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第3話

 船の上からは、さすがに魔法攻撃は飛んでこなかった。ソレイユが抜けた今、攻撃魔法を放てる者がいないと見える。船の接近と上陸を身構えて待つ面々を、悠々と船から降りながらユウタは笑った。

「これはこれは皆さまお揃いで。……こんなところで、何をしていたんだ?」

「相変わらずだなあんたも」

 アドラはユウタの嫌味な口調に鋭い視線を向ける。

「おやあ? よくみれば田舎者君の連れはみーんな人外なんだね!」

 ユウタは背に大きな鷲の翼をもつアドラ、ふわふわのマルタン、巨大なタコの姿のクラウス、ヤマネコの太い尾が生えたスピネルを順繰りに舐めるように見て、最後に勇を睨みつけた。

「……それが、何か」

 勇は短く答える。ユウタが言わんとしていることはわかっていたが、その決定的な一言を吐かせるために。

「魔族や亜人と手を組んでいるなんて、下賤も下賤! 討伐者の誇りを捨て、敵方に下ったか!?」

 ユウタのその言葉に、確信を強める。彼は魔族だけでなく、獣の特徴を身体に持つ種族である亜人も蔑み、敵視している。

「あなたが王に魔族を倒せと言われているのは先日聞きました。亜人についてはどうして?」

「そんなの、ヒトではないからさ!」

 はぁ? とスピネルが思わず呆れと怒りの混ざった声を出す。ユウタの後ろでは、フレイアが「あーあ」と呟いた。ネージュは魔法動力の船を動かすために消耗したらしく、息を切らしてへたり込んでいる。

「この世界を統べるのはヒトだ。汚らわしい魔族でも、卑しい獣でもない」

 ユウタの言葉に、アドラが一歩前へ出る。

「よーくわかったよ、あんたが差別主義のクソ野郎ってことだけは」

 ばきばき、と指を鳴らしながら、アドラが凄む。マルタンは待って、待って、とアドラの脚にしがみついていた。

「んだよ、マルタンこいつもうぼこぼこにするしかねーだろ」

「そういうこと言うから怖がらせたり敵だと思われちゃうんじゃない!?」

 スピネルはユウタが言った「卑しい獣」という言葉と「この世界を統べるのはヒト」という主張とを反芻し、そして長く息を吐いた。

「あのさあ、それは王様とやらも同じ考えなの?」

「は?」

「亜人は卑しい獣って」

 睨むでも、悲しむでもないスピネルは静かな声と視線をユウタに投げる。ユウタはそれに動じる様子もなく、当然のように答えた。

「王のご意向だ。アロガンツィアに仇為す魔族と亜人はこの世界には要らない」

 いらない、とはっきり宣った。

 スピネルはその身勝手な主張に呆れたようにため息をつく。

「あんたの意思? それともあんたは王様の傀儡かな?」

 煽るように言うと、ユウタはそれに答えず、ついに剣を抜いた。フレイアがユウタと並んで立つ。

「馬鹿にしてくれる。田舎者くん、君が魔族側に寝返ったとこれで確定だ。王に頼まれたよ。裏切り者がいたなら、捕縛して来いとね」

 勇はユウタの宣言に頷く。

「王国に害を為すつもりは俺たちは全くないけど、あなたからすれば魔族と行動しているだけで俺は『悪』なんでしょう。わかりました」

「なんだ、おとなしく降伏するか?」

 勇はユウタを見据え、はっきりと答える。

「いいえ。降伏する気もありません」

 その言葉を聞いたユウタが、右足で一度地を踏んだ。砂浜が、しゃり、と音を立てる。次の瞬間、フレイアの持つ巨大なハンマーが金色の光を帯びた。

「おやおや、強化魔法ですね」

 クラウスはどこに攻撃が及んでも庇えるように注視した。フレイアは、足場の悪い砂地をトン、と蹴って飛び上がり、背丈を超えるほどの大きなハンマーを軽々と振り上げてアドラへ突っ込む。

「おねーさん、強くてかっこいいなって思ってたのになーっ」

 アドラはひょいとそれを躱すと、ハンマーの頭にひらりと乗った。

「一撃は重いけど軌道がわかりやすい。悪いけどそう簡単に殴られはしねえわな」

「わ、まーじで強いじゃん。でも魔族ならやるっきゃないんだよな~、ごめんね!」

 フレイアはアドラが乗ったままのハンマーをまた大きく振る。ハンマーの重みにアドラの体重が乗っているのに、まるで傘でも振り回しているのではないかというくらいに軽々とハンマーを取りまわす様に、勇は目を丸くした。

(なんで……)

 クラウスがなるほど~と勇に聞こえるよう教えてやる。

「あれは本人もばかぢか……ンッン! 筋力がすさまじいというのもありますが、そこにいる勇者殿のお力ですね。ねえ?」

 いや~敵ながらあっぱれですね! とユウタを煽てる。ユウタは誇らしげに胸を逸らし、剣の先端をクラウスに向けた。

「次はお前だな。タコの刺身にしてやろうか」

「えぇ? 僕は多分唐揚げのほうが美味しいですよ」

 軽口をたたきながら、クラウスは水流を起こそうと触手を操る。が、海水の異変に気付いた。

(……なんだ……?)

 濁っている。淀んでいる。フレイアのハンマーが金の光を帯びる直前までは美しく澄んで、コバルトブルーに輝いていたのに、どんよりとくすんで、鈍色がかっている。水が、重たい。それを見て、スピネルはケルコスの井戸の件を想起した。

 淀み、枯れる――その元凶は、

「勇者殿のお力、か」

 隙を作れたら、とスピネルはピストルの引き金を引いた。地を踏んだユウタの右足に命中する。ユウタ自身はさほど戦闘能力に長けているわけではないようで、柔らかな砂の上で機敏に動くことは出来なかったようだ。痛みに悲鳴を上げ、その場に頽れたユウタにフレイアが振り返った。

「ユウタ!?」

 淀んだ海水に居続けては消耗してしまうと判断したクラウスは陸に上がり、人の姿を取った。そしてスピネルに駆け寄る。

「やっぱりおかしいよな?」

「ええ、彼が力の放出をやめても海水は戻りません」

「確認だが、水が変になったのはあの姉ちゃんのハンマーが光ってから、だな?」

 クラウスは頷く。そして、白い柱を指さした。

「あちらも、おかしいと思いませんか」

 柱のところどころが、風化したように欠けていっている。

「なるほど? 枯らす力は木々だけに効くわけじゃないんだ?」

 スピネルは次の弾薬を装填しながら、ユウタを見る。痛いと騒ぎ、ネージュに回復するよう命令していた。ここまで来るのに魔力を使いすぎて足元がおぼつかなくなっているネージュだが、命に従いユウタの負傷部位へ回復魔法を施す。フレイアは二人を庇うように立ち、こちらを見つめていた。

 マルタンが静かに歩み出る。フレイアがハンマーを握りなおして眼光を鋭くしたのを見て、マルタンは一度歩みを止め、言った。

「あの、攻撃する気はないです。フレイアさん、武器を下ろしてもらえますか」

 そして、スピネルの方を向いて、マルタンは頭を下げた。

「スピネルさんも、銃を下においてください」

「大丈夫? 勇者御一行、殺意高めだとおもうけど」

「大丈夫。こちらが武器を下ろさないと、お話できないから」

 アドラとクラウスさんは、少し距離をとって、というと、アドラは不服そうな顔をしながら後ろへ下がった。勇も、ナイフを地面に放る。

 少しの沈黙。

 ユウタの傷の回復には、少し時間がかかっていた。


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