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第4話

「王命により、ユウタ達はルシアネッサに向かう。私が王都を出るときにはまだユウタ達は戻っていなかったから……まあ、明日にでも出発するんじゃないだろうか」

 この世界の人間が柱の正確な居場所を知っていて派遣したとは考えにくい。勇の予想のとおりならば、ユウタが柱の居場所を『ゲーム』の攻略情報として知っていて、それを王に教えたということになりそうだ。

「柱を狙っているのなら、先回りしないと柱の命が危ない……」

 マルタンがぎゅう、と手を握る。

「陸路から行くと大きく回り道をすることになるからね、一つ提案をさせてくれるかい」

 グラナードは、地図にトン、と指を置いた。

「現在地は大体この辺り。アロガンツィア北西の森の中だ」

 指先は、そこよりも少し西を指さす。

「そして、ここが霧の森だね」

 この場所は、霧の森とエニレヨの中間あたりに位置するらしい。そのまま、つつつ、と指先を少し西寄りに南下させていくと、クーナ湾とかかれた場所に行きついた。

「クーナ湾南に位置するのがルシアネッサ。そして、ここが湾になっているところの北岸になるね」

 北岸をトントン、と叩き、グラナードは自分の首から下げたペンダントを外して、ロケットを開いた。古ぼけたモノクロ写真が入っている。――結婚写真だろうか。

「ここに写っているのは私の両親。私たちが生まれる前に二人で撮った写真だ」

 グラナードは、私『たち』とはっきり言った。

「これと同じものを持っている者が、クーナ湾北岸に拠点を構えている」

 その人物は、海賊に身を落としているという。グラナードも遠目には見たことはあっても、実際に会って話をしたことはないらしい。海賊ということは、船を所有しているということ。その船を利用させてもらってはどうかというのである。

「でも、海賊っていうくらいの人が協力してくれるかな……」

 海賊は読んで字の如く、海の『賊』だ。ならず者に協力を請うのはなかなかにハードルが高いように思えた。だが、グラナードは同じ写真を持っていると言った。つまりは……。

「協力してくれるかはわからない。けれど、彼は私の生き別れの兄だ」

 会って話をしたことがないというのに、グラナードは断定する。

「お兄さん? 詳しく聞いても……?」

 マルタンが遠慮がちに言うと、グラナードは語り始めた。

「私の名は、正式にはグラナード=エル=メランジェ。メランジェ公爵家の長男ということになっている」

 本来は双子の兄が存在するので、次男にあたるのだけど。と付け足し、グラナードは話を進めた。アロガンツィア王国の領域内では、双子は忌み子として扱われる。通常、双子やそれ以上の多胎児が生まれた場合、誰か一人だけを手元に残して里子に出したり、酷い場合は始末するという。

「ひどい……」

 マルタンは驚き、悲しんだ。風習で殺される命が存在するということに、耐えられないとばかりに唇を噛んでいる。

 普通は先に生まれた子を嫡子として残すようだが、グラナードは弟として生まれたのに嫡男という扱いになった。その理由は……。

「兄に、魔族の特徴が現われていたからだと母は言っていた」

「え……」

 マルタンは言葉を失う。

「青白い肌、常人よりも尖った耳輪、生まれた時から覗いていた鋭い犬歯、右目の……人であれば通常白いはずの結膜は黒。魔族でなかったとしても、異形であることに変わりなかったと父は言ったよ」

 気味の悪い異形の魔族の子は殺してしまえ、と祖父……母の父は言った。いったいどこで下賤な血が入り込んだのか? 誰の子なのかと謗る声まであった。だが、間違いなくその子らはメランジェ公爵とその夫人の子であった。二人は夜会に出歩くタイプではなかったし、互いを慈しみ合う仲睦まじい夫婦であったとグラナードは記憶している。

「もちろん、母は兄を殺すことを拒んだ。腹を痛めて産んだ子を自ら手にかけるなんてできなかった」

 それで、母は自分の母方の叔父に頼んで、森の奥――魔族や亜人が多く暮らすエリアに、異形の息子を捨てたのだという。

「兄の名は、グロセイア。私の名をつけるときに、一緒につけたと言っていた」

 バスケットの中に、ブランケットに包んだグロセイアと、結婚写真が入ったロケット、そして、手紙を入れて叔父はその森を去ったという。周辺の亜人の村が生活用水につかう川が近かったので、見つけてもらえることに賭けて。


「つい、2年前のことだよ。ユウタが召喚されて、ひと月経った頃か」

 この世界でいうひと月は90日。秋の月、メトポロンのことだろう。アロガンツィア西、クーナ湾東岸に、海賊船が現われたのを受け、当時は近衛部隊ではなかったグラナードが赴いたのだという。

「略奪行為が行われていたわけではないのだけれど、王国は警戒していたからね。拿捕するよう言われて、向かったんだ」

 アロガンツィア王国域の港町であるヴェステリケの浜に見えたその船の上にいる男を遠眼鏡で覗いて、グラナードは心臓が跳ね上がった。幼いころ、母が話してくれた兄の特徴と重なったのだ。――青白い肌、尖った耳輪、右目にはその結膜を隠すためなのか、眼帯。仲間と談笑する唇からは、鋭い犬歯が覗いていた。結局すぐに船は沖へ出てしまったので海賊と接触することは叶わなかったが、それから調べ上げて彼らの拠点が亜人と魔族のエリアであるクーナ湾北岸であるところまで突き止めたのである。

「グロセイアの拠点は、その性質上人間は近寄りたがらない。魔族の土地と思っているからね」

 この2年で攻め込もうとした討伐者もいたらしいが、全て返り討ちに遭って帰ってきているという話だ。グロセイアはかなりの手練れの者と考えられるが、命までは取らないらしい。

「もうその人をグロセイアさんだと確信しているみたいだけれど」

 勇に指摘され、グラナードはどこか自嘲気味に笑った。

「そうあってほしいという願いが強すぎるだけ、かもね」

 そういう特徴の魔族は他にも存在するかもしれないのに、ばかげていると思うかい、と弱弱しく言ったグラナードに、マルタンは「いいえ」と答えた。

「惹かれるものがあったなら、そうなのかもしれないって、マルは思いたいです」

 うん、と少し気恥ずかしそうにうなずいたグラナードは、ペンダントをマルタンに託した。

「彼に会い、これの持ち主が協力を仰いでいると伝えてみてほしい。うまくいくかはわからないが……」

 マルタンは、こくん、と頷く。

「水を差すようで申し訳ないですが、万が一別人だったら?」

 クラウスの言葉も最もだ。遠眼鏡で一目見ただけの男を双子の兄と確定するのは、早合点が過ぎる。

「それでも、今までの報告からして命までは取られないと思う。どちらにせよ、私の名前を出して、船を貸してくれるのならば、海賊の活動に『個人的に』協力すると提案してみてくれないか」

 アドラは片眉を吊り上げた。

「あんた……だいぶ思い切ったことするじゃねえか」

 王国にバレたら、クビじゃ済まないだろ、というアドラにグラナードはにっこりと笑う。

「逆賊として追われてお家取りつぶしかな。まあ、私より強い追っ手なんかいるわけないから大丈夫だけど」

 さらりととんでもないことを吐くグラナードに、勇は面食らってしまっている。

「事態は一刻を争う。エニレヨの時みたいに、南の神……柱にユウタ達が接触する前に、君たちに守ってほしい」

 できそうかな、と問うグラナードに、マルタンは「はい」と短く答えた。


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