目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第3話

 それから数十分後に、フレイアは応接間の扉を荒々しく開けて戻ってきた。

「おかえりなさい」

「おまたせ!」

 マルタンが笑いかけると、フレイアは親指をぐっと立てて眼前に突き出した。

「マギーに、明日からまた少し旅をするって伝えたよ」

「え……」

「私にも協力させてほしい。こないだまで戦ってた相手とって信用できないかもしれないけど、ユウタがやってること、私はどうしても許せない。人の大事な友達誘拐するなんてやって良いことじゃないじゃん」

 少し震える声で、フレイアはそう言ってマルタンと勇の顔を見つめた。少しの沈黙の後、マルタンは答える。

「いいの? ユウタさんに刃を向けることになるよ。フレイアさんにとっての、今までの仲間に」

 その言葉は、マルタンの精一杯の気遣いだった。心から信頼し合っていたのかどうかは知れないが、一時でもパーティを組んだ仲ならば、きっと多かれ少なかれ思い出や楽しい時間もあったはずだ。簡単にそのハンマーを振り下ろせる相手じゃないでしょう、とマルタンは俯く。

「……ありがとね。一人になって考えたんだ。私、何が良くてユウタと旅をしていたんだろうって」

 一緒に旅をする相手くらいしっかり見極めないといけないのに、と続けたフレイアの中では、既に答えが出ていたようだ。ユウタは、旅を共にするのにふさわしくない相手だという口ぶりに、勇は少し驚く。

「フレイアさんはユウタさんの魅了スキルの影響を受けていたのかもしれないね」

「魅了?」

「多分、ユウタさんは勇者として特別な能力をいくつか持っていると思う。そのうちの一つが、相手を魅了する力。自分を魅力的に見せて、信奉させる力」

 ああ、とフレイアは小さく呟くと考え込んだ。

 一緒にいる間は、強い力を持って人々を救うために旅をする魅力的な『勇者』に見えていた。距離を置いてからはどうだろう。冷静に今までの行いを振り返ってみると、彼の横柄な態度や粗暴な振舞いが目についた。パーティ加入のための選抜面接に女子ばかりいたのも、彼の趣味だったのかもしれないと今ならば思える。

「こうして考えるとさ、ユウタって私情で動いてるわがままな奴だね。でも、私もユウタの存在を利用して、自分の自由を得ていたのかもしれない。そう考えたら、私も大概だよな、ユウタに偉そうなこと言える立場じゃないよな、って」

 フレイアは顔を上げると、自分を気遣ってくれたマルタンに微笑みかける。

「そりゃ、長いこと一緒にいた相手だから多少の情は湧いちゃってるとこあるよ、こうやって客観的に考えて、しょーもねー奴だなって思ってる反面さ……」

 そして、フレイアは辛そうに顔を歪めた。

「……一緒にいた人間として、責任取らなきゃって、旅をしたかつての仲間として、あいつが間違ったことやってんなら一発くれてやるのが私なりの清算かなって」

 その言葉を聞いて、マルタンはゆっくりと右手を差し出した。

「フレイアさんの覚悟、ちゃんとわかった。……アドラを取り戻す旅、付き合ってくれる?」

「……!! ありがとう」

 その小さな手を握り返して、フレイアは少し情けない笑顔で頷いた。

「こっちの私情も入っちゃってるけどさ、私はちゃんと自分で考えた結果を今度こそ出したいんだ。……つき合わせてごめんね」

 マルタンはフレイアの手をぎゅっと握って、首を横に振る。

「そんな風に言えるフレイアさんはとっても強いよ。一緒に来てくれるの、心強いです」

 きっと元の姿ならマルタンのひげはふくふくと揺れていただろう。勇はマルタンの嬉しそうな横顔を見て、マルタンと同じ顔で笑った。

「そしたらさ、よかったら今日はうちでご飯食べて、泊ってきなよ」

 フレイアがいつもの軽さに戻る。

「いいの?」

「もちろん。マギーも喜ぶよ。……と、アドラさんを探すのに、目星はついてるの?」

「それがね、わからないの。でも、いつもマルたちがいるところにユウタさんたちが来るからもしかしたら、向こうから来るかも……って」

 その言葉にフレイアはハッとする。

「……それならちょっと思い当たる節、あるかも」

「え?」


 フレイアがユウタ達と旅をしていたころ。エニレヨの事件があって、そのすぐ後だ。

ユウタが、アロガンツィア王にエニレヨでのことを『民を欺こうとする危険な大ネズミがいる』と報告したところ、民を惑わせて魔族に与させようとしているのかもしれない、早く討伐せよと命が下った。

 しかし、どうやって追えばいいのか。そう考えていたとき、王城を出た後にネージュが小さなペンダントトップ型のコンパスを取り出して、これがあれば追える、と言ったのだ。

「確かに、ネージュの言う通りにコンパスの針がさした方へ向かったらあの小島に……君たちにたどり着いたよ。私が抜けた後も、あれを使ってずっと君たちを追っていたんだと思う」

 ああ、それで、とマルタンは合点がいった。

 デロニクスがいた小島で、どうしてここがわかったのかと問うた時に「勇者ならなんでもわかる」というように嘯いたユウタの事を少し不満げな目で見ていたネージュのそれは、そういうことだったのか、と。

「ネージュさんの力で、わたしたちを追跡していたんだね」

「どういう仕組みなのかは私もわかんないけどね」


 ユウタ一行の内部情報を話してくれたフレイアに安心したのか、マルタンの肩にいた青い蝶がふわっとソファに止まり、淡い光と共に娘の姿に変わった。

「正体を隠していてごめんなさいね。信用に値する人間か、ちょっと様子を見させてもらっていたの」

「えっ……ちっちゃ、え、かわいい! えっ、え……何この子かっわ!」

 唐突に姿を現したメリアにフレイアのテンションが上がる。

「ドリュアス族のメリアよ。あなたの仲間だったっていうユウタの魔力の残滓で私の里が大変なことになってしまって、それでこの人たちに同行しているの」

 メリアの事情を聞いてフレイアはぴたりと固まる。そして、すぐに頭を下げた。

「申し訳ないことをしました、……かつての仲間は、あなたの里にも迷惑をかけてたんですね」

「あなたには責任は無いわ。顔を上げて。気にしなくて結構よ。私も自我を失っていたとはいえ、街道で暴れて物流を阻害していたこと、申し訳なかったわ」

 そう言って、メリアは「ん?」と首を傾げる。

「……私たちどちらにも責任はないわね? これ、諸悪の根源はユウタとかいう奴よね?」

 それはそう、と勇は頷く。

「まあ、でも……私小さい頃マギーに言われた言葉を思い出したんだよね」


 フレイアは幼いころ、この別荘に来るといつも村の広場で遊んでいた。夏の間だけ遊びに来るお嬢様に、村のこどもたちは珍しいものに興味津々といった風に近づいてきたが、一人だけ仲間に加われない子供がいた時だ。村の悪ガキたちは引っ込み思案なその子を仲間外れにしていたということにフレイアは気づいていたが、何もできなかった。それをマギーに打ち明けると、マギーはフレイアを優しく諭したのだ。まずは、話してくれてありがとう、と。そして、「目の前で起きている不正に目を背けるのは、不正に加担しているのと同じこと」と。


「変な正義感で動くのも違うけどさ、その子が私と話したがってるの、わかってたんだ。でも周りの子達が省いてんな、って思って、なんかやりづらいっていうか……それで無視しちゃったのね、んで、次の日に私からその子に話しかけたの。あそぼって」

 周りのこどもたちを諭すのも違うし、と悩むフレイアに「あそぼう」と声をかけるだけで良いんですよ、と教えてくれたのはマギーだった。

「昔はさ、マギーが言ってたことよくわかってなかったけどね」

 今ならわかる、とフレイアは言った。

 ユウタが行った不正に目を背けるのは、その不正を行っているのと同じこと。

「私は、自分がやったことに落とし前をつけに行くって感じね」

 メリアがそう言うと、フレイアは「なんて?」と首を傾げる。

「迷惑をかけたからね、人間たちには。自分の里を助けたいのはもちろんだけど、やってしまったことへの償いくらいの働きはしたいわ」

 この人たちに助けてもらった身だから、まあ恩返しもあるのだけど、というメリアに、フレイアは笑う。

「へー、ドリュアスって義理堅いんだ?」

「ドリュアスがじゃなくて、私が、よ」

 少しおどけて言ってみせると、ドアが四回ノックされた。

 夕食の支度ができたと伝えに来たマギーだ。少し迷って、部屋に入れていいかフレイアはメリアに問う。

「おばあさまが驚いてしまわないなら私は構わないわ」

 それじゃあ、と部屋にマギーを通す。


「あら……お人形さん……?」

 いきなり喋ると驚かせてしまうと思い、メリアは黙ったまま。フレイアからこの子も友達、姿は小さいけれどお話もできると説明されて、マギーはメリアの目をじっと見た。

「綺麗な瞳をしているのね、初めまして、わたくしはマーガレット=エルダリアと申します、いつもお嬢様がお世話になっております」

 メリアはほっと息を吐いて、そして答えた。

「マーガレットさんね。私はメリアです。よろしく」

 マギーは頬を紅潮させて、少女のようにはしゃぎだす。

「何て可愛らしいの、メリアさんとおっしゃるのね、妖精さん? 綺麗な翅ですこと、お小さくてお声も鈴を転がしたように愛らしくて……」

 妖精さんを見るのは初めてで、興奮しちゃってごめんなさいね、と火照る頬に手をあてるマギーに、メリアは苦笑する。

(……魔族の一端って明かしても、この人は同じ態度でいてくれるかしら……)

 ひとしきりマギーがはしゃぐのを見てから、フレイアとマルタン一行は夕餉の席へと案内してもらうことになったのだった。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?