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第7話

 アドラの鋭い声に、マルタンは敵襲と解釈して頬を膨らませた。チークポーチバリアが守る先は、アドラ。マルタンの後方で、勇はメリアに覆いかぶさるように伏せる。マルタンが展開したバリアが、一本の矢を弾いた。

「ナイス、マル」

「怪我してない? どこから……」

 アドラは矢が飛んできた方向へと目を凝らす。

 そこには、アロガンツィアの紋が入った胸当てをした弓兵がいた。

「……おめーらかよ」

 睨む先には、揺れる金の髪、紺色の軍服。――ユウタだ。

 勇はメリアを隠すように屈んだまま、敵方に聞こえないように小さな声で伝えた。

「このまま俺の陰に隠れていて。隙を見て逃げるんだ」

 いつだったか、マルタンにも言った事がある気がする。

 あの時は相手がマルタンにとっての敵なのかどうかはっきりわからなかったが、今回は確信を持って言える。

 おそらく、ユウタ達にとってはドリュアデスもただの魔族だ。その一人であるメリアは討伐対象になるだろう。彼女の命を守るためには、逃がすのが最善の選択。そう思い、勇は自分の背でメリアを隠す。

「あなたたちはどうするの……?」

「大丈夫、なんとかする。それに、君の里もきっと。だから、ことが落ち着いたら案内してくれる?」

 里に人間を招き入れるということ、それは禁忌だった。けれど、メリアにはもう手段がなかった。自分を助けてくれたこの人たちに縋るほかない。そう判断し、戸惑いを残したままの顔で頷く。

「ありがとう。……合図をしたら、もっと奥の木の陰に隠れてね」

「わかった。……恩に着るわ」

 メリアにも聞こえるよう、大きな声でアドラは言う。

「おいでなすったなぁ。『心当たりさん』がよ。で? あたしらの行く先々にまあよく出てくるよな、どういうことだよ」

 偶然にしては不自然なほどに、ユウタ達と鉢合わせる、とアドラは言った。ユウタはわざとゆっくり歩いて近づきながら、嗤う。

「それはそうさ、君は危険な魔物たち。そして、そこにいる勇君はアロガンツィア所属の討伐者でありながら国家に刃を向ける反逆者なのだから」

 それを成敗するのは勇者の役目だから、とユウタは剣を抜いた。

 その背後で、ネージュは黙している。

 弓兵が弓を番えた。

「イサミ、自分で動けるか?」

 さすがに勇やマルタンを守りながらだと動けない、とアドラは確認を取る。

「やってみる。足手まといになりたくないしね」

「よく言った」

 マルタンは、アドラのすぐそばに駆け寄って前足を地に着き、姿勢を低く落とした。

「っはは、そうしていると餌を狙うドブネズミみたいだなぁ!?」

 ユウタの罵倒を気にしている場合ではない。全神経を耳とヒゲに集中させて、マルタンは敵の出方を窺った。

「――来る! 向かって九時の方向!」

 弓兵が狙う先を瞬時に見分け、その手が離れるか離れないかで叫んだ。それを聞いて、勇は三時の方向へ避ける。弓を放った直後には隙が生まれる。アドラは弓兵に駆け寄って迫り、鋭い鉤爪の足で蹴り上げた。

「うぐっ」

 弓兵は腹部に強烈な一撃を受けて蹲る。アドラだって命を奪いたいわけではないので、急所は外し、鎧に包まれている箇所を狙って殴打したのみ。あとは弓矢を取り上げて、地に叩きつけ、踏みつけてへし折るだけだ。攻撃手段を奪えればなんでもいい。

 膝を高く上げ、勢いよく踏みつけると、ばき、と音を立て、木製の軸の弓矢が折れた。

「アドラ! 正面から!」

 マルタンがまた声を上げる。いくらチークポーチバリアが強いとはいえ、何度も発動すればマルタン自身が疲弊してしまう。

「おっけ、マル大丈夫か!?」

「うん。……アドラ、三時の方向!」

 仲間の安否を気にして振り向いたアドラを狙っていたのは、新手の者だった。

 アロガンツィアの紋がついたローブを羽織っていることから、アロガンツィア籍の魔法兵ではないかと思われる。氷柱が矢のように飛んできたのを間一髪で飛び上がってアドラが避けたところを見て、勇はメリアに「今だよ」と告げる。メリアは「ごめんなさい」と短く言ってから、勇の背を蹴って勢いをつけると、自分が先ほどまで取り込まれていた木の方へ飛んでいった。アドラやマルタンに集中しているユウタたちは、おそらく気づいていない。

「あいッかわらずあんたは自分で戦わねーのな勇者サマよお」

 アドラが羽根をはためかせながら、魔法兵へ近づく。

 一度魔法を撃った後の魔法使いには必ず隙が生じる。それを狙って一撃浴びせようというアドラの動きを見て、魔法兵がほくそ笑んだ。深くかぶっていたフードの下で吊り上がった唇がちらりと見えて、瞬間、アドラは「しまった」と思った。

 羽織ったローブの下で、右腕が不自然な動きをする。何かをポーチから取り出したんだろうか。そう思ったときには遅かった。蹴りつけることには成功した。けれど、魔法兵を蹴りつけたその右足に、ガシャンという音の後に、ひやりとした鉄の感触を覚えたのだ。

「アドラ!」

 マルタンは急いで駆け寄って、魔法兵の足に噛みつく。

「痛ッ!」

「アドラになにしたの!」

 悲鳴にも似たマルタンの声に、勇も駆け寄る。

「来るな!」

 アドラの怒声が響いた。

 直後、ユウタの高笑いがそれをかき消す。

「っははははは! 抜かったな! おまえはもう自由には動けない」

 着地したアドラの右足には、銀色に光る足環がついていた。

「くそ、何だこれ……!」

 アドラは屈むと足環を外そうと触る。バチン、と小さく火花が散った。

「アドラ、触っちゃダメ! それ『捕縛の足環』だ!」

 捕縛の足環。勇はそれをゲーム内で見たことがあった。

 任意のモンスターに投げつけると、一定確率でそのモンスターを捕らえて、使役することができるアイテムだ。そして、そのアイテムを使用できるジョブは呪術師のみ。

 無理に外そうとすると装着させられた者の体力が削られるという仕様を、勇は知っていた。

「あれを外す方法は……!?」

 魔法兵――呪術師から距離を取ると、マルタンは勇を見上げる。

「術者を攻撃して、倒す。あるいは気絶させるしかない」

 足を切り落として逃げるようなモンスターもいるが、アドラにそれは絶対にさせたくない。アドラは何かを言おうとして口を開いた。

「……ッ!」

「アドラ……?」

 口だけが動いていた。声が、聞こえない。

「アドラ!」

 辛そうに叫ぶマルタンを見て、アドラは首を横に振る。

 口がもう一度、「くるな」とゆっくり動いた。

 アドラの背後では呪術師が何か小さく唱えている。

 不意に、アドラの右腕が手斧を握る。――マルタンと勇の方を向かされたまま。 

 自分の意思に反して右腕が振り上げられる。足が、地を蹴る。

 向かう先は――マルタン。

「マルタン!」

 咄嗟の事で動けなくなってしまっているマルタンを、抱き込むようにして勇は庇う。呪術師の腕の動きに合わせて、斧を握った腕をそこへまっすぐ振り下ろしそうになる。アドラはそれを回避するように、まだ自由が利いた左手で自分の右腕を殴りつけた。

 ごとり、と音を立て、生い茂る草の上に手斧が落ちる。

「どうして……」

「あの足環をつけられた者は、術者の思う通りに動かされてしまう。アドラは今その状態なんだよ、よく左腕が動いたと思う。意思の力だけでどうこうできるものじゃないんだよ本来」

 アドラは歯を食いしばり、眉間にしわを寄せている。声は自由にならない。もう、口も上手く動かせなくなっているようだった。視線だけが「行け、逃げろ」と言っている。

「いやあ、見事見事!」

 大げさに手を叩きながら、ユウタが歩み寄ってきた。剣の切っ先をアドラの喉元にあてながら、マルタンたちに問う。

「で? お前たちはここで何をしていた?」

「何って……、街道の様子を見に来たんだけど、そっちは何をしに来たの?」

 勇は出来る限り平静を装い、聞き返す。ユウタはわざとらしくため息をつくと、口元を歪めて答えた。

「この街道に魔物が出て、物流が滞っているという話を聞いた。僕たちがここへ赴いたのは、それを討伐するため……それから、お前たちを追討するためだ」

「よく会うな、とは思っていたけど、人助けをしようとしていたのは一緒だったんだね」

 ユウタは嘲り嗤う。

「人助け? 悉く僕の邪魔をしておいてよく言う」

 その言い分もまあもっともといえばもっともだ。邪魔をしていることは事実である。かたや魔族を討伐しようとしている勇者。かたや、無辜の魔族を守るために動いている男。

 アドラは言葉を発せないまま、そのやり取りを静観していた。

 勇とマルタンが下手を打つことは無いと信じているのか、その瞳は揺らがない。

「俺たちは目的が真逆だからそうだね、互いに邪魔し合うことになってるね。ユウタさんの言う魔物は、ここにはいないよ」

「いない? ではなぜ街道の物流がおかしくなっていた?」

 片眉を吊り上げて不機嫌そうに問うてきたユウタに、勇は本当のことを答える。

「この地の汚染を受けて、木の精霊が暴走していたんだ。今はもうおとなしくなったから、大丈夫だよ」

「ふうん……? 木の精霊?」

「そう、この森を守っている種族だ」

 ユウタはやっと剣を下ろす。その間も、アドラは身動き一つとれなかった。呪術師が唱え続けている呪縛詠唱の影響だろう。ネージュはアドラに歩み寄り、戦闘で軽く負った傷を癒す。なぜそんなことをするのかと言いたげなアドラに、ユウタはにっこりと笑った。


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