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第3話

「なるほど、それはいい買い物をされましたね」


 待ち合わせ時間より少し前にテラスで紅茶を飲んでいたクラーヴァを見つけた三人は、慌ててテーブルに駆け寄った。「お待たせしてすみません」というマルタンに、クラーヴァは自分が息抜きに早めに来ただけと言って椅子を勧める。後から来たケルヴィムとソフィアも加え、三人の見送りの昼食会が始まった。

 一行は、食事をとりながら、雑貨屋での出来事をクラーヴァに話したのだった。


「けれど、何故昨日わたくしの執務室でイサミ殿の魔力酔いについてお話いただけなかったのですか」

 クラーヴァは少しむす、としてエビの塩焼きをフォークで取る。

「すみません、お忙しいと思って……」

「忙しいはまあ忙しいですけれど、あなたの魔力酔いについての方がわたくしの執務よりずっと優先度が高いです」

 エビを器用にカットしながら、クラーヴァは「まあ、そうはいってもご自身では判断付きませんよね」と続けてエビの頭を口へ運んだ。

「まあ、普通に考えてクラーヴァ様に聞けばいろいろわかったことではあるよな」

 デロニクス様がいろいろご存じだったんだから、柱の皆さんならこういう症例についてはお詳しいんじゃないのか、とアドラは勇の皿にタコのカルパッチョを取ってやった。

「あ。ありがと。……だよね」

「あんたは遠慮しすぎなとこあるからな。なんもできない自覚があるならちゃんと周りを頼れよ」

「う」

 アドラの正論に勇はしゅんと小さくなる。マルタンは慰めるように白身魚のムニエルをそっと勇の皿へおいてやるのだった。

「ありがとマルタン……」

「魔力酔いですか~、わたくしとは無縁なお話ですね……」

 ケルヴィムがショートパスタを飲み込んでから口を開く。勇はそういえば、と問うた。

「店主さんは魔力の飽和みたいな感じのことを言っていたけど、お酒で酔うのと似た原理?」

 クラーヴァは頷く。

「近いかもしれませんね、分解できる限度を超えているという点では……」

 水の入ったワイングラスを掲げて、クラーヴァはそれを指さした。

「平常時の魔力というのは、このグラスでいうところの水の嵩が中ほどで安定している状態になります」

 次に、手首を使ってワイングラスをスワリングさせる。くるくると中の水が回り、グラスの淵のぎりぎりに水がかかった。

「水を揺らしたときのように、魔力が暴れると溢れそうになります。ので、力の制御が上手くできずに魔力酔いするのはこのパターン。魔力が多すぎて魔法で消費できずに飽和するパターンは、グラスにさらに水を注いであふれさせたパターンとお考え下さい」

 そして、グラスの中の水を半分ほど飲むと再度グラスを掲げて見せた。

「魔法を使うというのは、その魔力を消費することですので、水の嵩が減ると思ってください。……まあ、実際には飲んでいるのではないので、正しく表現するならこの水は床に捨てるのが妥当ですがマナーに反しますので」

 その水が空になるのが、魔力の枯渇状態。魔力回復のポーションを飲んだり、一定時間休むことで通常の魔族や魔法使いは魔力が満ちてくるのだが、枯渇状態で戦闘に巻き込まれたり、魔法動力の何かを動かそうとすると今度は生命力を削ることになり、危険だという。

「そう~、なので、昨日追い払ったアロガンツィア船に魔力供給していた白い修道服の子はあの時無理に動いたら危険だって演技をしていましたね~」

 ケルヴィムがネージュのことを言っているとわかって、マルタンは小魚のフリットをむぐむぐと咀嚼しながらケルヴィムを見る。勇がマルタンの聞きたいことを代弁してくれた。

「演技?」

「わたくし、ある程度相手の魔力の残量が見えるんですけどね、昨日船を加速しろって……ゆう? なんでしたっけ、あの金髪のに言われて、白い服の人が膝をついて弱弱しく首を横に振ってらしたんですよ」

 ――もう魔力が尽きてしまう、帰れなくなるってニュアンスで。

 けれど、ケルヴィムはそれが嘘であることを見抜いた。

 本当は、魔力は十分にあった。加速したくない、そのままエルディーテに入りたくないがために、嘘をついて船の加速に協力しなかったのだ。

「どうして……」

「だからね、わたくし、あの子を攻撃するのは違うって感じたんです。あの子はこちらへの害意無しと判断して、一切攻撃を加えておりませんわ」

 にこ、と笑ったケルヴィムの顔を見て、マルタンはほっと息を吐く。そして、その考えを述べた。

「あのね、気のせいかもしれなかったから黙ってたけど、エニレヨでマルを回復してくれて、そのあと……ソレイユさんを逃がした後にね、あの人、『おみごと』って声に出さないで言ったの」

「え?」

「……ひょっとしてなんだけど、ネージュさんってホントの意味でのユウタさんの仲間じゃない、んじゃないかな」

 アドラはグラスの炭酸水の泡を見ながら、ため息をつく。

「だな。って考えると、あいつちゃんとした仲間いなくね? なんか敵ながら気の毒なってきたわ」

「まって、あの人は? フレイアさん」

 勇は、ケルヴィムに問う。

 榛色の髪の毛を高く結った、巨大なハンマーを扱う女はいなかったか、と。

「……?」

 腕を組んで、ケルヴィムは考え込んだ。

「姉がこの顔をするのは覚えてない時か、見てなかったかです」

 ソフィアの指摘にケルヴィムはぎくりとして首をぷるぷると横に振る。

「いなかったんだと思いますよう! というか、あとのアロガンツィア兵は男性でしたし!」

 四人のうち二人は魔法兵、二人は物理特化兵で、持っていたのは弓と剣。ハンマー使いはいなかった、と記憶を辿る。

「外見的特徴よりこっちのほうが思い出しやすいですね……」

 なるほど、とマルタンは頷いた。

「……何かわけがあってフレイアさんはいなかったのかな、それとも正式にパーティーから抜けたのかな……」

 わからないけれど、次に会う時にはまた敵なのか、それとも……。

 考えても仕方のないこと、と思い直し、マルタンは厚く切ってあるバゲットを齧った。


 ふと船着き場を見ると、三人が乗る予定の船が丁度入ってきたところだった。

「あ、来ましたね」

「大きい船だね~」

 マルタンは初めて見るサイズの船に驚いている。

 勇は幼いころに乗ったフェリーとサイズ感が似ていると感じ、これならそんなに揺れないかもしれない……と淡い期待を抱いた。

「あの船が、ディムベリスへの定期船です。ディムベリスは一般的な商港ですからね、様々な人が訪れます」

 ソフィアの説明にマルタンはすぐにピンときた。

「あ、それじゃあこのままの姿だとマル怖がられちゃうかな」

「この港からの乗客なら問題ないでしょうけれど、向こうに着いたら別の船からの乗客に驚かれる可能性はありますね」

 そっか、と頷き、マルタンは少し緊張した面持ちで船を見た。

 着く直前に変化していくのが良いだろうとケルヴィムは言う。エルディーテから旅行する客は、いかつい姿の魔族は大体が変化していくそうだ。

 そこで、マルタンはクラーヴァの昨日の話を思い出した。魔力があるタイプの亜人はさておき、獣人は魔法を扱えない。変化ができない獣人は……。

「マルタン?」

 クラーヴァに顔をのぞき込まれ、マルタンははっとクラーヴァを見た。不安げなその目を見られ、考えていたことを話すよう促されていることに気づき、マルタンはおずおずと口を開く。

「……獣人は、変化できないから、おでかけするってなったらきっと大変だなって……」

 クラーヴァは一つ瞬きをして、そしてふわっと笑った。

「そこに思い至るんですね、あなたは。地域によってはそうですね、獰猛な生き物の血を含んでいる獣人は恐れられてしまいますね」

 アロガンツィア域が一番偏見が強くはあるが、その他の地域であってもやはり体が大きかったり牙や爪が鋭い獣人や亜人は避けられがちだという。

「マルも、……ネズミの化け物って言われて、誤解されたから、辛いのはわかるし……」

 誤解される側の辛さも、誤解する側が恐れる気持ちもわかる。

 自分にとってよくわからない存在であり、そして鋭い武器になりうる身体的特徴を持つ生き物が目の前に現れたら、誰だってきっと怖いはずだ。

「お互いがお互いを知れたらいいなって思うんだ。怖がらなくて済むように、怖がらせなくていいように」

 マルタンの言葉に、クラーヴァは深く頷く。

「そう、それが学ぶことの意義です」

 相互理解があれば、ある程度の争いや断絶は避けられるはず、と。


「あなたならきっと大丈夫ですよ」

 自信を持ってお行きなさい、とクラーヴァはマルタンの背を押した。


 乗り込んだ船がゆっくりと港を出る。

 見送るクラーヴァ達をデッキから見下ろして、三人は大きく手を振った。

 船は湾を出ると北へ向かう。ディムベリスはどんな街なのだろうか。期待と不安を抱きながら、マルタンはちょい、と鼻の頭を両手で毛繕いした。


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