テーブル席に移動して、四人は食事を摂る。回転率はよくないとは言っていたが、夕飯時になればこの店もにぎわい始めた。店内は人の話し声と食器がぶつかる音で程よくマルタンたちの会話を他の客に届かない程度にしてくれている。
「ふむ、つまり君は気づいたらこの世界にいたんだね」
マルタンはお野菜と大豆のサラダボウル、アドラは鶏の丸焼き、勇は会計を持ってもらうことを考え、一番安かった卵とそぼろの炒めご飯を注文した。遠慮しなくていいのに、というクラウスに「好物だから」と押し切って頼んだご飯は、勇の世界でいうところのチャーハンだったので正解だったし、女将の腕が良いようで大変味もよろしい。遠慮なく丸鶏を頼んで毟りながらかぶりついているアドラを横目で見ると、「なんだよ」と言われたが、鳥が鶏食ってるとは口が裂けても言えなかった。
(まあ、大鷲だし鶏肉食べるのはおかしくないか)
「だから、なんだよその目は」
ごめんなんでもない、と目を逸らすと、それを見ていたクラウスが肩を揺らして笑っていた。
「転生してきたなんて言って、こんなにすんなり信じてもらえるんですね」
「信じますよ、可愛い後輩のご友人ですから」
ぶっ、と麦酒を吹きそうになって噎せるアドラ。マルタンがその背をとんとんと叩いてフォローしてやる。
「何がかわいいだよ……」
「アドラはなんでそうクラウスさんにつっかかるの」
マルタンに窘められ、アドラは、むっとむくれ顔で答えた。
「薬の実験台にされたんだよ、めちゃくちゃ沁みるけどすごく効く傷薬とか、すぐに熱は下がるけど30分笑いが止まらなくなる風邪薬とか」
それはひどい、と勇は眉を顰める。
「やだなあ、治験といってくださいよ」
「同じことだろうが!」
すると、急に神妙な顔つきになってクラウスは持っていた麦酒のジョッキをテーブルに置き、アドラの顔を覗き込んだ。
「その節は、大変申し訳ありませんでした……でも、あの頃のご協力があってこそ、僕はこうして一人前のメディックになることができました」
ありがとう、と微笑んで見せる。
「……あたしにそれ効かないの知ってるよな?」
見た目だけはいいので、何かミスをしたときは学校内ではいつもこれで乗り切っていたとアドラはあきれ顔でマルタンに説明する。
「そうなんだ、わたしはアドラより一年後に入学しているから、クラウスさんはもう卒業していたもんね……」
「今度あたしの学年のやつに会ったら聞いてみろ、女たらしのタコ野郎で通じるはずだ」
えぇ……とマルタンは驚いて引いている。
「いやだな、女たらしだなんて。みんな素敵なお友達です」
「おー、そうかよ、おめーに熱上げてた女子に聞かせてやりてーわ」
泣くぞあいつら、と零すと、アドラは残っていた麦酒を一気に煽った。
「あの、ずっと気になっていたことがあるんだけど」
「はい?」
「たこ……」
クラウスは苦笑して、遮る。
「まあ、蔑称ですよね……由来、あるにはありますけど」
やっぱり、と勇は頷いた。――魔族の集う学校の卒業生、ということは、彼だって普通の人間ではない。巧みに変化してこの街に溶け込んではいるが、きっと『なにか』なのだ。
他愛のない話をしながら食事を終えると、クラウスが提案する。
「ここだと人目が多すぎます、もう少し静かなところで積もる話をしたいですね」
「なんか情報持ってるのか」
アドラに問われ、クラウスはにっこりと微笑む。
「それは、もう」
悔しいけど、こいつ頼るほか無さそうだぞ、というアドラ。マルタンは、別に悔しくないでしょと笑ったが、アドラは本当に悔しそうだった。
「僕はこの街の女性の家に……下宿しているのですが」
「寄生の間違いだろタコヒモが」
「そんな貝ヒモみたいに……」
勇がアドラをどうどう、と宥める。
「まあ、ご厄介になっている家があるんですがね、そこでは話せませんし……今夜の君たちの宿に少しお邪魔して話しても?」
「そうですね、でもまだ宿が決まっていなくて……」
マルタンがそういうと、会計の釣銭を持ってきた女将がこの酒場に併設している宿ならまだ部屋が空いていると教えてくれた。
「それじゃあ、お部屋押さえてもらっても良いですか?」
三人でいくらだろうと財布の中を見ていると、女将が銀貨一枚、と答えた。グラナードの言っていた『格安宿』の金額だ。酒場に来るときに宿の入口も見たが、格安というには立派だった気がする。
「本当に?」
「うちの従業員が世話になったからね、銅貨三枚分はまけておくよ」
勇は食事をしながら、この世界の通貨概念をマルタンから教わった。銅貨は十枚で銀貨一枚の価値、これを金貨へ替えるには、また銀貨が十枚必要になるらしい。レートの変動が起こることもあるらしいが、大体これで安定しているとのことだ。
「ありがとうございます」
「駆け出しの冒険者なんだろ、頑張るんだよ」
「はい!」
マルタンがあどけない娘の顔で笑う。それだけで、女将はなんだかうれしそうにうんうんと頷いてくれるのだった。