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第6話

「ちょ、あ、ぶないでしょーが!!」

 フレイアは思いっきり左足を蹴り上げるようにして動かす。ぶち、と音を立て、彼女の足を拘束していた木の蔓がちぎれた。びくともしないように見えたあの木の蔓が綺麗に真っ二つに分かれていて、勇は二度見する。

(ユウタのバフかかってなくてもこんなに力持ちなの……!?)


「ぃよっしゃあ、こっからだ。マルタン! 私の後ろに隠れな!」

「えっ、フレイアさ……」

 驚いているマルタンの前に躍り出て、フレイアはハンマーをバッと振り上げる。

「ようは、こっちに当たる前に全部弾いちゃえばいーんだ! そしたらあの子らも傷つけないで済むじゃん!」

 大きなハンマーが、ぶん! と音を立てて回転する。こちら目掛けて飛んできていた魔法弾を、全て物理的に弾き飛ばすと、ダァン! と豪快な音を立ててハンマーを地に振り下ろし、上がった息を整えるよう肩で息をしてそこらを飛び回るニフタ・ドリュアスを睨んだ。

「絶対こっちこないでね!? ぶつかったら最悪死んじゃうし!」

 力の加減できないんだから、と言って、フレイアは荒い呼吸の中、再度ハンマーを持ち上げた。

「フレイア、無茶だってば」

「んなこと言ってもイサミだってあんま魔法吸ったら倒れっしょ、下がってなって」

 互いを庇うような発言をする二人に、セリスィは違和感を覚える。

 ――人間は、こんな種族だったか?

「セリスィ、手が止まっている」

 アレスがセリスィに耳打ちをする。セリスィはハッとしてアレスを見た。

「……なあ、どう思う」

「どうって?」

「あいつら、庇い合っている。人間は他人から奪うだけの生き物と、ばば様たちは言っていた」

「さあな、この軍の指揮はセリスィ、お前だ。今事実としてわかっていることはひとつだけ。彼らがルナカモミラを採取しようとしていることだけだ」

 抑揚のない冷たい声に、セリスィは小さく頷く。

「……そうだな」

 セリスィは一斉攻撃を仕掛けた仲間たちに一度隙ができるのを知っているので、後ろに下がるように指示を出す。そして、自分だけ前に出て、自分の背丈と同等の大きさのエネルギー体を作り上げた。冷気を纏うそれは、強大な氷魔法と見える。月明りの中ぼんやりと浮かび上がる薄紫の球体に、メリアは叫んだ。

「伏せて!!」

 直撃すれば、よくて凍傷、悪ければ凍死だ。ぶつけた相手の熱エネルギーを急速に奪うフロストスフィアが、ぐんぐん大きくなるのを見ながら彼女はセリスィの眼前に躍り出た。

「メリア!」

 マルタンが手を伸ばす。マルタンのバリアでは、魔法攻撃は弾くことができない。勇の右手も、高い位置にあるそれにはまだ届かなかった。


「話くらい聞いてくれてもいいのではなくて? 頭の固い方々ね」

 言いながら、メリアは光魔法で己の周りにバリアを形成してスフィアへ突っ込んでいく。

「っ……貴様、ドリュアスでありながら人間の肩を持つか」

 命がけでこのスフィアに突っ込んでくるなんて、どうかしているとセリスィは歯を食いしばる。

 身体の周りに光のスフィアを形成して保護しているとはいえ、自分の身体ごとフロストスフィアに体当たりするのは尋常ならざる行為と言えた。万一にも、盾ともいえるメリアの光のスフィアが崩壊したならば、たちまち彼女は凍り付いて死に絶えるだろう。

 押し合う氷と光のスフィアが、激しい光を生み出す。削り合うように、二つのスフィアはぎりぎりと音を立ててセリスィの方へ押されていった。

「術を解除なさい、さもないとあなたも凍り付くわよ」

「何を、馬鹿な」

「馬鹿? どちらが。わかってるんでしょう。この競り合いは私の勝ちだわ。認めなさい」

 光の球の中でメリアの青い瞳がぎらりと光る。最後の一押しとばかりに、ぐっと歩みを進めた。

 ジュッ、と音を立て、セリスィの髪の先端と鼻先が白く凍る。

 低く呻くと、セリスィは胸の前に突き出していた両掌を下ろし、精製したフロストスフィアを割った。

「セリスィ!!」

 バランスを崩したセリスィをアレスが後ろから抱えるようにして支える。

 片腕でセリスィを抱いたまま、アレスはメリアに雷の矢を放った。

 パン、とはじけるような音がして、メリアの光のスフィアが割れ、内部にいたメリアは悲鳴を上げ、落ちる。落下地点に駆け出したマルタンは、その背中でメリアを受け止めた。もふ、と背の毛並みにうずまったメリアは、気を失っているようだった。一気に莫大な量の魔力を使用してスフィアを生み出したこと、そしてそれの破裂の衝撃がかなり大きかったようだ。

「マルタン、大丈夫?」

「ちょっと背骨が痛いけどだいじょぶ。メリアをお願い」

 駆け寄ったフレイアは、マルタンの背からメリアを抱き上げると、アレスの背後に控えていたニフタの追撃に備えて、メリアを庇うように姿勢を低くする。次の瞬間、一斉に光の矢が飛んできた。どうしようもできない、せめてメリアを守ってやらないと、とフレイアは彼女を抱きかかえたまま蹲る。

 と、覚悟していた衝撃がなかった。

 矢が風を切る音まではしていたはずなのに、どうして。

 そろりと目を開けると、フレイアの前には両の手をニフタたちに向け、光の矢をすべて吸収しきった勇が立っていた。

「イサミ!? 君、今の矢を全部……」

 さすがに吸収した数が多すぎたのか、勇はその場にがくんと膝を着く。あれだけ大量の光魔法を放ったニフタ・ドリュアデスも無事とはいかない。舞うように飛んでいた者たちは、力を失い、ふらふらとよろめきながら地に落ちてきた。


 地面に倒れ伏す仲間たちを見て、アレスが苦々しく吐き捨てる。

「ここまでか……」

 セリスィに肩を貸しているアレスも、平衡感覚が正常とは言えない。マルタンたちを一度で一気に排除するつもりでいたのだろうが、メリアの存在がそれを不可能にしてしまった。

 フォス・ドリュアスの戦闘力を見誤ったことが敗因か、とアレスは舌を打つ。

 いつもならばこんなことには、と言いかけたアレス。

 勇はその隙にフレイアが抱きかかえるメリアに近づくと、その手をそっと握った。

「……何をしている……?」

 その様子を見て、アレスは目を疑う。

 意識を失っていたメリアが、淡い光に包まれてゆっくりと目を開けたのだ。

「気が付いた?」

 勇に問われてメリアは一つ頷く。

「……魔力を吸うだけじゃなくて、受け渡すこともできるのね」

「うん、魔力の性質について俺はよくわかっていないのだけど、気分が悪いとかはない? 大丈夫?」

 元は殺意で放たれた魔法を吸収したものだ。その思念が宿った魔力を受け渡すことはいささか軽率だったかと慌てる。

「大丈夫。どういう理屈かわからないけど、あなたを介した魔力には、初めに魔法を放ったものの思念が残ってないわ」

 メリアは、フレイアの膝からひょいと降りると続けた。

「あなたは魔力の濾過を無意識でやってのけているのかもしれないわね。余計に心配だわ、まずいものが残留しないか」

 そして、倒れ伏しているニフタ・ドリュアデスに視線を遣り、マルタンに問うた。


「さて、どうする?」

「ニフタさんたち、どうしちゃったの……? 助けることはできない?」

 心配そうにメリアのそばに駆け寄ったマルタン。メリアは「そう言うと思ったわ」と苦笑すると、ニフタ・ドリュアデスに一歩、近づいた。

「近寄るな……」

 息を切らしながら、アレスが言う。

「そんな言い方は無いのではなくて? 回復して差し上げようっていうのに」

「……は?」

「この方々、そしてあなたの症状は魔力の枯渇によるものでしょう。本来ドリュアデスはこんな状況になるほど魔力が枯渇することなんてないはずだけれど……まあ原因はとりあえず置いておいて、まずはなんとかしないとでしょう」

 メリアは仰向けに倒れているニフタの少年の頬に触れた。

 生気がなく、冷たい。このまま放置すれば命を落としてもおかしくないだろう。メリアが瞳を閉じ、何かつぶやく。それと同時に、ニフタの少年の身体が一瞬強く発光した。

「お前……今……」

「魔力を分け与えたわ。そちらの方々も、よろしくて?」

 倒れているニフタの元を次々回って、メリアは同じように魔力を供給していく。

 最後に、絶句しているアレスへと視線を向けた。

「あなたは? 回復しなくてよろしいの」

「……」

 アレスは自分の首に回していたセリスィの腕を下ろすと、抱きかかえなおしてメリアの前に歩み出る。

「俺よりも、セリスィを」

 後方ではメリアに魔力を分け与えられたドリュアデスがもぞもぞと身じろぎをして起きだしている。

「いいわ、少し触るわよ」

 セリスィの暗い色の肌に、メリアの真っ白な指先が触れる。他のドリュアデスと同じように強い光を放つと、セリスィはゆっくりと瞳を開いて、瞬きを三度した。

「……う」

 頭痛に顔を歪めて、それからメリアの顔を見る。

「どうして……」

「そこにいるエビルシルキーマウスの子が望んだのよ。それに、魔王様の教えでしょ」

 困っている者には手を差し伸べよ、互いに助け合い生きよ。

 そう言うと、メリアは大きく息を吐いて近くにあった木の根にすとんと腰を下ろした。

「少し疲れたわ。休ませて」

 メリアの前に、ニフタ・ドリュアデスが歩み出る。

「私共を助けてくれたのはあなたですか」

 ショートヘアの娘がおずおずと問う。メリアはすました顔で「いいえ」と答えた。

「私は少しお裾分けしただけよ。礼ならそっちの『人間』におっしゃって」

 メリアが指さした先には、マルタンに支えながらぐったりと座り込んでいる勇がいた。

「どういうこと……」

「見ればわかるでしょう、あなたたちの魔力が枯渇したのを見て、吸収した分を分けてくれたのよ。私はそれをあなた方へ渡しただけ」

 私も枯渇しかかって助けてもらったわけだけど。と言って、メリアはニフタを見つめる。

「何も思うところはないのかしら?」

 ニフタは言葉を詰まらせて、それからややあって頭を深く下げた。

「ありがとうございました、おかげで我々は一命を取り留めることができました」

「それと?」

「……」

「……他に言うことがあるのではなくて?」

 押し黙ってしまったニフタを追い詰めるかのようにメリアは続ける。

「事情もきかずに人間嫌いを振りかざし、一方的に攻撃をしてきた挙句に自分たちの力量を測り間違って魔力を枯渇させ、倒れて、敵とみなしていた人間風情に助けられた気分はいかが?」

 立て板に水のような弁舌。ずいと顔を近づけてそう言って、メリアはフン、とそっぽを向いた。

 痛いところを指摘され、ニフタは仰け反ったまま固まってしまう。

 勇は力なく笑うと、「気にしないで」と伝えてそのまま目を閉じてしまった。

「イサミさん!? イサミさん!!」

 気を失ってしまった勇の肩をマルタンは必死に揺する。


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