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第2話

 もともと、ルシアネッサの街中に人に紛れるようにして生活していたのに、ここへ戻ってきたというデロニクスに、マルタンはなるほど、と頷く。

「ここならば、ユウタさんが転生前に攻略を進めていなければ場所が割れてない……」

「まあ、そうだと嬉しいが、それよりも私にはやらないといけないことがあってな」

 そういうと、今度は小さな手提げの籠を軽く持ち上げた。その中には、『卵』が入っているという。

「たまご……?」

「そう、この卵は私に何かあった場合……回りくどい言い方はやめるか。私が死んだ場合、次の柱となるものだ」

 小さな籠に入る小さな卵。それは、中身を見ずとも鶏卵くらいのサイズしかないことが見て取れた。クラウスでさえ、驚いて身を乗り出す。触手が少し浜に上がっていた。

「様々な伝承を読んできましたが、卵の存在は初めて知りました」

「そりゃあそうだろうな。誰にも言ってないし、誰も柱の代替わりなんてみていないから」

 そもそも、代替わりするなんて知らなかったろ、というと、マルタンは頷く。

「はい。柱というお方がいらっしゃることすらぼんやりとしか知らなかったので……」

「私たち柱は、力が弱ってきて世界の均衡を保てなくなると代替わりをする。その時に、次代の柱がいないと世界が崩れてしまうだろう。それを未然に防ぐため、この卵があるんだ」

 卵は簡単には割れないし、割ろうと考えるものなど今まで存在しなかった。そのような考えを持つ者が仮にいたとしても、存在を知られさえしなければ、つつがなく代替わりは成立すると思われていた。

「君たちの話からすると、その王国が差し向けた勇者とやらは柱を壊してこの世界の均衡を崩そうとしているらしいじゃないか。そうなると、私を始末するだけでなくこれを壊そうと画策してもおかしくないだろ?」

 ケラスィヤの使いから、柱を襲撃しようとする者がいると聞いた時点でまずいと思って動き出したが正解だったな、というデロニクスに、アドラは首を傾げる。

「それならずっと持ち歩いている方がよかったんじゃ……」

「普段はここの神殿跡に隠していたんだけどな。そもそもここが人の知れない場所だし、高いところなんて誰もあさったりしないさ」

 肌身離さず持ち歩くのも邪魔になるから嫌だな、と笑う。それに、ケラスィヤから聞いたのだという。

 大陸の東に位置するケラスィヤの祠、その周囲が不自然な枯れ方をしたという事……。

「私が思うに、その勇者は地を枯らすような強力な何か、呪詛のようなものを持っている。その力を私のあずかり知らないところで浴びたなら、未熟なこの卵はたちどころに割れてしまうだろう」

 だから、早いところ保護しないといけないと思ったんだと言うと、デロニクスは籠の中の布に包まれている卵に目を落とした。布の上からでも、柔らかな淡い光を放っているのがわかる。

「この卵から孵るであろう雛は、いうなれば私の分身だからな」

 そういえば、と勇は首を傾げる。

「ケラスィヤ様も卵を持って……?」

「いや、ケラスィヤは柱になってからそんなに経っていない。ある程度経たねば神力を込めた卵を創ることができないんだ」

 それは、デロニクスに比べてケラスィヤが未熟であるという証左だった。だからこそ、マルタンたちがあの祠を訪れて救ってくれたことでなんとか世界は崩壊を免れたのだとデロニクスは言う。そんな大それたことをしたつもりはなかったので、マルタンは驚いて、丸い目をさらにまん丸にしていた。

「四季が巡る、物事が廻るのは我々の力が正しく働いてこそ。君たちになら話してもいいだろう。もう、昔話には残っていないのか?」

 木が燃えて炎を生み、炎はやがて燃え尽き灰となって土を生む。土は長い年月をかけて岩盤の中で金鉱を育み、鉱脈の中では水が流れ出す。そして、水は木を育てる。

 その永遠の輪を巡らせるのが、四つの柱と黄金の龍だという。

「黄金の龍……」

 初耳ですね、というクラウスに、デロニクスは「だろうなあ」と言って視線を遠くへ向けた。

「本来なら、こんなことは私たち以外知る必要はない。……が、ケラスィヤの言う通りマルタンとそこの……イサミには恐らくこの世界を救うだけの力がある」

 大きな力をもってしてこの世界の理を捻じ曲げようとしている王国側の勇者に立ち向かうだけの力がある、と断言して立ち上がると、サルエルパンツについた砂を払った。

「来たぞ」

 海を背にして座っていた勇とマルタンが、その言葉に弾かれるように海へと振り向く。

 軍船ほどのサイズはないが、探索用のスループ船だろうか。昨夜までマルタンたちが乗っていたグロセイアの船と同等のサイズの船が、すぐそこまで迫っていた。

「速い……」

「あれも魔法動力だね」

 ソレイユが抜けた今、誰がその役割を担うのだろう。高い魔力を持っているのは、あの中ではおそらく――。

「ネージュさんが動かしてるのかな」

 マルタンは見えないとわかっていながら目を凝らす。

「アドラ、見える?」

 ふわ、と少しだけ翼を使って浮くと、アドラはやってくる船の上を観察した。

「……三人。だな、さすがにあの後すぐに欠員補充はできなかったか」

 それより、とマルタンはデロニクスの方を向いた。

「デロニクス様、飛べますか」

「うん?」

「人間の地図には、水の民の集落は描かれていないはず。イサミさん、ゲームではどうだった?」

 唐突に話を振られた勇は、少し驚いたが精一杯冷静に思考を巡らせる。載っていない。おそらく、この場所は隠しコンテンツだったのだろう。陸路からはいけないし、船を入手した後でも、あの場所に集落があるかどうかはしらみつぶしにすべての浜へカーソルを合わせないと駄目なはずだ。

「ないはず。少なくとも、俺は人から聞いたことはない」

 ユウタが探し当てていたかどうかはわからないから、安全かどうかの保障はないけど、という勇に、マルタンは一言「賭けよう」と言った。

「俺もそれでいいと思う。現状、最も安全なのはあの集落だ。オルメアとも顔見知りなんだろ?」

 スピネルの声に、ぱちくり、と目を瞬かせ、デロニクスは問う。

「君たち、私を逃がしてそれからどうする気だ」

「足止めします。それと……」

 わたしはまだあきらめていません。そう言ってマルタンは船を見据えた。

「さっきの、この世界の均衡が崩れるってこと、ユウタさんは知らないのかもしれない。それを知れば、柱たちは魔物ではないとわかれば、攻撃をやめてくれるかもしれない」

 対話の余地がもしあるのならば、それを捨てたくないんです、というマルタンに、デロニクスはふわりと笑った。

「そうだな、試すだけ試してみる価値はあるかもしれない。……頼んで、いいのか」

「はい」

 マルタンは仲間たちと顔を見合わせる。

「恩に着る。無事で戻れよ」

 デロニクスはその言葉の直後、姿を大きな鳥に変えて飛び立った。孤島の上空まで上がると、光と共にその身を他者から見えなくする。高位の者は、迷彩魔法を使用して、一定時間姿を消すことができると知っていたクラウスは、間近でそれを見られたことに感嘆のため息を漏らした。見事ですねえ、なんて言っているクラウスのタコ足を、アドラが軽く踏んづける。

「言ってる場合かよ、迎え撃つぞ」

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