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第2話

「不自然な、こと」

 勇がそう復唱すると、グラナードは静かにうなずいて椅子に腰を下ろす。

「そう。そもそもだけど、彼……ユウタは召喚の議に応じてこの世界に現れた」

 召喚の議とは、世界が危機に瀕したときに行われる儀式らしく、国王と神官が祈りをささげるとその声に答えて異世界より勇者が現れるという話らしい。

「そんなもの、おとぎ話だと私も思っていた。けれど、実際にユウタは来た」

 それが、A歴1000年、テロス――夏の25日だった。王はユウタを歓待し、仲間を募るのにも協力したし、武器や何やらの調達にも金に糸目をつけなかったらしい。

「イサミんときとはエラい違いだな」

「まあ、一般の冒険者には少しの支援しかないからね。伝説の勇者ってのはそれだけ重要なポストなんだろうね」

 アドラの指摘に、グラナードは理不尽だよね、と同調する。

「異世界から訪れる勇者には不思議な力が備わっているらしく、その力で世界を魔の手から救う、だなんて伝承では言われているからね、期待も大きいんだろう」

 ちょっと待てよ? とアドラはこめかみに手を遣った。

「イサミだって異世界から来た人間じゃないか。これは召喚の議で来たんじゃねえのかよ」

「多分俺は召喚の議とは関係ないと思うよ、だって雨が降ってる森の中に放り出されてたんだから」

 勇が肩を竦めると、グラナードは目を丸くした。

「へえ、大変だったね」

「ユウタさんの場合はどうだったんですか?」

「私も聞いただけだから詳しくはわからないけど、召喚の議は謁見の間で行われて、神官が作った魔法陣の上にユウタ殿が現れたって話だよ」

 スタートが暖かい王宮の中で、みんなに歓迎されながらっていうのはうらやましいかも、と勇が零すと、マルタンは苦笑いした。

「雨に打たれて大変だったもんね」

 ここで、二人の異世界からの訪問者には『はじまり』に明確な違いがあると判明した。かたや王国から招かれた伝説の勇者、かたや……誰に招かれたのかもわからず、雨降る森の中での行き倒れ。

「まあ、イサミくんが誰に招かれたとかは気にしてないんだけどさ……」

 グラナードは勇と目を合わせるとにっこりと笑う。

「君は、自分から他者を傷つけに行くタイプではなさそうだから」

 深いボルドーの瞳に映る勇は、何故だか絡めとられたように動けなくなる。もちろん、グラナードが言うことはハズレではない。だが、それをさせないという強い言霊をぶつけられたようで、腹の底を見透かされたようで、ただ「はい」としか言えなくなっていた。

「問題は、ユウタ殿なわけだ」

 不自然なことっていうのがね、とグラナードは切り出す。

「あれが勇者と呼ばれだしてから、魔族の襲撃が急に増えたような気がしてね」

 んん? とアドラは首をひねる。

「……そうか……?」

 前に、勇に話したことがあった。アドラの視点からは、半年前から『人間による襲撃』が多くなっているように感じていた。グラナードの視点では、そうではないようだ。

「あたしからすると、人間側が魔族の討伐に躍起になりだしたのが半年前って感じのイメージだけど」

 とはいえ、激化したのが半年前というだけで、敵視して襲ってくる人間がいたのはここ数年の話ではない。アロガンツィア王国の領域では、基本的に魔族は忌むべきものとして扱われている。

「ここに見解の相違があるっていうのも、人間と魔族との争いの根本的な要素なのかもしれないね」

 グラナードはそう言いながら、バッグの中をあさり始めた。

「おなかすいたでしょ、少しだけどパンを持ってきたからよければどうぞ」

 回復効果のあるナッツを練りこんだ生地の、ずっしりとしたライ麦パンを取り出して、ちぎって分ける。それを食べながら、グラナードはのんびりと話を続けた。

「私ね、自分の感覚とアドラさんの感覚と、どちらも間違ってはいないと思うんだよね」

 テーブルの上のランプの火を見つめながら告げられた言葉に、マルタンがつづく。

「……人間側も、魔族も、どちらも互いを攻撃している……?」

「そ。そんな気がしてる」

「でも、基本的に魔族は防衛のためにしか力を行使しません。魔王様の教えで、自分から誰かを傷つけるのはいけないことだ、と……」

 マルタンがグラナードの主張を一部否定する。グラナードは悲しそうな顔をしているマルタンを見て、慌てて弁明した。

「ああ、違うんだよ。君たちが故意に人を傷つけるため活動していると言いたいんじゃない」

「そらそーだ、そんなことしたってこっちには何の利もないからな」

 アドラがパンを飲み込んでから、ため息交じりに答える。すると、グラナードは声を潜めて問うた。

「時に、リザードゾンビはどこから来たと思う?」

 そういえば、と四人は口を噤んだ。ユウタの報告では、魔族の手引きと言われていたが、当然マルタンたちはリザードゾンビをけしかけるような真似はしていない。

「私は、少しだけ知っている側の人間だと自分で思っている。そのリザードゾンビ、自分の意思で戦っていたのかい?」

 マルタンはハッとした。この人ならば、説明すれば理解してくれそうだ。魔物の死と、魂の仕組みとを。

「いいえ、リザードゾンビは……もとは、リザードマンだったと考えられます。あれは……あの方は、わたしたちが知る方でした。おそらく」

 マルタンが慎重に言葉を選びながら話す。詳しい説明を求めたグラナードに、他者から命を奪われて、弔われることなく朽ちた命は天に昇ることもなければ転生することもなく、自我を失い破壊衝動に操られるということを伝えると、一度小さく息を吐いた。

「……信じて、くださいますか」

「うん。だって辻褄が合うもの」

 あっさりとマルタンの話を飲み込むと、グラナードは顎に手をあてて目を閉じる。

「リザードゾンビは、暴れていた。人も、魔族も関係なく襲ったでしょ?」

「そうです。動くものすべてに攻撃を仕掛けるような……」

 マルタンの返答に目を開き、それだ、と人差し指を立てた。

「村人もマルちゃんも無差別に襲われた。それって、人間だけを襲撃するという意思のもとの行動ではないでしょ。つまりは」

 そのリザードマンだった者は、何者かに殺されてゾンビになり果てた。

「そして、気のせいだと思いたかったけれど」

 王都から、襲撃の前日の夜に輸送隊が発った。

「輸送隊の何が……」

 言いかけて、アドラは「まさか」と息を飲む。

「ほんと、考えたくないんだけどさ……誰かがマッチポンプを仕組んだ可能性……」

 それも、王城の息がかかったものがそれを運搬した可能性。そう言って、グラナードは大きくため息をついた。

「さらに言っちゃうと、その輸送隊のうち、一部隊がなかなか戻ってこないみたいでね」

 そもそも夜行軍自体珍しいことだし、朝に物資を届けたなら馬車での移動ならば、夕前には王都に戻れるはずだった。単純に支援物資を運んでいた部隊は戻ってきていたが……。

「帰還した部隊に聞いたけれど、戻っていない部隊は荷物が重たいから最後尾について動いていたって」

 クラウスは渋い顔をする。

「……運び手は……」

「そうだね、考えたくないけど」

 グラナードが想像する通りならば、きっともう息はない。リザードマンを殺し、箱に詰めてゾンビとして蘇るのを見越して何者かが運ばせたのだろう。箱の封印に位置情報を付与し、エニレヨ付近で解除されるようにしたのだろうとクラウスは読んだ。

「あくまでも憶測だけど、当たらずも遠からずって感じなんじゃない?」

 リザードゾンビはそんなあちこちに湧くようなモンスターじゃないからね、と付け加え、グラナードは愕然としているマルタンを見遣る。

「なんで……そんなこと……」

「勇者様の輝かしい功績のために! ……だろうね」

 なんて醜悪、なんてくだらない、とせせら笑い、グラナードは足を組みなおした。

「誇り高きアロガンツィアの騎士様がそのように言っても……差支えないので?」

 クラウスがくすりと笑う。グラナードは瞳だけをクラウスに向け、同じ笑みを返した。

「言ったでしょ、私は勇者に疑念を抱いている。そして、その勇者に協力する者がいるのだろうと踏んでいる」

「そして、あなたには僕たち魔族への敵愾心はない、と?」

 グラナードは細めていた目をきゅるりと丸くして驚いて見せると、また三日月に細めた。

「今更だよ。殺そうと思う相手に回復のパンなんて分けないし、雨風を凌ぐ場所なんか提供しない。わかってるくせに聞くんだね」

「ふふ、試すようなことを言って失礼」

「そういうことされると傷つくよ、悲しくて斬っちゃうかも」

 そんな二人のやり取りを聞きながら、マルタンはしょんぼりと耳をしおれさせ、俯いていた。


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