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第4話 序盤に隠しボスってよくありますよね?

 気付けば回廊が消えていて、白に近い若草色の草原の先にはお洒落な洋館のある空間に出た。

 シルヴィアは周りを見渡すが、同じ聖女候補の姿はない。暖かな風がシルヴィアの髪を揺らした。


(んん?)


 左右対称のルネサンス調の外観に似た洋館が見え、その後ろには白銀色の森が広がっている。どう見ても薄い灰色アイボリーの街ではないのは確かだ。


(自分が一軒家に住みたいという気持ちが、この場所を繋げた?)


 安易な考えをしていると、頭上から声が響いた。


『は? 何でよりにもよって、アイツのいる空間エリアに出ているんだ? 誰だ、ルートを変えたのは?』


 唐突に苛立った声が空から聞こえる。先ほど説明をしていた男の声だ。シルヴィアの状況を指しているのだろう。


『いやいや~、勝手に隠し空間に入り込んだのは、その子だからね~』

『お前の仕業か、ユストゥス!』

『面白そうな子だったけれど、ここでリタイアとはな』

(んん? 隠しエリア……何故ここが危険なのかしら?)


 ふと洋館に目がいっていたので、近づくまでそれに気付かなかった。それは玄関前に体を丸めて眠っていた──ドラゴンを見た瞬間、シルヴィアは硬直した。


 ごつごつとした鱗に、コウモリのような翼を羽ばたかせ、大型の爬虫類に似たものの、白く長い二本の長い角。白銀に煌めくたてがみは美しい。全長十メートルはある巨体はシルヴィアを見つけるなり、小さく唸った。

 ゾッとするほどの威圧に、シルヴィアは目を瞠った。


「――――っ」

『ああ、精神圧に当てられて終わりかぁ』

『可愛そうに、震えているじゃない』


 シルヴィアはかつて無い衝撃に、全身が震えた。

 冒険者になって戦う魔物の殆どは、狼などの四足獣で獰猛かつ荒々しい外見だった。


 しかし今シルヴィアの眼前にいるのは、彼女がずっと憧れていた絵本のドラゴンそのものだ。ドラゴンとの出会いに心が躍った。


「ドラゴン! 夢見たドラゴンにこんな早く会えるなんて、なんて幸運なのでしょう!!」


 精神圧などもろともせず、キャッキャウフフとドラゴンとの出会いに弾む少女がいた。その異様さに空からの声はざわついたが、シルヴィアの耳には届いていなかった。


「オオオオオオオオオン!!」


 ドラゴンの咆吼にも「躍動感が違う!」とテンションが高く、シルヴィアのテンションはさらに上昇。

 そんなドラゴンは自身の咆吼に耐え、目をキラキラさせる少女を前に小首をかしげる。その愛らしい姿に、シルヴィアは胸に心打たれた。


「え、可愛すぎない?」

「人の子……ここは危険区域、すぐさま退去せよ」

「お喋りもできる! 決めたわ。ちょっと弱らせてから主従の契約を結んで使い魔にして、その洋館ごともらい受ける! まずは拘束しないと! あー、この日のために、捕縛用の鎖魔法を習得しておいて良かったわ。ふふっ、祖国では魔法が使えなかったからやっと使える!」


 魔法の習得は出来たのだが、フォルトゥナ聖王国では魔導具や簡単な魔術術式なら発動するが、魔法関係は国特有なのか拒絶リジェクトされてしまう。


 その為いろんな魔法を習得しても、殆ど魔獣の討伐に使えなかったのだ。ファンタジー世界大好きっ子であれば、一度はド派手な魔法を放ちたいと憧れるものだ。


 シルヴィアは興奮を噛みしめ「あー、マイクテス、マイクテス」と呟いた後、裏返らずに呪文を口にする。


「……こほん。光魔法術式展開、光のルークスカテーナ

「っ!?」


 金色の魔法陣がドラゴンの頭上に展開し、幾何学模様が崩れ光へと還元される。

 その金色の光を纏って紡がれた鎖は、じゃらじゃらとドラゴンの首と羽根、脇腹に前肢、尻尾を拘束していく。


拒絶リジェクトが無効化……?」

(フォルトゥナ聖王国だと魔法や魔術は発動しなかったけれど、ここはちゃんと発動している! しかも綺麗でなんて幻想的なの!)


 おおおおん、とドラゴンも激しく抵抗するも、ドラゴン自身の魔力を吸い取って鎖が太くなる。魔力吸収によって拘束力を強める厄介な魔法を駆使して、動きを封じることに成功した。


『くくくっ、魔力吸収拘束魔法。あれを使いこなすか。やっぱり規格外だ』

『いや笑っている場合じゃないからな! 聖女候補として教会に辿り着いていないのに、いいのかよ!?』

『構わないだろう。何処かの誰かが先に試練を与えたのだとしても、乗り越えたのなら文句はないはずだ』

『まあ。なんでこういう時に、リュシアンがいないのかしら』

『……アイツの名前を出すな。アレは二百年前から出禁にしているだろうが』

(……人外にも色んな考え方があるのね)


 空からの声ギュラリーが大分賑やかだが、シルヴィアは我関せずと言った具合でステータス画面を開いた。


 精神圧の影響でHP体力MP魔力ゲージが、徐々に削られているのを確認する。精神汚染に侵されていないことを確認した後、スキルエクスプリカーティオーを行い、抗体を構築。


(こういう所はゲーム仕様なのよね。しかもレベル1上がったら攻撃力が5倍になるという、主人公が修行でとんでもないスピードで成長する、某アニメもビックリなインフレ設定! 祖国で魔法も使えなかったから、物理で殴って倒す方にシフトした結果を体現することになるなんて……)


 さらにこの冒険者システムは、自身の肉体状況が表示されるので、その辺りは有能である。

 一度自身がダメージを受けることで抗体を作る作業イメージは、インフルエンザの予防接種に近い。HPとMPの消費に体調を崩すものの体を慣らしてしまえば、ドラゴンの精神圧にも耐性ができる。


 耐性完了まで80パーセントを超えた段階で、MP魔力ゲージの減少は停止したのを一瞥した後、回復薬を男前にぐいっと飲み干した。


「うん、これで下準備はオッケーね。あとは攻撃方法だけれど剣だと何だか可愛そうだし、魔法を一発か、打撃系かな? 魔法術式展開、肉体強化ブースト超肉体強化ブーストプラス


 全体への強化魔法を行い、両足と右腕に更に重ねた。ドラゴンは未知なる脅威に身に危険を感じたのか、咆吼ではなく伊吹ブレスで抵抗する。


 それを合図に、シルヴィアは駆け出した。

 ステップを踏むように軽やかな足取りで、躊躇いなくドラゴンに突っ込んでいく姿は、蛮勇にも見えただろう。


「ふっ!」


 しかし彼女は最短距離かつ、五体満足のままドラゴンの目の前に飛びこみ、一撃を見舞った。

 普通の少女であれば、ドラゴンの頑丈な鱗を前に骨が折れただろう。だがシルヴィアの一撃は重く、ドラゴンを地面に叩きつけるだけの威力があった。


「がふっ!?」


 どごっ、と倒れ込む音と土煙が舞う。

 シルヴィアはドラゴンの背を足蹴りに「ビクトリー!」と誇らしげに叫んだ。

 ドラゴンと契約を結ぼうと、ほくほくしながらステータス画面を開くと、ポップアップ画面に誓約、使い魔契約か隷属契約の選択が表示され、契約条件の記述に「聖職者一人の立ち会いが必須」と書かれていた。


「……条件未達成。しょうがないわ、先に洋館の方に……ん?」


 ドラゴンを足げにしたのち、洋館のドアノブに手を掛けたが弾かれてしまった。再度ステータス画面を開き、エクスプリカーティオーをした結果、入出不可とポップが出ている。


「入出許可は、この空間の購入のみ……なのね。金額的には出せないことはないけれど……」


 それは冒険者として自分で働いた金銭であり、逃走資金でもあった。

 その三分の一を失うのは正直痛い。

 今後のことを考え、シルヴィアは慎重になるものの拠点のための先行投資なら──と考える。


「けして外観が好みだからという安易な考えで決めたんじゃない!」

「随分と楽しそうだな」

「ん?」

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