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第11話

 グラナードからの連絡があるまで、夜も更けてしまったのでむやみに移動するのは危険と判断して一行はそこで野営をすることになった。

 拾い集めた木々で火を焚いたが、寒い。北へ近づいていることは承知だったが、メリアの話ではこれは本来の気温ではないとのことだった。

「私はそこまで寒さに弱くはないけど、普通の人間には酷よね」

 メリアは首から下げた小さな笛を取り出すと、息を吹き込む。ホイッスルの高い音が森の中にこだました。

「すぐに来てくれると思うわ」

「何が?」

「まあ、お待ちなさいな」

 メリアが拾ってきてくれたキノコを枝に刺して焼けるのを待っていると、勇の背後からがさがさ、と音が聞こえた。

「……え?」

 獣臭に振り向く。

 ――熊!

 驚いて声が出なくなっている勇に、メリアは落ち着くように言った。

「大丈夫、この子は私の友達だから。ね」

 メリアが熊の顔の方へ飛んで行って、その頭を撫でる。熊は、静かに頭を縦に振った。

「そうなんだ、マルはマルタンって言います。こっちはイサミさん。よろしくね熊さん」

 マルタンは初めこそ驚いていたが、メリアの話を聞いている様子の熊を見てぺこりと頭を下げる。熊もそれに合わせるようにひとつ、頭を下げた。

「お話わかってるんだ……」

 勇が驚いて瞬きを繰り返すと、メリアは笑う。

「当然よ。この子頭が良いの」

 ここに来てもらったのは、暖を取らせてもらうため。熊は快く了承してくれたらしい。が、その前に、とのしのし歩いてどこかへ行ってしまった。

「もしかして」

 メリアの予想は当たる。数刻後戻った熊は、その口に魚を二尾くわえていた。

「とってきてくれたの?」

 ぺ、と魚を勇の前に落とすと、熊はうんうん、と頷く。

「ありがとうね、ことが落ち着いたら今度蜂蜜を持っていくわね」

 メリアは熊の顎を撫でてやった。

 焚火で魚とキノコを焼き、三人は空腹を凌ぐことに成功した。熊も含めた全員でナッツを分け合い、旅の疲れを癒す。と、そのとき、ようやくグラナードからの通信があった。

「グラナードさん!」

「お待たせ、こちらは例の小屋だよ。この時間だし、ゆっくり話せそうだ」

 後ろにいる熊に少し驚いた顔はしたが、グラナードは、また仲良くなったんだろうなと深くは気にしないで話を進める。

「先日グロセイアの拠点へ行ってきたよ。手紙が届いていた。君たちへ伝えてほしいこともあると言っていたから、私の方からもちょうど連絡しようと思っていたところなんだ」

「そうなんですね、マルのほうもその……」

 グラナードはすぐに気づく。

「うん。……アドラがいないね?」

「……そうなんです、連れ去られて、しまって」

 グラナードは眉を寄せた。

「誰に、と聞くまでもないことかい」

「はい、ご想像のとおりです」

「彼は一体何をしているんだ……ディムベリスとラナコスの間の街道で魔物が出たという話を聞いて討伐に向かったまでは知っているが、なんだってアドラを?」

「駒にするって言ってた。アドラを一体どうやって使う気なのかは知らないけれど……」

 マルタンが辛そうに顔をしかめるのをみて、グラナードは同じ顔で俯く。が、話を進めなければならない。

「その、メリアさんはどうして同行を?」

「街道の魔物っていうのは私が操っていた木の事なの。自分の里を守ろうとして、不本意ながら無差別に通行者を襲っていたらしいのよ。迷惑をかけて申し訳なかったわ」

「なるほど……」


 メリアが暴走した理由を話すと、グラナードは絶句する。

「ユウタにそんな力が……」

「あらゆる生命のエネルギーを略奪して魔法を使い、魔法を放った後の残滓で地を汚していることは明らかよ。私の能力が狂っていなければね」

 耳を疑った。しかし、メリアが話す横で真剣なまなざしで頷くマルタンと勇を見て、まったく同見解だということを悟った。

「有力な情報をありがとう。私は、ユウタがやっている戦いはアロガンツィア王国がリベルテネスの頂点に立つための周辺諸国、他種族への侵略戦争に近いものと捉えていた。けれど……」

 侵略戦争に留まらないな、これは、と頭を抱える。

 ユウタの悪行は、世界そのものを滅ぼしかねない。

 メリアの話のすべてが本当ならば、ユウタはこの先も行く先々で力を行使して、そこにあるもののエネルギーを奪い、そして地を汚すのだろう。

 侵略も、世界の崩壊も、あってはならない。

「……事は思ったより深刻だね、しかも、私は君たちの話を信じているし、君たちとつながっているから真実を知り得るが、王国民たちはきっと今は信じないだろう」

「ええ、でしょうね」

「……もどかしいとは思うが、私の方でも証拠を集めるために尽力する。外堀を埋めるのを待ってもらえるかい」

 もちろんです、とマルタンは頷いた。

「今は、彼の力の行使を遮ること、彼に汚染された地を救うこと、ですね」

「ああ」

 それから、グラナードはペトラから届いた手紙の話をしてくれた。

 まずは、勇の能力について。

 今しがたマルタンが話した『汚染された地を救う』手段として、勇の能力が頼みになりそうだった。ペトラの手紙には、魔力酔いについてのことが記載してあったらしい。

「ペトラ先生によると、魔力酔いにはルナカモミラのエキスと、生命の大樹の樹液を混ぜたものがよく効くらしいね」

 グラナードが調べたところによれば、ラナコスの南にルナカモミラの群生地があるらしい。メリアはなんだ、と手を打った。

「生命の大樹なら私の里のものを言っているんじゃなくて? 今は枯れかかっているけれど……」

「俺が浄化すれば、少しだけ樹液を分けてくれるかな?」

 大樹はとてもおおらかな存在だからきっと協力してくれるというメリアに、なるほど、とマルタンは頷く。

「それなら、助け合う関係になれそうだね、イサミさんが浄化して魔力酔いの状態になっても、薬を作ることができる……」

 ならば、夜が明けたらラナコスを目指すのが良いだろうということになった。


 そして、ペトラの手紙にあった、もう一つの情報だ。

 学校と魔王とで文書をやり取りする際、学校側はフィニスホルンの魔王の居城へ向けて伝書生物を送っていたという事。

「なんだ、ペトラ先生知ってたんだ」

 マルタンはほっと息を吐く。まだいてくれると良いのだけど……というマルタンに、グラナードは頷いて次の情報を話してくれた。

 それは、北の柱がフィニスホルンの山麓にいる可能性が高いという事。クラウスとペトラが古文書を解読してあたりを付けた地図を同封してくれていた。それを、グラナードは手鏡に近づける。

「見える?」

 勇はそれをよくみて、印を手元の地図に描き写した。

「ありがとうございます、写せました」

「それとね……北の柱は優しい賢者ではあるけど、知恵比べが好きみたい。質問に正しく答えた者だけが会えるんだって」

 えっ、とマルタンは小さく跳ねて、難しい顔で俯いてしまった。

「どうしよ……マル、ちゃんと答えられるかな」

「ペトラ先生は前情報がある方がいいだろうからって書いてたよ」

「抜き打ちテストよりはいいですけど、どんな問題が出るとかは……」

「流石にわからないねえ」

「ですよね……」

 エビルシルキーマウスは落とす肩もない。しょんもりとひげをしおれさせ、マルタンはしわっしわの顔で唸った。

「今までも大丈夫だったし、マルちゃんが前向きに努力していればきっと道が拓かれるって信じてるよ」

 そう言って、グラナードは「さて」と切り出した。


「アドラの事だけれど」


 本題と言ってもいい話だった。

「駒ということは、人質にでもするつもりなのかな」

 君たちが上手く立ち回れないよう、盾にするつもりなのかも、と言ったグラナードに勇は頷く。

「それもあると思いますし、アドラをけしかけて俺たちと戦わせようとしているようにも思います」

「けしかける? もしかして……」

 近衛部隊の隊長であるグラナードは、全ての部隊の編成を知ることができる。

 特に、現在はユウタの動向を追っている身なので、そのパーティーに誰がいるのかくらいは把握していた。

「街道の魔物討伐で組んだメンバーは、ユウタ、ネージュ、アイザック、……ロベリア。彼女か」

 聞いたことのない名前に、勇は身を乗り出す。

「アドラは『捕縛の足環』をその人につけられました。ロベリアは呪術師で間違いないですね」

「ああ、ここ一年くらいで力をつけてきた冒険者だよ。ユウタのパーティーに欠員がでたということでスカウトしてきたらしい。出自も確認したが、ロベリアは男爵家の娘だね」

 ご令嬢という点で言えばフレイアも伯爵令嬢だが、ユウタのお気に入りはご令嬢なのかなあ、とグラナードはため息をつく。

「まあ、ロベリアとしては爵位を上げるチャンスととらえているのかもしれないね」

「功績を挙げようと必死なわけね」

 メリアの声に、グラナードは頷く。勇が問うた。

「足環を外す方法は、彼女を倒すしか?」

 この世界に来る前に、足環というアイテムを知っていた勇の問い。グラナードは首をひねる。

「術者が自ら術を解くということもまあ……でも、現状考えにくいか」

 その答えに、マルタンは耳をぴょこと動かした。

「傷つけないで済むのなら、そうしたいのだけど」

 だって、彼女もまた被害者だという可能性もあるもの、と続けたマルタンにグラナードはぱちくりと瞬きをした。

「そういう見方もあるんだね」

「魔法耐性のある呪術師が魅了にかかるとは考えにくいけれど……」

 メリアは苦笑する。さっきもアイザックを生かして逃がしてやったし、ちょっと敵に甘いところがあるかもね、と言ったメリアに、グラナードも苦笑を返した。

「でもまあ、それがマルちゃんの良いところかもしれない。で、私としてもアドラの安否が心配だ」

 グラナードの読みでは、ユウタは街道での事件解決をあたかも自分の手柄のように王に報告するであろうということ。その際にアドラを連れているか、それとも外で待たせるかはわからないが、駒として使役するのであればアロガンツィアへはアドラを伴っての帰還になるだろう。王城にて報告を聞く際には、近衛部隊隊長である自分も同席するのが常だ。報告後に、ユウタへある『贈り物』をするつもりだ、とグラナードは言った。


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