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第7話

 勇は、マルタンたちと行動を共にする理由を問われて少し考え、静かに口を開いた。

「それが、正しいと思ったから」

「うん?」

 出逢いこそ偶然だった。何かの恩義があるというわけでもない。それでも、勇はマルタンと行動を共にしたいと思った。

「いろんな観点から、この世界には嘘が多かったってわかった。俺がプレイしていたゲームは、魔族を敵視する人間にとって都合の良いことしか書かれていなかった。逆の視点に立つとこんなに違うんだと思って」

「なるほどねえ」

 でも、とクラウスは視線を歴史書から上げる。

「僕たちが嘘をついているという可能性は考えないのかい?」

 人も魔族も勝手な奴は勝手だ、とクラウスは言う。自分の都合のいいように話を捻じ曲げ、敵を貶める。利益を得るために簡単に他人を踏み台にして、足蹴にする。それでもいいのかと問うクラウスに、勇は少し自信なさげに頷いて、それからマルタンへと視線を移した。

「マルタンに、賭けてみたい」

「え!?」

 マルタンはぴゃっ、と小さく跳ねた。

「わたし!?」

「うん。マルタンは嘘をつかないんじゃないかって思った」

「うん……、うん! わたしは、イサミさんに嘘はつかないよ」

 アドラがマルタンの頭をなでる。

「つかないんじゃなくて、『つけない』の間違いだろ」

「わぷ、ち、違うよ! 門番さんにちゃんと嘘つけたもん!」

「それだってぎりぎりだったじゃねえか」

 咄嗟に出てきた『セイヴェ』も、マルタンの故郷のすぐ東に位置する村の名前だったので、正直アドラは少しひやっとしたらしい。それを聞いて、クラウスは笑った。

「嘘に少しの真実を混ぜるのは人を騙すには効果的ですよ。さて、これでマルタンさんにも詐欺師の素質はあるかも……とわかってしまいましたね」

「え!?」

 そんな、とおろおろするマルタンを見ていると、なんだか勇もおかしくなってしまって吹き出した。マルタンは不服そうに頬を膨らませる。

「ごめん」

「ひどいや……」

「ごめんって、でもマルタンが嘘をついてないと思ってるのは本当だよ」

 たったの一日しか行動を共にしていないが、勇はマルタンの真心を感じていた。そして、何より――。

「この世界の人間がしていることが、信じられなくなった」

 森の中で角を折られたゴブリン、人間に危害を加えたわけでもない魔族の学校への襲撃、歴史の改竄。実際に起きていることと、王国が主張することとの激しいズレに勇は疑問を抱かざるを得なかった。

「ふふ、まあ、そうでしょうねえ。イサミくんにそう思っていただくことが、僕の計算通り、と言ったらどのように思われますか?」

 マルタンは、驚いてクラウスの顔を見上げる。どうして、そんな騙しているようなことを言うんだろう。その意図をわかって、勇は慎重に言葉を選ぶ。

「そこに嘘がないのならば、それでいいと思う」

「え……」

「クラウスさんが俺を味方にしたいと思ってくれたなら、それはそれでいいと思ってるよ」

 これは、大した……、と言いかけ、クラウスはかぶりを振った。

「失礼、――君を試しすぎました」

「慎重になるのは大事だよ」

 正直言うとね、と勇はつなげる。

「俺にはどうせ行く当てがない。それなら、自分が関わって、自分の目で見て、正しいと感じた方と行動したほうがいいって思ったんだ」

 そういえば、とマルタンはふくれっ面を元に戻して問う。

「そうだ。王様は、何て言ってたの?」

 あっ、と勇は声を上げる。そういえば伝えていなかった。

「王様には会えなかったんだ」

「え!?」

 アドラも勢いよく振り向いた。凱旋パレード後の勇者一行が謁見するため、謁見の間が解放されなかった話をすると、二人はがっくりと肩を落とした。

「王の言い分を聞ければ少しはなんかわかったかもしれないのに」

 落胆するアドラに、勇は王城で勇者たちに会ったことを話す。一行の特徴、勇者と直接言葉を交わしたこと……。


「え、いや、いやいやお前! なんでそんな大事なこと先にいわねーんだよ!」

「ごめん、なんかタイミングを逃してて……」

「馬鹿かお前! その情報だけで大分……いや、お前……」

 アドラが察したように口を噤む。勇は「うん」と答えた。

「勇者の人物像がみえてくると……ね」

「パレードでもいけ好かねえ野郎だとは思ってたけど、ほんとに腹立つ野郎だな」

 アドラは勇がユウタにかけられた言葉を聞いて顔を引きつらせる。あの場にアドラがいなくて本当に良かったと勇は心底思った。

「それから、グラナードさんって覚えてる?」

 パレードを先導していた騎士だよね、とマルタンが確認すると、勇は頷く。

「彼、近衛部隊の隊長だったんだけど……」

 勇はグラナードから受け取った銀貨を取り出して続けた。

「勇者一行の行く先を教えてくれたんだ」

「そりゃどういう風の吹き回しだ?」

「わからないけれど、エニレヨって村で起きていることを見てきてほしいみたい」

 クラウスはなるほど、と言った。何がなるほどなんだ? とアドラに問われ、答える。

「勇者殿の戦績報告は、いつもなんだかあいまいなのだよ。そもそも勇者殿の報告がおおざっぱなのか、アロガンツィア王が濁して民に発表しているのかはよくわからないが、まあ、なんというか……」

 輝かしいカッコいい自分についての報告しかない、というか……というと、アドラはまた顔をしかめた。

「うわ」

「だから、第三者の目が欲しい、と思ったのでは?」

 そういう事なら意図がわかるね、と勇も頷いた。

「で、次の行き先なんだけど……エニレヨで良いかな?」

 勇の問いに、アドラがいの一番に頷いた。

「おう、あの勇者がなにこそやってんのか見に行ってやろうぜ」

「アドラ、またそういう……」

 なるべく厄介ごとは起こさないでよ、とマルタンは頭を抱える。クラウスが笑いながら同意した。

「ですねえ、では、明日の朝北門を出たところで待ち合わせで良いですか?」

 言葉尻に被るようにアドラが「はぁ!?」と声を上げる。

「なんでお前がついてくるんだよ!」

「え? 僕役に立つと思いますけど」

「そういう事じゃなくて理由を聞いてるんだよ」

 ああ、とクラウスは歴史書を軽く持ち上げる。

「王都では歴史書はすべて燃やされてしまっている……のだとしたら、他の町や村に残っている可能性は? と思ってね。エニレヨは小さな村だ。望みをかけるのも悪くないでしょう」

 ね、マルタンさん、とマルタンの顔をのぞき込めば、マルタンは大きくうなずいた。

「そうですね、まだあるかも!」

 なんでこいつと……! とため息をつくアドラを勇がまあまあと宥めている間もクラウスはにこにこ笑っている。

「よろしくおねがいしますね、皆さん」

 では、明日の朝に。と席を立つクラウス。ベッドはまだ一つ空いているので、泊まらなくていいのかとマルタンが問うと、「待たせている人がいるので、彼女にお別れを言ってから」と微笑む。その顔にアドラはまたしわっしわの顔を向けた。


「そうだ、イサミくん」

「はい?」

 部屋を出る前に、クラウスは勇を振り返る。

「僕は、君に『この世界の人間が信じられなくなった』ことを良しとするような発言をしました」

 それが狙いだった、と。

「ああ……」

「訂正と謝罪を。……この世界にいる人間のすべてが信用に値しない者と言いたかったのではないのです。申し訳ありません」

 頭を下げるクラウスに、勇はわかってると答えた。

「大丈夫、ちゃんとわかってる。人間も魔族も、嘘つきもいればいい人もいる、よね?」

 クラウスは「僕はそう思います」と頷いて、部屋を出ていった。

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