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第4話

 マルタンは勇の言葉に頷く。

「もちろんです」

 ありがとう、と返して、勇はその場に屈んだ。そして、なんの躊躇もなくゴブリンの亡骸を抱き上げたのだった。

「イサミさん?」

「その前に、彼を弔いたいと思って」

 泥水にまみれたゴブリンの体を抱え、洞穴の近くの木が茂る場所まで移動する。そして、これまた泥水で汚れた木の枝を拾い上げ、湿った土を掘る。マルタンも、小さな前足で手伝った。

「魔物ってさ」

 ざく、ざく、ぐちゃ、と音を立てて穴を掘る中、勇はマルタンに問うた。

「はい」

「こうやって倒された後、ずっとこのまま放置されてることが多いの?」

 亡骸が放置される、ということはその場所で朽ちるという事。それが日常なのかと勇は懸念する。

「放置されても、我々魔物は一定時間を経過すると消えてしまいます。砂みたいに……もしくは、魂が彷徨っていわゆるアンデッド系の魔物に変わったり、自我を失って暴れたりすることがあります」

 生まれつきアンデッドの魔物は自我もあるし、理性もあるのだが、悲惨な死に方をして魂が迷った魔物は『動く死体』ともいえるものになり、人も魔族も無差別に襲うことがあるのだという。

「それじゃあ、人を襲う魔物……人間たちが討伐対象とする魔物って」

「そうだと思います、悲痛な死を遂げた者たちが……」

 簡易的な墓穴を作り終えると、そこに勇はゴブリンの体をそっと横たえた。ちょうど、すっぽりとおさまるかたちになる。マルタンは、手を祈りの形に組み、そして続ける。

「病死や寿命で亡くなる魔族は、こうして弔われ、祈りの気持ちと共に送られます。そういった方々は蘇ることも、自我のないけだものになり果てることもなく、眠ります」

 勇は、やはりこの世界は何かがおかしいと感じた。

「このゴブリン君は殺されてしまったわけだけれど……」

「はい、このように簡易的にでも誰かの手で送られれば、人を襲う魔物になることはないです」

 ありがとう、とマルタンは勇を見上げた。

「うん」

 ゴブリンの体に、土を覆いかぶせていく。湿った土が、少しずつゴブリンの体と顔を隠し、やがて小さな小さな墓が出来上がった。ただ、土が盛ってあるだけの粗末な墓に、近くに咲いていた花をそっと手向ける。と、直後。


「……タン!」


 ぴく、とマルタンの耳が動いた。

「どうしたの?」

「今、上空から……」

 言いかけたとき、バサッ、と勇たちの真上から鳥の羽音が聞こえ、そして――。


「マルタン!」

 低めの女性の声が響いた。

「え?」

 ザァッ、と音を立て、勇とマルタンの間に割り込む形で猛禽類の足が地を擦る。

「大丈夫か!?」

 マルタンを背にかばうように、大きな鷲の足を持つ女が翼を広げたまま勇を睨んだ。女は、勇よりも頭一つ分背が高い。その褐色の肌に、汗がにじんでいた。一触即発か、それを止めるためにマルタンは女の足にしがみつく。

「待って! この人は悪い人じゃないから……」

「やっぱり人間族なんだな? マル、あんた騙されてやしないか? 本当に大丈夫なのかい」

 言いかけて、女は泥だらけになっている勇に気づいた。女の金の瞳の瞳孔がぐっと大きくなった。

「あんた……何してたんだ?」

「ゴブ君が別の人間に殺されて……イサミさんは一緒に弔ってくれたんだよ」

 女は言葉を失い、そして、眉尻を下げた。

「そうだったのか……」

 背の翼を静かにたたみ、そして顔の前で手をパンッ、と合わせ、頭を下げる。

「あたしの早とちりだったみたいだね、悪かった。この通りだ」

「いえ、顔を上げてください」

 それよりも、あなたは……? と問うと、女はバツが悪そうに頭をかいて答えた。

「アドラだ」

「アドラさんですね、俺は勇といいます」

 ぺこり、と頭を下げると、アドラは白いメッシュの入ったブルネットをわしわしやって、首を横に振った。

「アドラでいい、さん付けされるとなんかむずがゆい」

 それで、とアドラは勇の装備を上から下まで品定めするように見て、首をかしげる。

「イサミ、あんたはなんでゴブリンの埋葬なんかしてたんだ」

 人間は普通そんなことしないぜ、と長い翼型の耳に前髪をかけなおす。ツーブロックの刈り上げがちらりと見えた。

「俺の目の前で、角を折られていたんです。マルタンの知り合いでもあるし、それに、遺体を放置すると自我を失うって知って……」

「同情か?」

 ハッとして勇は口をつぐむ。

「……いや、悪い。あんたが善意でやったことにこんな言い方はないよな」

「いいえ、……同情というか、偽善なんだろうとは思います、俺のやったことは」

 マルタンはそこに少し被るように言葉をかける。

「でも、優しい気持ちがないとこんなことはしないよね」

 アドラは歯を見せて笑う。

「ああ、そうだな。こんな人間は初めて見たよ」

 勇は、魔族と人間との間の軋轢をひしひしと感じていた。この世界では、端から魔族とはこういうもの、人間とはこういうものだというイメージがあり、その思い込みで互いを見ているのだろう。だが、不思議なことにマルタンとアドラは事情を説明すればすんなりとそれを理解し、受け入れてくれた。もっと疑われたり、攻撃されたりしてもおかしくないものだが……。

「校長先生が言っていた通りだったね」

「確かに」

「校長先生?」

 勇がその話を詳しく聞こうと身を乗り出したとき、ぽつ、ぽつ、

と雨が再び降り始めた。

「っと、その話は雨宿りしながらだな」

 アドラは先ほどまで二人が使っていた洞穴を指さす。二人も頷いて、洞穴に雨宿りに入った。

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