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第2話

「なんか……疲れたね」

 マルタンは熱に浮かされた観衆の合間を歩きながら笑った。

「フルーツ屋の親父が言ってた『顔ファン』てのもあたしは頷けたわ……」

 アドラが大きなあくびをする。何か思案顔で黙ったままの勇の背を、マルタンはぽんぽんと叩く。

「イサミさん?」

「あ、あぁ、ごめん」

「何か気になることでもあったの?」

 勇は「でも確証はないし」と口をもごもごさせる。焦れたようにアドラは背を押した。

「確証なんてもんはあたしらの間には初めっからないだろ、思い当たることは共有してこうぜ」

 言われてみればそうか、と勇もなんだかおかしくなってきて、小さく笑う。

「そうだね、えーとね、まず、勇者の名前」

「ユウタだったっけ?」

「そう。俺の名前もだけど、イサミとかユウタって名前、この世界にちょっとなじんでないと思うんだよね」

 アドラはうーん? と考え込む。

「三文字ならあたしも『アドラ』だけど……」

「でも、一行の名前を考えると確かに『ユウタ』だけ浮いてるかな?」

 マルタンも首をひねる。

「ニホンに多い感じの名前なんだよ、名前の最後に『た』とか『き』とか付くパターン。例えばだけど、ユウタもそうだし、ユウキとか、ユウスケとか……日本風っていうのかな」

 試しにユで始まるこの世界の名前何か上げてみてよ、という勇に、二人は考え込んだ。

「ユリウス……ユークリッド……ユスティン……」

 全部本で見たことがある名前だけど……とマルタンはつぶやく。

「そうそう! そういう感じの名前って日本人では見かけないというか……」

「つまり、ユウタさんはニホンからきた可能性があると、そういうこと?」

 確証はないんだけどね、と勇がまたいうと、アドラはいーんだよ! と背を叩いた。

「そっから答えが出ることもあるんだし、外れでも別に困るこたないんだから言えよ」

「そうだよ、イサミさんの視点は今のわたしたちにはないものだから、そこから読み解けるものはどんどん読み解きたい。だから、ちょっとでもひっかかることがあったら教えて!」

 めずらしく前のめりになるマルタンに、勇は少し驚きつつも、頷いた。

「あとは……彼がこのゲームの元プレイヤーなのかどうか、ってことも気になるかな」

「なるほどな、転生してきたからって元プレイヤーとは限らないもんな」

「もし元プレイヤーだとすると、どんな影響が?」

 影響か、とつぶやいて、勇は少し考えた。そして。

「一つは、このゲームのバックグラウンドを知っている度合い……つまり、攻略度合いによって彼の強さが変わってくること」

「なるほど?」

 今のところ、ユウタたちは魔族を完全なる悪だと思っている。殲滅することこそが最善の道と捉えているのだから、どうあがいても彼らと対峙する未来というのは訪れるだろう。その際に、このゲームのシステムやら背景やらを知り尽くしている相手だった場合、自然、こちらが不利になる。

「霧の森、学校に炎の魔法を放った件を考えると、彼がこのゲームを全く知らないというのはあり得ないと俺は思うんだ」

 地図を一緒に見た時に説明したろ、という勇に、マルタンも納得する。

「そうだね……イサミさんのいう、オープンワールド? の前か後かはわからないけど……でもイサミさんより結構前にこの世界に来ている可能性は高いんじゃない?」

 俺もそう思うと言った勇に、アドラは確かにな、と頷いた。

「半年くらい前からかな、人間側からの攻撃が激化してるような気がしてたんだよ。先生たちはあたしたちを必要以上にビビらせないためか、状況を淡々と報告するだけだったが、やれあっちで魔族の村が襲撃された、物見櫓が壊されてた、隠しておいたはずの武器が盗まれたってさ」

 じゃあ、それ以前からユウタご一行はこっちに来ていて、活動が活発になったのが半年前位と仮定するとちょうどいいのかな、とマルタンはつぶやき、それから勇に次の言葉を促した。

「二つは、もしかしたら何かチート能力を持ってるのかもって感じ……かな」

「チート能力?」

 チートってイカサマって意味だよな、と問うアドラに、勇は一つ頷いた。

「そう、イカサマとか不正行為ってこと。まあ……転生っていうのにはそういうチートが付き物っていうか」

 勇のいた世界では、転生主人公が無双する漫画が流行っており、もしそれがここでも通用するのならばユウタも何かしらのすごい能力を与えられていてもおかしくはない、という推理だった。

「へー! そうなんだ……」

「じゃあよ、あんたもなんかすごい能力とか……」

 期待に満ちた目で見つめてくるアドラから、勇はそっと視線を逸らす。

「おい……」

「……ごめん」

「おいおい!?」

「ステータスカードとかいろいろ見てみたけど、なんか特別な能力はなかったんだよね……」

 ぴら、とカバンから取り出した一枚のカード、そこには、勇の名前と『旅人』という称号、それから、空欄になっているスキル欄、悲しいまでに1桁のものしかない各ステータス値が記されていた。

「……」

 かける言葉を失うアドラ。物理攻撃力と素早さに関しては3桁代に届かんというレベルのアドラは、こいつが冒険にでて大丈夫なのかと心配になった。マルタンでさえ、全てのステータスがギリギリ2桁に届いているというのに。

「……これから伸びるんじゃね?」

「ほんとなんかごめん……頑張る……」

 項垂れる勇に、マルタンは笑いかける。

「大丈夫、みんな成長して強くなるんだし、これで止まるって決まったわけじゃないし。ね」

 慰めが温かい分、逆に辛い。

「ほ、ほら、王城が見えてきたよ」

 マルタンに促されて視線を上げると、そこには白くそびえたつ美しい城があった。城門の前には衛兵が二人、退屈そうにたたずんでいる。三人が近づくと、ぼんやりした顔をきりっと繕って右側にいた衛兵が問うてきた。

「これより先はアロガンツィア城、何用か」

「討伐者の証が送られてきたので、登録とご挨拶に参りました」

 勇がよどみなく答えて頭を下げると、左側に立っていた方の恰幅がいい衛兵が更に問う。

「して、横の二人は」

「友人です。こちらのアドラは旅の護衛、こちらのマールは旅に必要なものの買い出しに付き添ってくれました」

「ふむなるほどな」

 いい友人を持ったな、と衛兵は朗らかにほほ笑む。嘘をついていることに少し良心が痛んだが、勇は礼を告げる。

「しかしな、王城にて登録できるのは討伐者証を持つ者だけなんだ。なので、二人は外で待っていてもらうしかないな」

「そうなんですね……」

 大丈夫? と目配せをすると、アドラとマルタンは大きくうなずく。

「おう、行ってこい。町で時間つぶしてるから」

「と言っても王都は広いからね、もし行く場所がなければ、街の西側にある酒場がおすすめだよ。あそこは遅くまでやってるし、値段も手ごろだ」

 恰幅のいい方の衛兵がにっこりと笑って教えてくれる。

「お前また実家の宣伝して」

 はじめに勇の要件をあらためてきた方の衛兵があきれ顔でため息をついた。店を教えてくれた方は、へへ、と笑うと、味は保障するからさ! と付け加えた。

「じゃあ、せっかくだしおすすめいただいたお店に向かいましょうか?」

「だな。田舎から出てきてアテもなかったんだ、助かったよ」

 んじゃな、とアドラは手をひらりと上げる。

 ここからは一時的にとはいえ一人だ。少し緊張した面持ちで、勇は開く扉の向こうへ一歩踏み出した。

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