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第1話

「しっかし、マル名演だったな」

 アドラはにやにや笑いながらマルタンの顔をのぞき込む。商人の娘に化けたマルタンは、色白なやや童顔の頬をぷうと膨らませる。

「からかわないでよぉ」

「からかってないさ、見事なもんだったぜ」

 アドラは門番と話していたマルタンのしゃべり方をそっくり真似て、「マールと申しますぅ」と猫なで声を出して見せた。

「アドラ!」

 ぽこぽことアドラの二の腕のあたりを叩く。これも、元のマルタンのサイズでは届かない高さだから新鮮なもので、アドラは声を立てて笑った。その時マルタンの肩に、誰かがぶつかる。

「おっと、ごめんよ!」

 花を抱えた中年女性だった。忙しそうに、パタパタと走り去っていく。

「忙しそうだったね、もしかして凱旋パレードに関わってる人なのかな」

 マルタンは中年女性が走り去っていった方向を見遣る。今歩いている地点よりも、はるかに人が多いようだ。沿道に場所取りをしている人までいるようで、相当な賑わいなのが見て取れた。

「ほら、ぼさっと突っ立ってたら危ないよあんたら。勇者様御一行の凱旋を見に来たんだろ、早く場所取っちまいな」

 フルーツのワゴンを出している店の親父が三人を手招きしている。

「俺のワゴンの前座って良いぞ」

 別に見物する気はなかったのだけれど……。そう言いだすこともできず、押しの強い店主に言われるまま、ワゴン前に腰かける。

「ど、どうも……?」

「代わりに一人ひとつなんか買ってくれよ」

 ですよねー、とマルタンは笑い、一番安いオレンジを三つ、勇が購入する。

「何時から始まるんでしたっけ?」

「11時からだから、先頭はもう動いてんじゃねえか? ここは終わりの方だからやや待つかもな」

 しっかしみんなお祭り好きだよなぁ、と親父がぼやく。

「こういうの、頻繁にあるんですか?」

 親父は視線を右上の方にやって、うーん、と考え込んだ。

「今の勇者様が現れてからはこういうパレードはちょくちょくある気がするね。一か月に1、2回ペースで、やれ敵の拠点を落としただの村を救っただの言ってお祭り騒ぎさ」

 あんたら王都じゃ見かけない顔だ、よそもんだろ? と今更確認してくる親父に頷く。

「よかったよかった。この町でこういうこと言うと勇者のファンのやつらは怒るからな~」

「そんなにファンが多いんですか?」

 そっか、よそ者のあんたらは知らないよなぁ、と親父はほくそ笑む。

「顔みりゃわかるさ。大体の女は顔ファンだよ」

 アドラはあっはっは、と大笑いして、それから意地悪く口角を吊り上げる。

「その勇者とやらの面拝んでやろうじゃねェか、なぁ?」

「アドラ、言い方……」

 『敵の拠点を落とした』ということは、人類の敵である魔族の拠点を落としたという事、自分たちの学び舎を崩壊させたかもしれない相手だ。顔がよかろうが何だろうが、絶対に面を拝んで覚えて、いつかギャフンと言わせてやる。アドラはその敵愾心を隠しもしないでオレンジにかぶりついた。マルタンはその様子をひやひやしながら見ている。ここで自分が毛づくろいをしてしまうよりも、アドラのこの態度の方がよほど正体を晒す要因になるのではないかと懸念してしまう。


「ほら、くるぞ」

 ワゴンの親父が指さした先には、警備の騎士が先導する形でパレードの列が迫っていた。

「あの出で立ちは、近衛兵? かな」

 勲章がたくさんついた軍服を着ている男を見て、マルタンがつぶやく。

「ああ、よくわかったな。パレードの先頭を行く一番華やかな騎士はこの国一番の剣の使い手だ」

 煌びやかな装飾品を纏った黒馬に乗ったその人物は、馬と対照的な真っ白な軍服に、ふわりとしたミルク色の髪を持つ秀麗な男であった。親父の話によると、この手のパレードのときは必ず先頭を歩くらしい。勇者、あるいは国王のお気に入りなのだろう。ちょうど、このワゴンのあたりがパレードの終点らしく、騎士は肘を軽く引いて手綱から馬へ停止の意思を伝える。カツン、と蹄を一つ鳴らし、黒馬はゆっくりと足を止めた。

「グラナード様ーッ!」

 沿道から黄色い悲鳴が上がる。名を呼ばれた騎士は、きゃあきゃあと騒ぎ立てる婦人たちに軽く視線を向けると、静かに右手を上げ、その手を己の胸へ持っていくと馬上から会釈した。それだけで、また一層大きな歓声が上がる。

「キャーッ! 今私の方見た!」

「私の方よ!?」

 ぎゃいぎゃいと騒ぎ立てる婦人たちに、グラナードは人差し指を立てて自分の口許へ持っていくと、ボルドーの瞳を伏せる。唇が、『お静かに』と動いた。すると、それに従って婦人たちは口を噤む。よくしつけられたファンたちだな、とアドラはマルタンに囁いた。

「だね。けど、メインはこの人ではないんでしょ……?」

「後ろの馬車にいるやつだな?」

 ひらりと馬上から降りると、グラナードは手のひらで馬車を指し示す。伸びあがってみてみると、白地に金の装飾がなされたパレード用の豪華な二人乗りの馬車には、金髪に碧眼の男と、真っ黒なローブを着た小柄な人が座っていた。ローブの方は、フードを目深に被っており、容姿や表情がうまくうかがえない。男のほうだけが、立ち上がった。

「皆さん、お集まりいただきありがとうございます」

 老若男女の割れんばかりの拍手、歓声があちらこちらから響き、建物の上階からは花びらや紙吹雪が舞い降りてくる。歓声がやや止んだのを見計らい、男は続けた。

「昨日、『霧の森』の中にあった、魔族の拠点をひとつ、殲滅いたしました!」

 瞬間、大きな拍手と歓声が再度あがる。マルタンは息を飲んだ。

 ――このひとが、彼が、学校を……。

「……」

 横では、アドラが口を横一文字に引き結び、眉間にしわを寄せている。

「マルタン、アドラ」

 勇が、拍手をしながら二人を諫めた。ここは合わせないと怪しまれる、と目配せで伝える。笑顔こそうまく作れないが、三人は見物客を装い、手を叩いた。

「ユウタ様ー!!」

 偉大なる勇者、ユウタ様! と、周囲の観衆が熱に浮かされるように次々に叫ぶ。それは大きなうねりとなって、広場を包んだ。

「ありがとう! 皆さん! そして、今回の討伐の功労者が、こちらにいる魔導士のソレイユだ! 彼女にも大きな拍手を!」

 真っ黒なフードを被った娘が、ユウタに手を取られて立ち上がる。秋口とはいえまだ日中は気温も高いというのに、口元まで覆ったローブの襟をさらに引き上げるようにして、ソレイユは視線を動かし、沿道に集まる人々を見た。そして、おびえるように目をつむると、ぺこりと一度お辞儀をして、そしてすぐに座ってしまった。

「ソレイユ様ー!」

「ありがとー!!」

 拍手とともに彼女を賛美する声もあがる。それに混ざるように、ひそひそと彼女を悪く言う声も聞こえた。

「なにあれ?」

「勇者様がせっかく紹介してくださっているのに、顔も見せないなんて……」

 パンパン、とユウタが手を二回叩いた。

「やあ、すまないね、ソレイユはとても人見知りなんだ。許してやってほしい。しかし魔法の腕は一級だ。敵の拠点を、大きな火の玉一発で焼き尽くした今回のMVPは間違いなく彼女だよ」

「……」

 俯いたままのソレイユ、拍手を求めるユウタ、そして、観衆の女たちの冷たい視線。それを三人は静観していた。

「……二台目の馬車にいる二人は誰なんだろう?」

 マルタンがちら、と後方の馬車を見ると、ワゴンの親父が親切に教えてくれた。

「ご一行を全く知らんとは、あんたら田舎から出てきたのか。あっちの白い修道服のコが、ネージュさんだな。見たまんま、僧侶だ。パーティーの回復役を担っているそうだよ」

 首元をすっかり覆い隠すハイネックの白いワンピースに、髪の毛の一筋も見せない白いベール、首からはアロガンツィアの門についていたのと同じ紋章を象ったネックレスを下げている。ネージュはこちらの視線に気づいたのか、エメラルド色の瞳をすっと細め、上品に手を振った。すると、三人の周囲の観衆がわぁっと声を上げる。

「ネージュ様がこちらを……!」

「なんて優しい微笑みなんでしょう!」

 老婆なんかは両の手のひらを擦り合わせて拝んでいるほどだ。後光が差さんばかりの神々しさがあるか、と言われるとマルタンにはよくわからなかったが、ファンは盲目なんだろうなぁ、と思った。

「隣の女性は?」

 マルタンは、また親父に問う。ネージュの横に座っていたのは、ゆるくウェーブがかかった榛色の長い髪を高い位置で結わえた女だった。窮屈そうなタンクトップの胸元には、3連のネックレス、耳には金のピアスが光っていた。彼女にも一定数のファンがいるらしく、名前が叫ばれている。

「フレイアーッ!」

 圧倒的に男たちの声が大きい。その声に気づいたフレイアは声の方に振り向き、藍玉の瞳を三日月形にして微笑むと、二の腕まであるロンググローブの指先を艶めくワイン色の唇に当て、自分の名を呼んだ男に向けてキスを投げてやった。

「おあああっ」

 投げキスの直撃を食らった男がその場に頽れる。マルタンはその音に驚き振り向いて、何が起きたのかと目を瞬かせた。

「はは、ファンサービスが手厚いあの子はフレイアだね。この近隣の街の領主の娘らしいけど、とんだお転婆だそうだ」

「すっご……アイドルだありゃ……」

 勇がつぶやくと、アドラはつまらなさそうにあくびを一つ。

「なァんか見た目で売れてるっぽくね? あいつら」

「そう見えるけど、『拠点を燃やし尽くす』力がある子が一人いる……よね」

 マルタンの指摘に、勇はそうだね、と短く返し、ソレイユの方を見た。ソレイユはというと、猫背になって観衆の目を避けるように小さくなっている。パレードの馬車に乗っている以上目立たないことは不可能だが、自分のことなど見ないでほしい、という態度だ。

「我々は皆さんを悪しき者の手から必ず守り抜き、この世界を滅ぼさんとする魔王を必ずや討ち取りましょう!」

 陽光を受けてきらめく金の髪の勇者が高らかに宣言する。その声に人々は歓喜の声を上げた。勇者様が守ってくださるのなら安心だ、とか、魔王をぶっ潰せ、だとか、興奮に任せて民衆は騒ぐ。

「ありがとう! 必ずや期待には応えましょう!」

 そう言って恭しく頭を下げた勇者。歓声の中、すとんと馬車に腰を下ろす。先導するグラナードが乗った馬に進むよう合図を出すと、民衆の熱気の中パレードは広場を去っていった。名残惜しむように人々は伸びあがって拍手を送り続ける。やがて勇者一行が見えなくなると、祭りの後の高揚感と少しのけだるさのような空気が広場を包んだ。三人は、大きくため息をつく。

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