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第10話 まずは味方を作りましょう

「……脱線したが、そういった特殊な国だ。季節を定着させ、魔法陣が展開する期間しか色が付かない。キャンパスのように、この国は白であり続けなければならないからな」

「それは……まあ、分からなくないですが、何故食べ物まで……見た目って大事ですよ」

「その当たりの調整は土地神なのだが、あれは大雑把だからな。そのように色合いを残すと、後々面倒だから国全体の色を取り上げたんだろう」


 シルヴィアは頭が痛くなった。なぜこうも人外は──と心の中で毒づいた。


「んんっ……何という雑さ。ミルクティーからミルクだけを、抽出するようなものなのでしょうね。もし林檎を一つ手に入れるのに、林檎農園をばっさりやってしまうのであれば、改善してほしいです! 食事の色は大事です!」

「本人に言ってやれ。というか料理だけでいいのかよ」

「……言ったら言った面倒なことにしかならない気がします。食べ物以外は……まあ、常時白でも」

「食い意地がはった奴だ」


 アルベルトは灰皿がないことに気付き、吸い殻そのものを灰にして消し去った。人外は何でもありなのだとシルヴィアは突っ込まなかった。


「まあ、自分で言ったものの、面倒は起こすなよ」

「善処します」

「ふん」


 アルベルトはカップに口を付ける。

 それだけの仕草なはずなのに、絵になってしまう。「これは異性にモテるだろう」とシルヴィアは渋面な顔をしつつ、絵の具のように白い液体に、角砂糖とミルクを入れた。

 ベルナールはミルクと角砂糖を四つ入れて、両手でマグカップを持ちながらちびちび飲む。こっちは何だか可愛らしい。シルヴィアの中では、癒し要員にランクインした。微笑ましい。


「ちなみに、その(クソ雑な神様)方は、どこにいるのでしょう……」

真珠パールホワイトの城だな。この国の王が土地神ではないので、会えるかどうかは分からないが」

「それは依頼、それとも試練扱いになるのでしょうか?」


 もし依頼か試練のどちらかであれば、仕事して報奨金が出るのだ。狡賢い人間シルヴィアは、この機に乗じて新しい仕事を探すことに余念がない。しかしその目論見は、すぐに崩れてしまう。


「どっちでもないな。色に関して土地神は望んでいない──興味もないし、この国の住人からの依頼も上がってきていない。飲食の時の色は些末なことだと思っている」

「率直に言って、この国大丈夫ですか?」

「おい」

「すみません、本音が漏れました。でも食事に色がないのって……食欲失せません?」

「……その分、季節が固定した時は季節の色が、この国を彩る。季節限定の料理や色合いに特別感を見いだす連中が多いから、大して問題になっていないんだろう」

「別の国で十八年間、色のある生活が身についているので、馴染めるか不安ですね。……しかし、この空間というか、?」

「お前がこの領域を買い上げたからだろうな。本来の色が戻っている」

「え」

「……あと、ここは箱庭オーリムの一部だけれど、領域内の最高権限は僕だったのと、それを君に譲渡した。そして君が望んだから、君の心象風景を反映して色が戻ったようになったんだ」

「ふ、ふーーん???」


 星のような煌めきを持つ露草色の双眸が、シルヴィアに向く。あまりにも純粋すぎる眼差しに、シルヴィアは少しだけ反応に困ってしまう。

 初対面に近い状態でシルヴィアに好意を寄せるものは、殆どいなかったからだ。

 ベルナールはじい、と見つめてくるので目が離せない。

 気まずさというよりは、気恥ずかしい気持ちが渦巻く。悪役令嬢と言うだけで、苛烈すぎる十八年だったせいで、敵意や悪意以外の視線の対処が分からないのだ。


「ええっと……」

「君を見ていても……崩れて消えない。こっちを見返してくれる」

「不穏当なワードがちらほら……。むしろ私が見返しても、不快になりません?」

「ううん……。悪意とか殺意がない視線は……何だか……胸がざわざわする」

「胸がざわざわ? 風邪ですか?」

「なんでだよ」


 ベルナールは自分でも気持ちの変化が説明できないのか、おろおろしている。ワンコのようで可愛い。

 シルヴィアは、もう少し踏み込んだ質問を投げかける。


「人間を食べたいとかの欲求ではなく?」

「……うん。僕は人間を食べないよ?」

「よかった。……もし主食あるいは副食が人間と言われたら、この家から追い出すか滅ぼすしかなかったです」

「なんだ、その二択は……。鬼か、鬼だな」

「し、失礼な! 使い魔兼同居人として身の危険を考えるのは、当然ではないですか!」

「は? ……は??」

「どうきょ……にん?」


 アルベルトとベルナールの二人は固まっていた。シルヴィアは力強く頷き、本来の目的――呪い回避を隠すため、誇らしげに使い魔兼同居の話を提案する。


「はい。私はこの国に来てさほど経っていない新参者ですので、衣食住の生活環境及び、この国に詳しい方がいてくれると助かります。このドラゴン――ベルナールさんは飛べるだけではなく、お話もできますし、洋館の内装のセンスも私好みでベリーパープェクトなのです。友人あるいは式神使い魔など、お互いに危害を加えない誓約か契約が結べれば、とっても頼もしいと考えました!」

「よし。お前のポンコツ具合が、どの程度だか分かった。とりあえず教会に連れて行って、常識と協調性を育む方が先だな」

「え、嫌です」

「即答かよ!?」


 気のよさそうなドラゴンと、ある程度自由のある生活が目の前に転がっていたら、誰だってこちらを選ぶだろう。なぜ窮屈な教会暮らしをしなければならないのか。

 もちろんこの場合は、『ドラゴンが友好的かつ割と無害そうだ』と言うことが前提だが、シルヴィアは人間と人外の価値観が同じではないことを、転生する前の世界で学んでいる。


 人ならざる者との接し方は、初めてではないのだ。もっとも前世で出会ったものたちの姿は、ホラー要素満載だったので、視覚的に心臓に悪かったのだと付け加えておこう。とにもかくにもシルヴィアは人外の価値観がぶっとんでいることを十二分にしっているのだ。


「(ベルナールさんは祖父に雰囲気が似ている気がするし、出来るだけ今のうちに協力者を揃えておきたい)私はもうこの洋館の素晴らしさに魅了されたので、教会の規則正しい共同生活はパスです」

「……やっぱりそれが狙いか」

「(正確には貴方と出来るだけ距離を取って、関わりたくないからです……とは言えない)まあ、そうです」

「協調性を鍛えてなおかつ、この国での生活に順応するためにも、共同生活は悪くないだろうが」


 それは尤もな理由なのだが、悪役令嬢の設定のせいか全くもって同性には嫌われるか、陰謀に巻き込まれて友人がお亡くなりになるかの二択しかない。

 悪役令嬢の役割はすでに終わっているものの、トラウマをわざわざ再発させたくはないのだ。

 この国では、自由かつ楽しく穏やかに暮らしたい。


「決定権は私にあるでしょう。それに私は自慢ではないですが同性の友人には嫌われ易いので、いきなりの共同生活を強いられるのであれば、一人の方が精神的に安心できます!」

「ベルナールが了承していないのに、勝手に話を進めるな。おい、お前はそれでいいのか?」

「僕と……暮らしてくれるの? 嬉しい」

「そうか、お前はそれでもいいのか……」


 ベルナールはわなわなと声を震わせて、シルヴィアに聞き返す。目がキラキラとしているのを見るに、悪い反応ではなさそうだ。


 祖国以外のお国事情に疎いシルヴィアは、できるだけ情報収集をするためにも、無害かつ知的そうなベルナールを候補として選んだ。

 アルベルトと天秤に掛けたら、という二者択一だったが悪くない選択だとシルヴィアは自画自賛する。


「はい。住むに当たってのルールをすり合わせて、お互いに納得ができる見解を得ることができるのなら是非!」

「人間と住めるのなら、なんでもいいよ?」


 そう提案するベルナールに、シルヴィアは朗らかに微笑んだ。

 シルヴィアは「この竜がとても優しい存在なのだろう」と嬉しくなったと同時に、そんな彼が一人ぼっちで暮らしているのは、胸がギュッと締め付けられるような気持ちになった。


 それでも彼は、いつか自分と同じテーブルに立ってくれる人を待つことを選んだのだろう。ずっと、ずっと待っていた。その条件を満たすのが自分でよかったと、シルヴィアは深く思った。


「ありがとうございます。……ですがそれだと、いつかベルナールさんの心がすり減って疲れてしまうかもしれないので、お互いに譲り合うイーブンな場所にしましょう。私と貴方は言葉を交わすことができますが、人間と人外との価値観は異なることが多いですからね。それに気付かずに、互いに互いの常識をぶつけてしまうと、悲劇的な結果を生むと思います」

「……うん、そうだね。僕も人間と暮らそうとして、何度も失敗してきた。一緒に居ることができるのは、初めてだから……分からないことばかりだけれど、君と長く暮らしてみたい」

「はい! こちらこそふつつか者ですがよろしくお願いします!」


 シルヴィアはベルナールに手を差し出して、握手を求めた。ベルナールは少しもじもじしつつも、指先をつんと触れ合った。シャイで可愛らしい。

 アルベルトは不機嫌な顔をしたまま、何だか数学哲学者のような難解な問題を前にしているような、ピリピリした空気を漂わせている。


「チッ……それなら使い魔の仮契約にしておけ。三カ月の間にすり合わせを行い過不足、過剰分もないように調整した後、それで問題ないなら正式契約する方がいいだろう」

「(舌打ちしていた割には、ちゃんとした提案してくる)……ありがとうございます」



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