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第6話

 勇を𠮟りつけたアドラだが、背中越しに問う。

「怪我、してねえか」

「うん……」

「ならいい。……気持ちはわかるが、あんたに死なれちゃ困るから、な!」

 次に飛んできたバイパーには回し蹴りをくれてやると、アドラはそのまま回転した勢いで勇の顔を見る。

「ハ、さっきよりいい顔つきんなってんじゃねーか。一発くれてやったことは評価してやるよ」

「ありがと」

 緊迫した状況ではあるが、笑顔を交わし合う。

「来ますよ!」

 普段大きな声を出さないクラウスが、叫んだ。迫るのは、リザードゾンビ。骨が露出した腕で剣を握り、振りかぶってくる。

「む、むんっ!」

 マルタンは目をぎゅっと閉じ、全身に力を込めて頬を膨らませた。祠へ向かう際に発動したバリアよりも大きなバリアが、四人を包み込む。剣を弾く音も、大きく高くなった。

「マルタン、それ……!?」

「すごい、これ、ケラスィヤ様のお力なのかな」

 チークポーチバリアが、大きく強くなっている。

「それに、あんまり疲れない」

 ピンチの時はまた張れるからね、と笑う。それでも、バリアが生じるのはわずかな時間だ。クラウスは、バリアが消えるとすぐに杖をリザードゾンビへと差し向けた。

「去ね!」

 水撃が、まっすぐにリザードゾンビに向かう。その胸に直撃し、押し返すように距離を取らせた。

「ねえ、よく見たら、彼……」

 マルタンが震える声で言う。リザードゾンビの鎧についていたのは、魔族防衛専門学校の校章だった。リザードマンは、学校の警備、公務補に何名かいたのを覚えている。朝、元気に挨拶を返してくれたあのおじさんかもしれない。校庭の落ち葉を掃いてくれた、あのおじいさんかもしれない。マルタンはぎゅうと拳を握って、目を泳がせた。

「……っ、そうだろうよ、でも、もう死んでる」

 アドラは辛そうに、けれど冷静に言い放つ。あれは、始末するしかないと。迷いのあるマルタン目掛け、リザードゾンビの剣が再度振り下ろされた。アドラは、真上から降ってきた切っ先を手斧で受けてマルタンを庇う。

「っぐ、なんだこいつ、馬鹿力じゃねえかよ」

 ぎりぎりと押し合う剣と手斧。剣が先に折れんばかりの重みに、アドラは呻く。

「っ、おい、マル!」

「おじ、さん……」

「あきらめろ! やんなきゃやられんだよ!」

「死んで腐っているくせに筋力が上がっているなんてどういう仕組みなんでしょうね」

 言いながら、クラウスがリュックの中身をごそごそあさっている。

「しらねーよ! お前も加勢しろォ!」

 声を出すことで火事場の馬鹿力を保つしかない。アドラは気合だけでなんとかその競り合いを保っていた。

「ああ、はいはい、お待たせしました」

 取り出した小瓶の中身を、リザードゾンビ目掛けてぶん投げる。パリンと瓶が割れ、中の薬品がぶちまかれた。

「わーっ!? それこっちが被って大丈夫なやつかよ!?」

「大丈夫です聖水です。アンデッドには効果てきめん」

 こちらがわあわあやっていると、遠巻きに見ていた村人がひそひそと何か話し始めた。

 ――ねえ、勇者様はなにしてるのかしら……。見ているだけ? 昨日水汲みに行った子たちの方が頑張ってない? ハンマー使いの子と修道女様は勇敢に大きな蛇と戦っているけれど……。


「……ッ」

 ユウタが小さく舌打ちをする。それから、傍らにいたソレイユの背を唐突に突き飛ばした。

「えっ……」

「戦えよ、それが役目だろう」

 突然バイパーの群れの中に放り込まれたソレイユは、おびえる様に視線をさ迷わせる。そして、小さな声でバイパーたちに懇願した。

「お願い、元に戻って、あなたたちを傷つけたくない……」

 その声に、バイパーの動きがわずかに鈍る。

「おい、何をしている! さっさと放て! できるだろう!!」

 ユウタの怒声が響いた。ソレイユはびくっと肩を跳ねさせ、涙目でユウタを見遣る。

「で、できません」

「僕に逆らうつもりか!?」

 機嫌を損ねたユウタが苛立ちを募らせた声でそう叫ぶものだから、当然マルタンたちのほうへも、村人へも声は届いていた。

「なんて言い方……」

 勇が顔をしかめる。リザードゾンビはというと、聖水を頭から引っ被って苦痛にもだえ苦しんでいるところだった。

 あんなに高圧的な言い方をしたなら、村人だって勇者をよくは思わないだろう、そう思ってちらと様子を見たが、村人はユウタに便乗するように、「やる気はあるのか」だの、「さっさと倒してくれ」だの勝手なことを言っている。まるでコロシアムを見物する客のように、殺せ殺せと騒いでいるのだ。

「何を迷う必要がある? 僕の加護で力を増幅させる。遠慮なくやれ」

 今度は、鼓舞するようにそう言ったユウタ。それでも、ソレイユは拒むようにその場にしゃがみ込んだ。いよいよ焦れたユウタが、また声を張り上げる。

「いい加減にしろ! お前は自分の里がどうなってもいいのか!?」

 しゃがみ込んで震えていたソレイユが、全身を跳ねさせる。そこへ、バイパーが飛び掛ろうとした、その刹那だった。

「むむん!」

 マルタンが、ソレイユに覆いかぶさるようにして、バリアを発動したのだ。

「マルさん……!?」

「むぐんも!」

 頬に空気を含んだままなので、うまく喋れない。バリアにバイパーが弾き飛ばされるのを確認すると、マルタンはぷうと息を吐いた。

「痛いとこ、ない?」

「は、はい……」

 ソレイユの上から退くと、マルタンはそっと彼女に手を差し伸べる。飛び掛った衝撃で、ソレイユのフードが脱げていた。

「! やっぱり……」

 彼女のふんわりとした淡いアプリコットの髪の間からは、同じ色の長いウサギの耳が垂れていたのだ。ざわりと村人たちがざわつき、口々に「亜人」と囁く。その響きには、侮蔑が込められていた。

「はい……」

 あの夜から、ソレイユはマルタンの正体を知っていたのだろう。鼻をひくひくさせて匂いを嗅いでいたのも、勇にしか聞こえなかったはずのユウタからの暴言が届いていたのも、彼女がウサギの嗅覚と聴力を持っていたから……。マルタンは声を潜め、尋ねる。

「ねえ、ユウタさんが言ってるのは、どういうこと」

 ソレイユが答える前に、ユウタが怒鳴る。

「ソレイユ!!」

 同時に、バイパーが一斉に飛び掛ってきた。マルタンのバリアが間に合わない。

「……ごめんなさい」

 ソレイユが手を祈りの形に組む。すると、彼女を中心に放射状に衝撃波が走った。ドン、と地が揺れる。

「マルタン!」

 勇が叫び、手を伸ばした、その時だ。マルタンや人々へ襲い掛かろうとした波動が、勇の手に吸い込まれ、消えた。残った波動はすべてバイパーに当たり、跡形もなく消し飛ばしてしまう。あれがバイパー以外に当たっていたら、ことだっただろう。

「え……」

 何が起きたの? とばかりに、ソレイユは視線を巡らせる。そして、勇のことに気づいた。

「……え!?」

 一番驚いているのは勇だった。マルタンを襲うのはやめて、と夢中で手を伸ばした、その手のひらが、衝撃波を吸ってしまったなんて信じられない。ソレイユを睨みつけているユウタの足元は、土が乾き白く割れ始めていた。

(まって、吸ったやつどこ行った!?)

 右手のひらを見つめて、勇はおろおろしている。後ずさりした先の、クラウスの背にとん、とぶつかった。

「おっと」

「すみません」

「いえ……ん……?」

 クラウスは、ぶつかった背中からじわりと身体が熱くなるのを感じる。


「おい、なんだ今の……」

 リザードゾンビと対峙しながら、アドラはクラウスに問う。

「どっちの、ですか?」

 同じく聖水の瓶をリザードゾンビに投げつけながらクラウスが問い返した。

「どっちも!」

「僕にもわかりかねます、初めて見ましたよあんなの」

 それより、とクラウスは火照る身体に持て余す魔力に口角を吊り上げる。

「どういうわけか、先ほどイサミくんがぶつかってから……」

 クラウスの杖の先端が、白い光に包まれた。アドラは驚き、クラウスから距離を取る。

「熱くて仕方ないんですよね!」

 聖水を食らって膝をついていたリザードゾンビ目掛け、大きな光の玉が放たれる。ぶつかって弾けた光は、きらきらと粒になって周囲を舞った。あとには、何も残らない。骨も、肉も、腐臭も、全てが光に包まれて消え失せた。

「すご……こんな技、使えたんですね……」

 勇が感嘆のため息を漏らすと、クラウスが振り向く。

「いえ、こんな大きな光魔法を放つのは初めてです」

「え」

「……ちょっとした心当たりはありますが……、それはまた後程」

 それよりも、と視線を向けた先には、この様子を口をあんぐりと開けてみている村人たちと、魔法の威力に驚いて呆然としているユウタの姿があった。間抜けな顔を晒していることにようやく気付いたのか、ユウタはその直後さっと視線を逸らす。その様子に、クラウスはほくそ笑んだ。

 敵が全滅したとわかると、村人たちはユウタとクラウスにそれぞれ駆け寄った。クラウスの方に駆け寄った女が、キラキラとした目で彼を見上げる。

「すごい光でした、一体どんな魔法を……? さぞや高名な魔導士様なのでしょう、お名前を……」

「失敬、僕はしがないボランティアですよ」

 きゃあきゃあと女性たちはクラウスに群がる。困ったように笑いながら、クラウスは勇とアドラへ視線を向けた。

「……はーじまっちまった」

 アドラはため息をつく。でも、この喧騒が好都合かもしれない。

「ソレイユさん、今なら聞こえないと思う。教えて」

 ソレイユは、少し離れた場所で村人に囲まれてご満悦のユウタを横目で見遣ると、マルタンだけに聞こえる小さな声で話し始めた。

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