目次
ブックマーク
応援する
3
コメント
シェア
通報
第6話

 一行は、木こり小屋を出てからひたすら南を目指して歩き続ける。グラナードが地図でしるしをつけてくれた場所へは、クーナ湾が見えてから少しずつ西へ寄っていけば着くだろう。

「そういえば……」

 勇がふと口を開いた。ぽてぽてと歩いていたマルタンが振り向く。

「ソレイユの故郷、マルタンは知っていたの?」

 わざと違う方角を言ってユウタを嵌めたのにはびっくりした、と勇に指摘されて、マルタンは頬をほんのり染めた。

「一か八かだったけど、逆の方角を言ってみたの。そしたら、知らなかったから……。獣人や亜人の里は魔族と商業的なやり取りが多いから、地図に載ってることが多いんだよ。それで知ってたの」

 マルタンはクラウスが持っている魔族の地図を開いてもらって、自分の持つゴブのポーチにあった人間用の地図を並べる。

「ほらね、ここ、人間用の地図には載ってないんだけど」

「ほんとだ」

 マルタンが指さした場所には、アウリスと書かれていた。

「全然隠れてない」

「魔族の地図ではね。人間から隠れてる里だから」

 クラウスが地図を見つめ、ぽつりとつぶやく。

「これ、今いるところからそんなに離れてませんね多分」

 川沿いを南下すると良いと言われてその通りに歩いてきたが、縮尺の感じからするとクラウスの言う通り、そうかからない距離にアウリスがあると思われる。マルタンが、少しそわそわしているのを察してアドラがその方角を指さす。

「寄るか? そんなかからないんだろ」

 あの子がちゃんと逃げ切れたか、心配なんだよな? というアドラに、マルタンは大きく頷いた。異論なし、とばかりに全員、歩みを早める。ほどなくして、たどり着いたのは小さな小屋が立ち並ぶ集落だった。


「イサミの姿だと、ちょっと警戒されるかもな……」

 アドラが零した言葉に、クラウスがここぞとばかりにリュックの中をあさりだす。

「おい何してんだ。やめろ」

 イサミに妙なモン飲ませるな、とアドラはクラウスの手を掴む。せっかくまた作っておいたのに、と口を尖らせるクラウスに、愛想笑いで誤魔化した勇は前方に見覚えのある影を見つけた。マルタンも耳をぴょこりと動かす。

「あ!」

 話し声を聞きつけて出てきてくれたのだろう、その姿は、フードを脱いだソレイユだった。

「マルさん!」

 こちらの姿を認めると、ソレイユは駆け寄ってくる。そして、がばりとマルタンに抱き着いて、よかった、と繰り返した。

「ソレイユさんくすぐったいよ」

 きゃははと笑いあって二人は再会を喜ぶ。微笑ましく見守る三人の視線に気づき、ソレイユはパッとマルタンから離れて、そしてその場に膝と手をついて頭を下げた。

「えっ、ちょ、ソレイユさん」

 顔を上げてよ、と勇が慌てる。マルタンとアドラもソレイユに合わせてしゃがみ込み、手を取ろうとした。しかし、ソレイユは首を横に振る。

「申し訳ありませんでした。私はあなた方に、あなた方の拠点にとんでもないことを……」

 震えながら、ソレイユは額を地面にこすりつける。

「っ、おい、やめろって……顔上げろ!」

 ソレイユの額と地面との間に、アドラは半ば強引に自分の手をねじ込む。クラウスは、ソレイユの背に優しく手を添えた。

「ソレイユさん、自分を責めないでください」

 あなたの意思でやったことではないでしょう、というクラウスに、ソレイユはわずかに顔を上げる。

「もちろんです。けれど、私がおこなったことに変わりはありません。どう償えば……いえ、償うべくもない……」

 なおも立ち上がろうとしないソレイユに、クラウスはうーんと唸って、そして「まあ、そうですよねえ」なんて言い始めた。

「クラウス!?」

 アドラは目を剥く。反して、クラウスは優しく笑った。

「なので、償いとしてユウタくんのこと聞かせてもらえますか」

 びく、とソレイユの長い耳が揺れた。ひどい扱いを受けてきたのだろう。ユウタのことを思い出すのも、話すのもつらいと見える。それを、償いの証としろ、とクラウスは言った。マルタンはソレイユを気遣うように見つめる。か細い声で「無理しなくていいから」というのを、ソレイユは一言「いいえ」と返した。

「それが、私にできる唯一のことならば」

 震える声にそぐわない、まっすぐな眼差しでソレイユははっきりと答えた。そして、四人を集落の中ほどにある岩と大きな切り株がある場所に案内し、座るよう勧める。

 切り株をテーブルにして、彼女が暮らしている小屋から運んできたキイチゴのジュースを人数分置くと、話し始めた。

「マルさんには話したのですが、私はあの人にこの里を潰すと脅され、強制的にあのパーティーに加入させられていました。ご存じのとおり、青き龍の神への襲撃を強いられ、霧の森の結界の破壊、その後、皆さんの拠点へ炎の魔法を放ちました」

 青き龍の神。この里ではケラスィヤのことをそう呼んでいるらしい。少し距離は離れているが、春の月に二度、秋の月には四度、供え物をする決まりがあるのだという。

「定期的に供え物をしていた、と神様からお聞きしましたよ」

 クラウスに確認され、ソレイユは頷く。

「はい、私たちにとって、青き龍の神は豊穣の神。この地に恵みをもたらす神様です」

 しかし、ユウタはその神のことを『森に霧を生じさせるモンスター』と言い、葬るよう指示してきたのだ。そんなことは出来ないとソレイユは拒んだが、里がどうなってもいいのかという言葉に負けて、封印という手段で彼を納得させたのだという。それでも、とんでもないことをしたのには変わりないとソレイユは俯いた。

「あの夜、マルさんが気づいてくれなかったら……」

 隙を見て自分で封印を解除しに行くつもりだったが、それだとエニレヨの事件の解決にはもっと時間を要していただろうと続けた。

「その後の……あの、炎の魔法について、なんだけど」

 言い淀むマルタンに、ソレイユは自分から話し始める。

「はい。あれも、私です」

 アドラは複雑な心境を隠すよう、頬杖をつくついでに口元を隠した。皆さんの拠点、と言いかけたソレイユに、マルタンが、あれは実は防衛専門学校だったんだよ、と教える。

「防衛……」

 魔族には、魔族を討伐しようとする勢力から魔族を守るための人材を育成する『魔族防衛専門学校』が存在するということをソレイユはこの時初めて知ったようで、顔を青くする。

「……学生さんが集まるところ、ということはまだ戦いに慣れていない方がたくさんいたんですね」

「うん。マルも全然」

 たはは、と笑うマルタンに、ソレイユは苦し気に眉間にしわを寄せる。

「彼は……、凶悪な魔物の根城だと言って、フレイアさんやネージュさんを騙していました」

「え」

「私はその存在を知らなかったのですが、凶悪な魔物がいるにしては静かですし、おかしいとは思っていたんです」

 それでも、拒めなかった。ソレイユは、また頭を下げる。

「本当に……どう、詫びれば……」

 クラウスが詫びはいいので教えてください、とソレイユに頭を上げるよう言った。

「一発であの学校を焼き尽くすほどの力。あれは本当にあなたのお力で?」

 まだ幼く見えるソレイユが、そのような術を使うと思えなかったクラウスの疑問が、明かされる。

「いいえ」

「やはり」

「あれは、私の魔法を彼の力で増幅させたものです」

 クラウスは「でしょうね」と困ったように笑った。

「エニレヨでも、彼、言ってましたよね。『僕の加護で力を増幅させる』と」

 こくり、と頷き、ソレイユは視線を下に落とした。

「そう、彼は祈ることで魔法の力を増幅させたり、仲間の筋力を増強させ、物理攻撃のダメージを増大させることができます」

 アドラは足を組むと、ジュースを飲み干して問うた。

「それが異世界の勇者サマのお力ってやつか。増幅魔法はあたしら魔族にも高位の奴には使えるのがいるな、かなり精神力を消費するらしいけど」

「そうなのですか? 彼は、あの力を使っても微塵も疲れを見せませんでした。……何度も、際限なくあの力を使えるんです」

 ソレイユの話に、は!? とアドラは思わず大きな声を出してしまった。クラウスも驚いて目を丸くしている。

「際限なく?」

「はい」

「……まさに『チート』だね」

 勇がぼそりと呟く。

「でも、おかしいんです、彼があの力を使った後、何かが」

 その地に生息する野生動物の様子や魔物の攻撃性、水の流れ、風の匂い、全てに違和感があると、ソレイユは訴えた。

「あのまま彼を野放しにしては、取り返しのつかないことになる……」

 私だけ、逃げてきてしまったけれど、どうしよう……とソレイユは涙目でマルタンに縋る。

「大丈夫、マルたち、ユウタさんに先んじて柱を守ったりするつもりなんだ」

 その『力』のことも、探るよ。と伝え、マルタンは立ち上がった。

「だから、もう行くね。教えてくれてありがとう」

 ソレイユも慌てて立ち上がる。

「あの、これからどちらへ向かわれますか」

「クーナ湾北岸の海賊を頼って、船でルシアネッサへ」

 かいぞく……、とソレイユは復唱した。

「知ってるの?」

「同じ方かは知れませんが、たまに物資を届けてくれる方がいます。その方からは海の香りがするので」

 海賊なんてそんなうじゃうじゃいるものでもないですし、件のお人なのでは? というクラウスに、マルタンも頷く。

「届けてくれる、ということは友好的な人なの?」

「そう、ですね。見た目は魔族ですが、香りはすごく人間寄りで……ぶっきらぼうですが、優しい方だと思いますよ。会えるといいのですが」

 その人は、亜人を差別しないという。来るたびに足りないものはないかとか、困っていることがあれば教えろとだけ言って、歓待しようとする里の者が引き留めるのも聞かずにさっさと帰ってしまうそうだ。

「怖い人じゃなさそうって知ってちょっと安心した。ありがとう。それじゃあ、元気で」

 里の出口まで、ソレイユが見送ってくれる。気づけば、その後ろから様子を見ていたのであろう獣人たちが追ってきてくれていた。ソレイユを助けてくれた人たちなんだって? と口々に言いながら、木の実や野菜を手渡してくる。遠慮してもぐいぐいと押し付けてくるものだから、バッグに入る量だけを受け取ると、四人は恩義を大切にする獣人たちに礼を言って手を振った。


 里を出て、休み休み一行は南下していく。夜を二度越して、三日目の日が高くなった頃、ようやくクーナ湾の岸が見え始めた。山の上からだと、様子がよく見える。船が停泊している場所がはっきりとわかったので、とりあえずそこを目指すことに決めた。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?