露草色の双眸に憎悪の色はないものの「いきなり殴って家まで強奪した人間に激昂してもおかしくない」とシルヴィアは考え、先手必勝とばかりに叫んだ。
「アナタを倒したことで、この空間の所有権は私の物になりました。そしてドラゴンさんの姿もかっこよかったので、人間を捕食しないのであれば、特別に乗り物的な使い魔にしたいです。どうでしょう、私と契約しませんか!? いえ是非してください! しましょう! 幸せにしますわ!」
「とんでもない上から目線だな。一応アイツは古竜の王なのだが……」
「乗り物になる!」
「なるのかよ!? 即答だな、おい!」
「やった!」
ドラゴンはシルヴィアを見た瞬間、瞳に涙を浮かべて「わぁあん」と泣き出したのだ。最悪室内での戦闘になると身構えていたシルヴィアは、拍子抜けしてしまった。
獰猛ではない、温厚そうなドラゴンなのかもしれない。
(どうしよう! すごく可愛い! 撫で回したら怒られるかな?)
「僕と一緒に行っても死なないっ……やっと……見つけたっ……!」
「……んん? もしかしてあの精神圧に耐えたのは、私が初めてなのですか?」
「のようだな」
(と言うことは、このドラゴンさんって、それなりに強いレベルなのかしら? 祖国では比較対象がいなかったから不安だったし、レベルも上限とかないから上げるだけ上げていたものね。レベル100でカンストしないから、上には上がいるのだと思うけれど……)
シルヴィアは非常に不本意ながら、傍にいたアルベルトにアイコンタクトで尋ねた。面倒くさそうにしつつも煙草を取り出し、指パチンで火を付ける。ちょっとした仕草で魔法を使うとか、格好いいと思わず見惚れてしまった。
「……なんだ? 惚れたか?」
「指パッチンでライター代わりに火を出すなんて、ファンタジーっぽくって素敵だなって思いました――が、………………あくまで魔法発動時の仕草だけです。こちらのドラゴンさんが同じことやっても同じ反応をします! ええ、同じ反応をしますとも!」
「お前は一々突っかかる言い方をする奴だな」
「(しまった……。気を抜くと本音がぽろっと出てしまう。適度な距離感……大人の対応……)……ソンナコトナイデス。ワタシ、トテモユウコウテキデスヨ」
シルヴィアは単調な口調で告げたが、それが余計に怪しかったのかアルベルトは訝しげな視線を送ってきた。
「はぁ。いいか、アイツの名はベルナール。竜の中でも……まあ、そうだな。特殊で、常時精神圧を放っているため、儚い存在は一瞬で魂ごと摩耗させる」
「ベルナールさん。……そう言えば先ほどベルナールさんを倒したことを試練と言っていましたが、依頼とは何が違うのですか?」
「ああ、よく気づいたな」
(ドヤ顔ムカつくな……)
「教会には様々な依頼がくるが、その中で高リスクな依頼は【試練】として区別している。挑戦者の実力を教会側で把握し、どのような形であれ自己責任となる旨の誓約を第三者立ち会いの下で許可されるものだ。……今回のことはベルナールから試練内容を聞いて承諾しているんだが、お前は説明も無しに成功させた。前代未聞、他の人外たちも驚いていたぞ」
「そうなのですね」
アルベルトは何だかんだ言いながらも、必要な分の情報をシルヴィアに与えた。眼前の竜族はわんわん泣いて話が進まないので、とても有り難い。
「(だからギャラリーでは『運が悪い』とか言っていたのね)……と言うか今まで頑強な方は、いらっしゃらなかったのが驚きです」
「まあ、そうだな。耐性がある人間ほど竜ではなく妖精や魔人に興味を示す。あの竜と契約を結ぶのなら、俺が教会側の立ち会人となるがどうする?」
「よろしくお願いします」
即答するとアルベルトは目を見開き、そして不機嫌そうに顔を顰めた。シルヴィアが即答するとは思わなかったのだろう。
「お前は……。もう少し考えてから発言した方が良いんじゃないか? 早死にするタイプだぞ」
「今回は即断即決した方がいいと判断しました!」
「そうか。……おい、ベルナール。いい加減泣いていないで珈琲の一杯でも出せ!」
(横暴大魔神……。契約が先では?)
「お茶を一緒に飲むことができるなんて……今日は記念日がいっぱいだ。すぐに用意するよ」
(超ポジティブ! 曇りなき眼……っ。トカゲみたいな尻尾が揺れて……大型犬みたいな反応する人だな……。間違いなく素直で天然さんっぽいし、本来はとっても優しい子なのかも)
ベルナールというドラコン――竜は涙を拭うと、ダイニングでささっとコーヒーを入れてくれた。しかしどうにもコーヒー特有の香りが薄いことに、シルヴィアは違和感を覚える。
アルベルトは我が家のように、テーブルを囲んだソファの一角に腰を下ろして寛いでいた。
シルヴィアよりも神経が図太いと言わざるを得ないだろう。そんなことを思いつつ、アルベルトから離れたソファに腰を下ろし、聖女候補についてのパンフレットに目を通す。
ふと一瞬だけ、アルベルトが眉をひそめた。
(この国、というか人外特有のマナーなどがあるのかしら。元世界の上座とか下座みたいな……。まさか近くに座るとでも思った? そりゃあラフェドに記憶が残っている、あるいは親しくなりたいと思ったら近くに座りたいけれど、呪いを防ぐためにも適切な距離を維持しないと!)
「おい、離れすぎ──」
「お待たせ。この姿で人間とお茶ができるなんて……嬉しい」
(あ、こっちはこっちでまた泣きそう)
感無量と言わんばかりに、震えている人型竜――ベルナールは目尻に涙を溜めていた。「何だろう、この可愛い生き物は」とシルヴィアは思った。
陶器のカップをテーブルに置くのは手慣れていた。人間よりも手が大きく爪も長いのに、器用なものだとシルヴィアは感心して見てしまう。
陶器のシンプルなマグカップは、カンナで一本一本削いで模様を付けたようで、手作り感満載なのが可愛らしい。
色は白、紺、緑とある。
調度品は勿論、ベルナールのセンスはシルヴィア好みだった。
「素敵なカップですね。………………ところでコーヒーの香りがするのですが、真っ白な液体に見えるのは私だけなのでしょうか」
「ん?」
「いや、合っている。お前の目が腐ったわけじゃない」
「言い方!」
「この国は少し特殊で、春夏秋冬とそれぞれの季節を定着させる土台となる場所だ。季節が定着していないときは色が剥がれ落ちる」
「……季節を、定着? 色が剥がれ落ちる?」
何ともファンタジー要素満載な説明だったが、シルヴィアは目を輝かせた。
祖国フォルトゥナ聖王国は乙女ゲームの世界そっくりなのだが、魔法が使えず日常生活において魔導具の活用化が浸透していた。正確には魔力を持つ人間が極端に少なく、魔力が枯渇した土地だったのが原因だろう。
その結果、シルヴィアの憧れたファンタジー要素満載の魔法やら幻想動物などの関わりが薄く、産業革命前後のヨーロッパ時代に近いと認識していた。
ここに来て白を基調とした迷路やら、転移回廊など未知な空間や、ドラゴンの登場にわくわくしてしまうのは、当然だろう。
「この国では季節の変わり目が近づくにつれ、様々な祝祭を行い、季節の色を定着させて季節の術式を何重にも構築する。近々だと春だな」
「魔法陣ですね! もしかして詠唱とか儀式的な?!」
思わず前のめりになって尋ねると、ベルナールははしゃぐ人間が珍しいのか、そわそわしつつ視線を逸らす。
アルベルトは呆れつつも説明を続けてくれた。
「ああ、様々な祝祭で紡いだ術式の後で、
「楽しそうと相手をその気にさせて、乗ってきたら捕縛して監禁……ということですか?」
「言い方!」
「冗談です」
「はぁ。まあ、と、に、か、く。固定した季節の色合いがこの国を彩る。それに合わせて城の頭上に幾重にも重ねた魔法陣が展開し、各国に季節が付与される仕様になっている」
「春なら薄紅色の花吹雪、夏なら空色の雨、秋なら緋色とカナリーイエローの紅葉、冬なら白銀の結晶がその土地にそれぞれ振り落ちるよ」
「(合唱、舞い、食事を行うことで術式を紡ぐ……。前世で私がやっていた神事に近いわね。舞いはまじないを唱えながら舞踏する
華やかで美しくて明るい――小さな子供が憧れたオモチャ箱のような世界。
芽衣李がいた世界では、凄惨さと悍ましさなどのホラー要素が強かったので、本当に嬉しい。
「そうか、お前のいた国は特殊だったからな」
「(ん? 私の祖国を知っている?)……そうかもしれませんね」
「人外と人間の均衡を保つためのシステムとして採用した。双方の関係性が良好でなければ、世界の均衡が揺らぐ。となれば、どちらか一方を損なおうとは普通思わないだろうからな」
「普通……は、そうでしょうね。とは言え世界を傾けてでも、自分の楽しみを優先する人たちも少なからずいるのでしょうけれど」
先ほど現れたオッドアイの青年然り。シルヴィアの元いた国も、転生前の世界もシルヴィアには優しくなかった。どの世界でも
願うことならば、この国ではそうでないことを祈るばかりだが、すでに聖女候補という役目を担ってしまった以上、今後の身の安全を整える必要があるのだと再認識した。