みを見せた。なんとなく、アドラもつられて笑う。

「たしかに」

「取って食いやしねーよ。ま、座んな」

 もう一本吸いたいところだが、あんたがいないのに万が一にでもきづいてあいつらが捜しに来たらことだからな、と続けてネージュは声を落としたまま話し始めた。


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