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第9話

 マルタンはメタモルポーションをひっくり返して、裏に成分表がないか見ている。瓶には何の表記もなく、シールなども貼っていない。ただ、黄緑色の液体が揺蕩うだけ。

「ねえ、イサミさん、これってさ、何はいってるかわかんないよね……?」

「うーん……さすがに……」

「ネギとか入ってないといいんだけど……」

 ユリ科の植物ダメなんだよね……とつぶやくマルタンに勇はそんなとこもハムスターなんだ、と思うと同時に「え、それって危険すぎない?」と我に返る。

「マルタン」

 ちょっと待って、と止める前に、もうマルタンは瓶に口をつけていた。アドラも止めようとしていたのか、伸ばしかけていた手を引っ込める。

「……マルタンってなんかやたら思い切りがいいところあるんだよなぁ」

「い、命に関わるのにいいの!? これ!?」

 すっかり瓶の中身を飲み終えたマルタンの体がまばゆく光りだした。

「これ成功してんじゃねぇか!?」

「いける! 多分」

 当事者のマルタンは一言も発さぬまま、光が強くなる。瞳を焼き尽くさんとするような閃光に二人がぎゅっと目をつむったその直後、光は何事もなかったかのようにすんと消えた。


「どうかな」

 とんとん、と二人の肩を叩くマルタンの手は、白く細い指の女性のものに変わっていた。

「こんな見事に変わるもんなんだなぁ」

 すげえじゃん、とアドラがマルタンの背を叩く。その背には、ゆるくウェーブのかかった亜麻色の髪がふんわりと揺れていた。先刻の行商の女の一人と瓜二つだ。

「どういう設定でいく?」

「設定とかいるの?」

「作りこんだ方がボロでなくていいとおもうぞ」

 なるほどね、とマルタンは考え込む。

「この見た目なら行商人とか町人とかその辺だよね、戦える感じじゃないイメージ……」

 勇の指摘に、マルタンはそうだねぇ、と頷いて、それから……。

「じゃあ、幼馴染とか。旅立つ幼馴染の身支度と見送りをサポートする感じ」

「血縁者のほうがよくないか?」

 幼馴染ってだけでそこまで熱心に尽くすもんかね、とアドラに言われて、勇は一理あるとも感じたが、顔が全く似ていないという点で怪しまれる可能性を捨てきれないことを考えた。

「悩ましいとこだけど、幼馴染で良いかも。感情が激重めのなら甲斐甲斐しく世話焼いてもまあ……」

「うっわ、あたしそういうの苦手だ」

「設定! 設定だから!」

 なるほどわたしは面倒なおせっかい幼馴染をやればいいのね、とマルタンが笑うと、アドラは大げさに肩を竦めて、おえ、と舌を出して見せた。

「で、薬の効き目はいつまで?」

「ゲーム内では24時間だったから……」

 バッグから取り出した懐中時計を開く。現在時刻は午前10時過ぎだ。今日はどこか宿に泊まるとして、明日は早朝に出立すれば問題ないだろう。

「よし、それじゃ行こうか」

「間違ってもその姿で毛づくろいするなよ」

「わかってるよぉ」

 男一人、大柄な女と小柄な女の組み合わせで、勇一行は王都へと歩みを進めていった。


 30分ほど歩いただろうか。王都の門へとたどり着いた一行は、目配せをする。打ち合わせ通りにいけば問題ないはず……。

「こんにちは、旅の方かな」

 地図で確認したとおりであれば、ここは王都の北門にあたる場所、北には魔王城があるとされているから、王都の四方位にある門の中でも北門の警戒は一番強いものになっていると想定される。万が一にでも怪しまれてはならない。

「はい、この度討伐者に選出されましたイサミと申します」

 そう答えてバッジを見せると、門番は帳簿に何かを書きつけた。

「ふむ……して、出身は?」

 勇はまずい、と思った。表情に出ると気取られてしまう。その一瞬の隙で、門番は眉をひそめた。その時だ。

「申し訳ございません、あまりに田舎なので、少し恥ずかしくて……これより北方の、セイヴェ村ですわ」

 マルタンがしなを作って、にっこりと笑う。

「セイヴェ、名前しか聞いたことがないなぁ、そんなに田舎なのかい」

「ええ、なぁんにもない村ですの。イサミもわたしも、村を出るのは初めてなもので……」

「ほう、君も名前を改めさせてもらっていいかい」

 門番に問われると、マルタンは愛らしく微笑んで、淀みなく答えた。

「マールと申します、討伐の力はありませんが、彼の出立の付き添いで参りました」

 ついでに、王都でお買い物なんかもできたら素敵ね、とアドラを振り返る。

「ん、お、おおう」

「そっちのお嬢さんは」

「あたしはアドラ。こいつらの友人で、イサミ一人じゃ心もとないんでね。護衛になってやるつもりで来た」

 門番は、無駄な肉がのっていない筋肉質なアドラの身体を見て、なるほど、と頷いた。

「そんなまじまじとみるなよ」

 もういいか? と笑うアドラに、門番は気まずそうに視線をそらし、すまんすまん、と謝罪し、あんたならしっかり護衛が務まりそうだな、と付け足した。

「当然。そんじゃ、失礼するよ」

「出立の予定は?」

「長居はしません、明日の朝にでも発ちます」

 そうか、と答え、門番は三人を呼び止める。

「今日は凱旋パレードがあるから、人混みには気を付けるんだぞ」

 凱旋……? ひっかかったが、ここで聞き返すと怪しまれる可能性もある。ありがとうございますとだけ答え、勇は王都の中心部へと向かった。




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