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第2話

 ユウタ達が王城へ帰還したころ、勇たちもまた、ラナコスへ辿りついていた。

 村人に話を聞くと、物流が滞っているせいで海産物と海路から輸入されるものが入ってこないとの事だったので、街道はもう開かれたという旨を伝えてやった。

「本当ですか!?」

「はい……俺たち、ディムベリスの方から来たので……」

 人間の姿に変化したマルタンは勇の横でうんうんと頷く。その肩には、青い蝶が止まっていた。

「それじゃあ、自警団を街道に向かわせてみますね。あなたたちを信用していないわけではないけれど、その、何かいたら怖いので」

 商人たちが襲われては大変だからという村人に、それが良いと思いますと答えると、勇たちは村の中をまずは散策することにした。

「花の事を知っている人はだれかいないものかな」

 ラナコスよりも南ということしかわからないもんね、というマルタンに勇は頷く。

「……あれ?」

 ふと村の広場を見ると、見知った影があった。

 荷車から何かを下ろして、村人たちに渡している。それから、年を取った男と話をして、笑ってその人を見送ってから……ふと振り向いた。

「え!?」

 見知った影、女性は勇の姿を見つけ、そして驚いて声を上げ駆け寄ってくる。

「久しぶりだね!? こんなとこで何してんの!?」

 前に会ったときは高く結いあげていた榛色の髪を、今日はサイドでみつあみにして後ろでシニヨンにまとめている。露出の多かったショートパンツ姿ではなく、深緑色のロングスカートに白いブラウス。どこぞのご令嬢のような姿だ。一瞬誰かわからず、勇は言葉を詰まらせたが……。

「フレイアさん!?」

 マルタンが先に名を呼んだ。

「うん、……あれ? 君、なんで私の名前知ってるの……?」

 人間のこどもの姿をしているマルタン。匂いでフレイアを判別できたマルタンと違い、魔力のないフレイアにはマルタンの正体を見破ることは出来ない。マルタンは小さくあっ、と声を上げた。そして、軽率に名を呼んだのはまずかったかと勇に視線を投げる。

「俺も大丈夫だと思うよ」

 二人の意見に相違があるとまずいと考えて一応勇にも確認をとったマルタンだったが、同じ思いとわかり、ほっと息を吐く。気さくに話しかけてきた時点で恐らく敵意は無いだろうし、クーナ湾の小島で話したときには「見定めたい」という趣旨の発言をしていたこともある。

 ちょいちょい、とフレイアに屈んでもらうよう手招きして、マルタンはそっと耳打ちした。

「あのね、マルタンです」

 フレイアの目が見開かれる。

「え! そうなの!? へえ……なんでまた……」

 人間の姿に? と言いかけて、フレイアは首を横に振る。

「いや、話しづらいこともあるよね。えっと……ここじゃ難だし場所を移そっか」

 村のはずれに別荘があるんだ、というフレイアに、マルタンたちはついていくことになった。


 村から少し歩いたところに、小さな屋敷があった。

 フレイアがドアノッカーを三回鳴らすと、扉が開き、小さな老婆が顔を見せる。

「まあ……お嬢様、お帰りなさい」

「ただいま、マギー! 久しぶりだね。バートも元気にしてる?」

「奥で書類の整理をしていますよ。さあさ、長旅でお疲れでしょう、お茶を淹れましょうね。そちらは?」

 フレイアの後ろにいる勇とマルタンに気づいて、マギーは小首を傾げる。

「友達! さっき村の広場で会ったんだ」

「あらー……いつもお世話になっております。ささ、どうぞ上がって行ってください」

「お邪魔します!」

 マルタンと勇はぺこり、と頭を下げる。

 マギーは質素な紺色のワンピースに白いエプロンを身に着け、髪はぴっちりとまとめてシニヨンキャップで覆っていることから、この家を管理している給仕なのだろうとわかった。応接間に通されると、勇とマルタンはフレイアに勧められるままふかふかのソファに腰かけた。

「なんだかおもてなししていただいちゃって……」

 カートに紅茶とお茶菓子をのせて戻ってきたマギーは恐縮するマルタンに「ほほほ」と笑った。

「この田舎に遊びに来てくださるだけで私は嬉しいんですよ……めったにお客様なんて来ないし、お嬢様もなかなかお越しにならないんですから」

「ごめんってばマギー。最近は勇者について旅してたんだよね」

「活躍のことは耳に入ってきてますよ。今はお休みをいただいているんですか?」

 フレイアは曖昧に笑う。

「うん、まあそんなとこ。……マルタンとイサミくんとつもる話があるからさ、ちょっとだけ席外してもらっていい?」

「あらこれはとんだ失礼を……お茶のおかわりなどあればお申し付けくださいね」

 それでは失礼します、と頭を下げ、マギーは部屋を出ていく。ぱたん、と扉が閉まったのを確認して、フレイアは小さく息を吐いた。

「……マギーちょっとテンションあがっちゃってんね、寂しかったのかな」

 マルタンは小さく笑った。

「そうかも。久しぶりに来たんでしょう? きっとフレイアさんに会いたかったんだよ、ずっと」

 マギーのお手製のマドレーヌを口に運ぶと、フレイアは瞬きを数度。そして、ふっと笑った。

「そっか、……そうだよねえ、ほんと、しばらくぶりだもんな、5年くらいこっちには来てなかったか……」

 夕飯の時にでもたくさん話そうかな、というフレイアに、マルタンもそれがいいと頷いた。

「ああ、それで、マルタンはなんでそんな恰好で?」

「いろいろあって、変化できるようになったんです。不必要に村の人を驚かせたくないから、人間の姿に化けてました」

「なるほど、気遣いしてるんだ、偉いね」

 紅茶を一口飲んでから、フレイアは感心したように答える。次はマルタンが問う番だ。

「フレイアさんは、どうしてここに?」

「ああ、ラナコスはね、私の実家がある領地と関わりが深い土地なんだ。それで、ここに別荘があるの」

 フレイアの実家は、アロガンツィア王国内のエルダリア領というところで、大規模な荘園を有しているとのことだった。エルダリアからこのラナコスは少し離れているが、飛び地になっていた荘園がもう何代も前の世代で独立して、一つの村を形成した形になるらしい。独立に関しては双方の合意の上で平和的に為されたことだったため、現在においてもこうして良好な関係を維持し、やり取りを続けている。それで、ここに別荘が存在するわけなのである。

「西へ向かう街道が魔物が出たとかで通れなくなってたでしょ? 物資が足りないんじゃないかなと思って、支援のためにこっちに来てたんだよ」

 なるほど、とマルタンは頷く。フレイアは個人的に活動して、困っている人を助けていたのだ。

「びっくりした? こんな格好で」

 勇の顔を覗き込んで、フレイアは笑う。勇は少し考えて、どう伝えれば失礼に当たらないか言葉をひねり出した。

「正直少し……旅をしていた時と雰囲気が違ったから」

「おほほ、フレイア=エルダリア、エルダリア侯爵が一人娘ですわ、お見知りおきを」

 口元に手をあててお上品に笑って見せて、それから「なんちて」と舌を出した。

「これが嫌でさ、パンツスタイルにでっけーハンマーぶん回すスタイルで冒険者やってたわけ」

「それでユウタと組んでたんだね」

「私は一人っ子だから早く婿とって領地継げっておじいちゃんがうるさいんだけど、やんなって家出しちゃったの」

 勇者のパーティに選ばれて世界平和のために共に旅をしているとなれば、実家の誰も口出しは出来ない。幼いころからお転婆フレイアで通ってきた彼女は、体力も腕力も脚力も人一倍強かった。魔力こそないが、その身体能力だけで闘技大会でのし上がるだけの実力を有していたほどである。

「そっか、……待って、そしたら今は勇者パーティと合流しなくて大丈夫なの?」

 マルタンが首を傾げるとフレイアは唸る。

「うん……まあ、今は非番って実家に言ってあるし、戻ろうと思えばユウタのパーティには戻れるっちゃ戻れるんだよね」

 あれから考えたんだけどさ、とフレイアは続ける。

「なんか、ユウタがやってることちょっとついてけないなって思ってさ……。同行してる時より、冷静に考えれるようになってきたんだけど……」

 もとから、フレイアには人間以外の種族にさほどの差別意識はない。ちょっと違う身体能力、見た目、考え方の種族なんだな、くらいにしか思っていなかった。エルダリア侯爵家としても、魔族や亜人たちの肩を持つまで行かなくても不干渉の立場をとっていることから、アロガンツィア王都の人間よりフラットなものの考え方ができるのだろう。

「それじゃあ……」

「うん、私なりに考えたよ。このまま勇者のパーティに残るか、それとも抜けるか」

 答えは出た? とマルタンが問う前に先にフレイアが問う。

「……ちょっと気になってたんだけど、嫌なことを聞いたらごめんね。あのお兄さんとお姉さんは……?」

 マルタンと勇、そして青い蝶。それしかいない。フレイアと前に会ったときは、他にスピネルもいたが、お兄さんとはクラウスと彼のことをさしているのだろうか。

「えっと、赤い髪の人はもともと正規メンバーじゃなかったというか。あと、タコの人はわけがあって今はとある場所で研究をしてくれてます。……アドラは……」

 名前を出して、マルタンは言い淀む。苦痛に歪む彼女の顔を思い出して、言葉を詰まらせた。

「まさか……」

「あっ、ううん、生きてるの。生きてはいるんだけど」

 連れていかれちゃって……。

 と続けたマルタンに、フレイアは息を飲んで、それから問うた。

「誰に?」

「……ユウタさんたちに」

 信じてもらえるかはわからないけれど、マルタンは事実を伝える。

 ユウタの、その配下であるロベリアにより、足環をかけられて攫われたという旨を。

「なんで……」

 絶句するフレイア。

 ユウタは魔族を見下し、嫌っていた。

 王からは魔族を根絶やしにしろと指示を受けていたはずだ。その魔族であるアドラを攫って、一体どうしようというのか? そんなことは、フレイアにも容易に想像がついた。

「……アドラさんを攫って、そんで君たちが動きにくくなるようにしようってわけ」

「駒にするって言ってたよ」

 勇がそう言うと、フレイアは柳眉を逆立てた。

「……卑怯じゃん」

 そして、ソファからがたりと立ち上がる。

「それ、アドラさんを人質にして君らをやっつけようって魂胆でしょ? そういう姑息なやり方なんか腹立つ。勇者なら正面からやれってのな……!」

 勇やマルタンと同様に、いや、それ以上に怒りをあらわにするフレイア。

 以前まで自分が組んでいた相手がやっていることならば尚更、自分の見る目がなかったのだろうかと不甲斐ない気持ちになってくる。

「信じてくれるの?」

 勇が問うと、フレイアは頷く。

「ここにアドラさんがいないのは事実だし、マルタンのその顔見たら嘘ついてるなんて思えないよ。それに、嘘なんてついても君らにある得なんてユウタの評価を下げることくらいでしょ」

 そして、フレイアはちょっと待っててね、というと一度部屋を出た。


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