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第6話 再会──合い言葉を覚えていますか?2

「この空間の所有権は、その竜のものだ。ただ今回、領域の主人を倒したことで譲渡あるいは、空間領域を購入することで、お前のものにできなくはない」

「はぁ」

「……それと聖女候補だからと言って、教会での共同生活は義務じゃない。聖女としての活動報告が認められれば、教会側としても私生活には、さほど口うるさく言うことはない」

「……それはいいことを聞きました。ちなみに聖女候補としての仕事内容とは、どのようなものでしょうか?」

「いくつかあるが教会での奉仕活動、一番多いのはざつ──信仰系魔法を紡ぐ機織り、聖なる植物の育成などの労働」

「今、雑用って言いかけましたね」

「他は教会に来た依頼だな。主に魔獣の討伐、あるいは他国、街や城での問題解決に尽力すること。これはどの聖女候補が関わるのだが、《四季折々の神事》の参加か。仕事内容と能力に応じて、支払い金額は変わる」

「ふむふむ」


 聖女候補という役職は、無理難題な仕事内容ではないことにホッとしつつ、シルヴィアは冒険者に近しい仕事があることを喜んだ。


 アルベルトの説明は簡潔で分かり易い。「聖女候補が定時までに現れなかった」など言って、シルヴィアに責任を押しつけて、仕事を投げ出すタイプではないことも有り難かった。

 尤も家の前で煙草を吸いながら説明する態度は、どうにかしてほしい。煙草を吸わない人間からすれば、有害以外の何ものでもないのだが。


「それなら依頼関係が、私向きかのですね!」

「だろうな。竜を一撃で気絶させられるのだから、戦力としては悪くない。──が、この国については、まだ知らないことばかりあるだろうし、暮らしに慣れるまでは依頼内容はこちらで審議させて貰う」

「はい。……ちなみに依頼とは別に収集したものは、教会では買い取りして貰えるのでしょうか。それとも専門の商会があるようでしたら、紹介状を頂けると有り難いのですが」

「ああ、俺が買い取ってもいいし……そうだな、いざという時に必要な物を買うこともあるだろうから、商会の紹介状はこちらで手配しよう」

「ありがとうございます」


 何だかんだと面倒見のいいアルベルトはその後、シルヴィアが土地購入するまで、的確なアドバイスをくれた。もはや面倒見のいい親戚のおじさんぐらいの距離感である。


 シルヴィアは前世も含めて、今まで何かと独りで決断して行動することが多かったので、こういった親身なアドバイスが嬉しかった。


(記憶がなくとも、そういうところは変わらないのね)


 ステータス画面のポップアップに、空間の購入済のマークが浮かび上がる。これで洋館に入ることができそうだ。

 元々、気を失っているドラゴンの所有物だが、シルヴィアは勝利権限を使って、拠点となる洋館を購入した。


 金銭を払っているので、強奪までは行かないが弱肉強食の世界なのだからしょうがない、と罪悪感などすぐさま頭の外に追いやってしまう。


(口調と態度はとても聖職者に見えないけれど、意外と律儀だなぁ。相談できる年長者がいるというのは、中々に頼りになる。でも全幅の信頼を置くことはできなさそう。この手の人は懐いていると分かった途端、興味をなくすか、後ろからズバッと刺して雑に関係を終わらせそうな気がするし…)


 何より人外には気をつけるようにと、昔ラフェドに言われ続けてきたのだ。人間に近しい姿をしているが彼らと人間では、根本的に価値基準が異なる。


 魔人は人間の生み出す感情を糧に生きているのだ。長寿であり人間の感情から派生した存在は、前世──時折芽衣李ときおりめいりの世界では、人間を誘惑する悪魔のようなものである。


 人間の様々な感情を好み、それを求める余り破滅に追いやる。その享楽を求めて気まぐれで、一国を滅ぼすような快楽主義者も多いと聞く。


 それ故、人間に擬態している人外が親しげであっても、注視して簡単に信用してはいけない。親しい隣人になって、人間を破滅に追い込む。そうでない魔人もいるらしいが、それでも本来の資質に引っ張られてしまうらしい。


(ラフェドが覚えていないのなら、どんなに親し気でも油断したらダメ……)

「……に、してもよく外観だけで、購入しようと思ったな」

「それは購入しないと扉が開かないですし」

「……そういう時は、この竜を起こして買う前に内見させれば良かったんじゃないか?」

「大人しく明け渡すとは思えなかったので……。ちなみに私の立場なら負けても拠点は全力で死守します」

「お前は家を奪われた経験でもあるのか……」

「いやないですけど?」


 聖女候補らしからぬ発言に、アルベルトは頭を抱えていたが、すぐに持ち直したようだ。「でかい買い物をする時は、慎重になれ」など忠告を受けたので、シルヴィアは力強い笑みを返す。


「外観に一目惚れしてしまったので……最悪雨露しのげればいいかなぁ、と思っていました」

「は?」


 野宿よりはマシというシルヴィアに、アルベルトは「どういう生き方をしたらそうなる」と若干引いていた。そんな大司教を無視して、シルヴィアは家の中に入る。


 幸いにも洋館の中は小綺麗で、とてもお洒落だった。一階、二階ともかなり綺麗で整っており、調度品や生活に必要なお風呂や水回りも問題なさそうだ。


(わぁ……!)


 ナチュラルで温かみのあるリビングで、木製の楕円形のテーブルに、ベージュ色のソファは三人掛けのものが、二つと一人用のものが三つと中々に数が多い。


 暖色系のラグも落ち着いていて、触り心地もいい。インテリアなどは木製の物が多く、壁には様々な本棚が見受けられた。

 ドラゴンの住処を強引に略奪した狡猾な人間シルヴィアは、早くもこの家に愛着が芽生えつつあった。

 アルベルトはシルヴィアが強奪した家だと知っていながらも、別段気にせず本棚を物色している。


(まさに理想のお家! 内装や調度品も最高だわ。何としても、玄関前で倒れているドラゴンと従魔的な(?)契約を結ばないと! この世界の本に、ドラゴンは強い者を好むって書いてあったし! 一発殴って力関係をハッキリさせたので、少なくとも同じテーブルでの交渉の余地はあるはず……!)

「……なるほど、この本はここにあったのか」

(本?)


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