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第5話

 雨音の中、3人は勇のランタンを真ん中に座る。

「まず、だ。あたしたちなんだが、魔族防衛専門学校ってところの学生なんだよ」

「え、学生さんだったんだ」

 っていうか、魔物にも学生とかあるんだ、と勇はつい零してしまった。

「ま、人間は知らないだろうな。あたしがファイター職つって、基本的に物理攻撃の学科で学んでた。で、マルタンは『レジスタンス』だ」

 レジスタンス? と聞き返すと、マルタンは少し恥ずかしそうにうなずく。

「はい、レジスタンスっていうのは、適合者がすごく少なくて……わたしたちは生まれてから5年から10年くらいの間に適合職の診断を受けるんですけど、私はその職に適合したんです」

「レジスタンスって、俺が住んでいた世界では『抵抗』という意味だけど……」

 うんうん、とマルタンは頷く。

「そうです、レジスタンスは抵抗者……いわゆる、人間族の『勇者』を筆頭とする、魔族を討伐しようとする者たちへの抵抗のため魔族の柱になりうる存在を指します」

 え、と勇はマルタンを凝視する。マルタンってもしかして、すごいんじゃ……。

「まあ、まだ見習いみたいなもんだからマルタンがめちゃくちゃ強いってわけじゃないよ」

 それを察して、アドラは捕捉する。それに、マルタンはというと、まだ恥ずかしそうに縮こまっている。

「だからあんまり言いたくないんですよう……わたし、戦うの好きじゃないし……」

 確かに、出会ってからずっとマルタンは戦闘を好まない姿勢を勇に見せていた。それに、こんなにふわふわな巨大ハムスターが戦闘……と考えると、ほかのミノタウロスやらゴーレムやらがいるであろうこの世界で通用するのかと首をひねってしまう。

「まあ、マルタンはそういうけどさ、レジスタンス職が発現するのってすごく珍しいんだ。魔族を守る幹部的な役割になるからな、本来なら」

 アドラはそう言って、腰のポーチから取り出したナッツを一粒口の中へ放り込む。この世界ではナッツは回復アイテムだ。アドラも疲弊していたのだろう、ひとつため息をつき、それで、と口を開いた。

「あたしたちは、その学校を突然焼き討ちされたってわけさ」

「逃げてきた、っていうのはそういう……」

 そ、と頷くと、アドラは眉間にしわを寄せた。

「うちの学校は毎朝簡易的な朝礼をやってるんだけど、その時に校舎を丸焼きにされたわけ」

 丸焼き!? と勇は思わず声を上げる。マルタンはその声の大きさに少し驚いて、それから肯定した。

「巨大な火球が直撃したと聞きました。延焼も異常に早かったと思います」

「焼夷魔法を重ね掛けしてたんだろうな、ありゃ」

 焼夷、と聞いて勇はこちらで言うところの焼夷弾ということを理解した。火球というと、勇がもといた世界では一般的に隕石を指すが、話の流れ的におそらく炎、あるいは流星の魔法の類であろう。その魔法にそんなものを重ね掛けできるだなんて、どれだけ強い、鬼畜な相手なんだろうと驚きを隠せない。

「あたしが逃げたあと上空から確認した感じ、跡形もなく焼け落ちてたよ」

 辛いったらないね、と続け、アドラはあぐらをかいた膝に頬杖をついた。

「いったい誰がそんなことを」

 勇が言うと、二人は顔を見合わせて、それからうーん、と唸る。

「それが、わかんないんだよな、ものすごい魔力を持った奴が来たってことくらいしか」

「うん……そもそも、学校は王都からは割と近いかもしれないけれど隠遁の魔法がかかっているし、鬱蒼とした森の中だから人間にはそう知れていないはずだったんだけど……」

 勇は一つ思い当たることがあった。ここへ転移してくる直前、『救世の光』は大型のアップデートがなされたのだが、その際に一部の地域がオープンワールド化したのだ。本来魔族の幹部をある程度倒してからでないと入ることのできない『霧の森』が、オープンワールド化アップデートの際にだれでも入ることができるようになった。もっとも、腕に自信のある者、ある程度装備がそろった者でないと危険なのに変わりはないのだが、物理的に規制がかかっていた場所に入ろうと思えば入れる状況が出来上がっていた。と、いうことは……。

「さっき、ゴブリンのポーチを奪った冒険者からマップをもらったんだけど、二人は地図は読める?」

「ああ、ある程度ならな。あたしは人間の地図がどんなもんか知らんが、見せてみろ」

 アドラに促されて、勇は洞窟の地面にマップを置いて広げて見せた。

「それ、あいつのポーチに入ってたのか?」

 なんだって人間用の地図なんか持って歩いてたんだ、というアドラに、マルタンは答える。

「ゴブ君、地理の授業取ってたから……。採掘を学んで友達の武器職人をサポートしたいっていってた」

「ああ……それで……」

 魔族の地図だけでは、人間の領域の情報が薄すぎる。逆も然りだ。地理を学ぶ場合は、両方の地図を用いて鉱山の場所や危険地域を把握していくものらしい。

「やっぱりあたしらの学校は描かれてないな」

「そうだね……ひょっとして、この『霧の森』ってところがそう?」

 王都と他の都市の位置から、マルタンはかつて学び舎があった位置を割り出す。

「南東に王都、北に湖……ああ、そうだな、大体あってると思う」

「ということは、今わたしたちがいるのは多分だいたいこの辺だね」

 マルタンは霧の森から少し東、王都よりも北の位置を指さした。

「これは仮説なんだけど」

 勇は王都を指さす。

「王都から、魔族を討伐するために勇者が直接北上してきたって可能性があるなって」

「そんなまさか」

 だって、この場所は人間には知られていないはずだぞ、とアドラが口をとがらせると、勇は首を横に振る。

「マルタンには話したんだけど、俺はこの世界が舞台になっているゲームをプレイしてきたんだ」

 なんだそれ、と首をかしげるアドラに、ゲームの概念とこのゲームの趣旨を説明してやると、アドラはその目に憤慨の色を滲ませる。

「なんだよ、それ……人間サマがずいぶんと正義じゃねえか、それに魔王様が1000年前に封印されただァ? ほら吹きも良いとこだぞ」

「その話はまた詳しく聞かせてもらうとして、なんでここに勇者が直接来たって考えたかなんだけど」

 勇の立てた仮説はこうだ。巨大な火球を放ってきた者は、この霧の森の中に魔族のなにかしらの拠点がある、もしくは、あるかもしれないと想定してここへ入ってきた。だが、マルタンたちの言うように、この世界の住人は『霧の森の中に魔族の拠点があるということは知らない』はずなのである。また、ゲーム内では霧の森の中に魔族の要塞があるとわかるのは少しストーリーを進めてからだ。そこから割り出せることは、学校を襲撃した相手は『この世界の住人ではない』という可能性、そして、『ゲームをある程度プレイしたことがある者』――つまり、勇と同じく転生してきた者ではないか、ということだ。

「確かにな。霧の森の中を迷わず、学校の南側の正門から攻め込めるってのはある程度『知ってる』やつの動きだよな」

 言ってから、アドラは、ん? と声に出して、それから、イサミ、あんた異世界人だったんか、と声を上げた。

「あ、ごめん言いそびれて……」

「魔族への偏見が少ないのも、あんたが異世界人だからなのかもな。この世界では人間のほとんどがあたしら魔族を嫌ってるし、極悪非道のなにかだと思ってやがるんだ」

 勇は、どうだろうと小さく笑った。

「俺の場合、初めに出会った魔族が良かったのかもしれないよ」

「え?」

「マルタンか」

「うん」

 はは、とアドラも笑った。

「違いねぇな、マルに急に出くわしたら、すぐ斬り結びでもしない限りは毒気抜かれちまうよな」

 顔を見合わせて笑う二人にマルタンは頬を膨らませる。

「ど、どういう意味ですかぁ……」

 そんなマルタンの頭をぽむぽむと撫でて、アドラはごめんって、と言った。

「そんだけ、マルがいい奴ってことだよ」

 だけど……ってことはさ、とアドラは続ける。

「焼き討ちしてきたやつは、マルみたいなやつに出会ってない、且つ、魔族に対する強烈な敵対心や復讐心がある? あるいは、王命や伝説を強く守る意志があって、それでがんばっちゃってる……みたいな感じか?」

 だんだんイメージがわかってきたぞ、とアドラは目を閉じた。勇は、仮定に過ぎないけどそんな感じ、と謙虚に付け加える。


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