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第2話 次の配役は聖女候補のようです1

「わあ……」


 転移したシルヴィが目にした光景は、天井から至るところが真っ白で統一された高低差のある巨大な迷路だった。入り口の門には《原初の迷宮》と記載がある。


 シルヴィは驚きこそしたものの、未知なる場所に引きずり込まれるのはよくあったので、冷静に周囲を見渡し観察する。


(この感覚はダンジョンで、ボス階層に飛ばされた転移に似ている……。|拒絶《リジェクト》できなかったということは、強制参加型の隠しイベント? でもあの乙女ゲーム設定に、そんなのなかったはず……。それとも他国?)


 シルヴィアの暮らしていたフォルトゥナ聖王国は肥沃な大地と恵み豊かな海があり、食べ物には事欠かない豊かなため他国と殆ど外交せずに暮らせる閉ざされた国だった。


 乙女ゲームの舞台になる学院で、お家騒動から反政府組織による国家転覆、物騒な事件などの謎解き要素はあるものの、乙女ゲームのプレイ要素にある冒険者ギルドの存在は、廃業しつつあったのだ。


 またゲームでもお使い程度や箱庭育成などあるが、序盤から中盤以降はショップなどで購入する程度で済む。というのも物語展開を早く進めたくて課金することで、さくさく進めたいプレイヤーが一定数以上いたからだ。時間と労力を掛けて周回するよりも、シナリオ展開を進ませたいと思う者は多い。


 シルヴィアは地道かつ、この冒険者システムと箱庭育成が好きだった。前世でもはまっていたが、実際に冒険者と育成はやはり楽しい。


(この世界でもステータス画面やらゲーム仕様があったことで色々準備できたのだけれど、今回の転移はゲームシナリオとはまた別な感じがする……。悪役令嬢の役割を終えたから、また別の配役が与えられるとかだったら嫌だな……。全力で辞退したい……)


 万が一面倒なことになったら、武力行使になることも吝かではないとシルヴィアは決意した。幸いにも自身の肉体や持ち物、ドレスなどに変化はない。

 周りには私と同じようにパーティー会場から連れてこられた令嬢や、侍女に、女子学生など様々だ。一貫して少女だけというが気になった。


 全員で十人ほどだろうか。

 どことなく空気がひんやりしており、誰かに見られている感じがしなくもない。


『ようこそ、我らの国、箱庭オーリムへ』


 唐突に空から声が振り落ちる。

 耳に残るバリトンのいい声に、うっとりとする少女が何人か見受けられた。


(オーリム?)

『今回は聖女候補にふさわしい者たちを、招集させてもらった。これは神々あるいは高位種族からの、ささやかな祝福だと思ってくれてかまわない』

(聖女候補? ……神々? この声……何処かで……うーん)


 突然、白い薔薇の花びらが空から振り落ちた。幻想的で美しいとシルヴィアは思いながら、声の主の話に集中する。


『現在存在する迷宮を抜けると、薄い灰色アイボリーの街に辿り着く。そこには教会があり、そこで聖女候補の登録をするように。ここでの衣食住などの生活保障は確約しよう。それから聖女となるべく、試練やら依頼をこなすことで実績を積めば聖女と認定される。称号を得た者は、その功績を称え

「どんな願いも……」

「叶えることができる!」

「選ばれた……者たち」

「聖女候補……おとぎ話だと思っていたわ」


 どんな願いも叶える――それは猛毒にも近い甘美な囁き。

 生活の保障、願い事が叶う。

 シルヴィア以外の女性は、この状況に困惑あるいは興奮している者が多かった。自分たちは特別だと、選ばれた優越感ゆえだろうか。シルヴィアは「試練やら依頼」という言葉がどうにも気になったし、期限も意図的に伏せているのか発言がなかった。


(また別のシナリオに引き寄せられた? それとも単に面倒ごとに巻き込まれただけ? 判断材料が足りない。……でも、こんなことが出来るってことは、高位の人外、神様がいるってことよね?)

『詳しくは教会のアルベルト大司教を訪ねればいい。先ほど全員の左腕に、銀の腕輪を装着させて貰った。それが聖女候補としての証だ。けして紛失しないように』


 そう言われてシルヴィアは自分の左腕を見ると、見知らぬ鈍色に煌めく腕輪に気付く。転移したと同時に装着されたのか全然気付かなかった。


 左腕には他に白い数珠魔導具も付けているが、特に反応がなかったところをみると、シルヴィアに害する物ではないのだろう。


『それでは――』

「あの、聞いてもいいですか?」


 シルヴィアは手を上げて、声の主に尋ねてみた。返事があるか不明だが、できることはしていこうというスタンスだった。


『……ククッ、この状態で質問を言い出すとは面白い。いいだろう何が聞きたい?』


 喉を鳴らしながら聞こえる声は、愉快そうだった。男の声と別にざわつく声がシルヴィアの耳に届く。注がれる視線の数は、一つ二つではないのだろう。

 威圧してくる気配はあったが、飄々とした顔でシルヴィアは遠慮なく尋ねた。


「試練と依頼とあったのですが、それはここにいる聖女候補で、生き残り戦バトルロイヤルをするという訳ではないのですよね? あるいは聖女になるのは一人限定とか、期限があるとかでもないでしょうか?」

『…………ん、は?』

「いや召喚されたら代理戦争の駒にされるとか、願いを叶えるための贄として他人を蹴落とす鬼畜システムだったら嫌だな~と思ったので、確認させて頂きました」


 その場の空気が凍り付いた。


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