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第33話 ふたりの願いを叶えたまえ 2


<PM12:15(閉店まで8時間45分) タカセヤ西町店 催事コーナー>


「私の気のせいかな……」

 高瀬はしきりにまばたきをして、店内を見ていた。


「どうした?」


「なんとなくなんだけど、お客さん、増えてきてない?」


 本当か? と思い、クリスマスの飾り付け作業を中断して、俺も店全体を眺めてみた。たしかに午前中よりは活気があるように感じられる。

「若い人やカップルが多いみたいだ」


「そうだね、言われてみれば」


「珍しいよな」

 言うまでもないが、タカセヤはコンビニではない。


「イブだからかな?」

 高瀬はお茶目にサンタの人形を振った。


「イブだからだろう」

 考えるのが面倒で、そう答えた。でも今日だけは、あらゆる事象の説明をその言葉で片付けられる気もする。

「ま、なんにせよ、客が増えるのはいいことだ」



<PM13:00(閉店まで8時間) タカセヤ西町店 酒類売り場>


「一体全体、どうしたと言うんでしょう」

 店長がぽかんとして店内を見た。

「タイムサービスでもないのに、こんな時間に混み出すなんて」


 正午過ぎから上向きはじめた客の入りは一向に落ち込むことがなく、むしろ時間の経過と共に増える一方だった。レジには長い列ができているほどだ。


 ワインやシャンパンの売れ行きが予想以上に順調で、俺と高瀬と店長が三人がかりで商品を補充している。


「店長さん、実はひとつ気付いたことがあって」

 原因のまったくわからないにぎわいの謎を解明しようと、俺はしばらくの間、ひそかに客の動向を観察していた。

「買い物をする気がない人も多いんです。入店の時点で、今日のチラシやカゴには見向きもしていない。何が目的なのかはわかりませんが、店内をカメラで撮影している人もいたりなんかして、これじゃまるで観光地ですよ」


 店長は笑う。「こんな日本中どこにでもあるようなスーパーの何が珍しいのやら」


「ローカルテレビで放送された余波なのかな」と高瀬は言う。


「どうだろう」俺は首をかしげた。「昨日まではこんな風じゃなかったぞ。何か別の理由があると思うんだけど」


 そこで店長が突然、素っ頓狂な声を出した。

「ああっ、何してるんだ、あのお客さん!」


 彼の視線の先には、例の巨大クリスマスツリーがある。周囲に人だかりができているのはいつものことだが、今この時においては、少しばかり様子が違った。


 注視してみると、買い物を終えた若いカップルの男の方が、何かをツリーの枝に結び付けている。彼女の方はそれを微笑んで見守っている。


「ねぇねぇ」と高瀬は言った。「結んでいるの、レシートじゃない?」

「レシート? なんでレシートをツリーに結び付ける? 新種のイタズラか?」


「そしてあのカップル、何かを祈ってるね」


 高瀬の言う通り、若い男女はレシートをわえ付けたツリーに対し両手を合わせ、それからうやうやしく頭を下げていた。


「ちょっと注意してきます!」と店長はワインを俺に押し付けて言った。娘さんの発案で設置することになった思い入れのあるツリーだけに、鼻息は荒い。


「待ってください」

 俺は無意識のうちに店長を止めていた。

「もう少し、見守ってみましょう。もしかするとこれは吉兆かもしれません」


「吉兆? ツリーにレシートを結ぶことが?」

「そうです。見てください、他のお客さんも続いています」


 最初のカップルが行動を起こしたことで動きやすくなったのか、まわりの客も続々とレシートを枝に結んでは、やはり手を合わせ、願い事をしている。


 客のにやついた表情を見る限り、面白半分で一連の行為をしているのは間違いないが、それでもツリーに――あるいはそこに宿る何かに――対する畏敬いけいの念を彼らが持ち合わせているのも確かで、祈りを託されたツリーはさながら、樹齢の長いご神木のようだった。


 それからは、レジを通った客が出口には向かわず、ツリーの元へ行くのが自然の流れとなりつつあった。


 二重三重とツリーを囲むように人の輪ができあがり、自分の順番が来て祈りを終えると、そこでようやく彼らは満足そうに帰っていった。


「これ、どういうことなの?」と高瀬が言う。

「さぁ、どういうことだろう」と俺は言う。


 俺たちが狐につままれたような顔をしている間も、店内には新しい客がひっきりなしに入り続けている。その勢いは止まらない。


 俺たちの知らないところで、いったい何が起きている――? 


 どんなに考えを巡らせても、答えは見つかりそうになかった。


 その謎が解けたのは、それからまもなくのことだった。



<PM13:30(閉店まで7時間半) タカセヤ西町店 酒類売り場>


「店長!」

 俺たちの元へ脇目も振らず駆け寄ってきたのは、鮮魚部の鮫島さめじまさんという若い男の店員だった。魚顔で、えらが張っている。

「見てください、これ!」


 鮫島さんが抱えるようにして持っていたのは、分厚い漫画雑誌だ。

「昼休みに読んでいて、マジ、びっくりしました! これ、今日発売になったばかりの『週刊少年ステップ』最新号っす」


 彼がページをめくっていき、俺と高瀬と店長は現れる漫画絵を目で追う。次第に、鮫島さんが何に驚き、何を伝えたかったのかがわかりはじめてきた。


「これ……どう見ても」高瀬が口火を切った。


「そうなんっす!」鮫島さんは興奮を隠せない。「うちの店が、漫画の中に登場してるんっすよ!」


「こいつは間違いないな」

 店長が断定した。そして店内のあちらこちらを指さす。

「外観、売り場の配置、フードコート、レジの数、そしてなんといってもあのクリスマスツリー。どれをとってもうちの店以外に考えられない。おい、これはなんていう漫画だ?」


「『キミイキ』っす!」と鮫島さんは答えた。その言い方だとなんだか“キミにキッス”みたいで、ややこしい。

「正式名称は『君と生きた12の季節』っていう、高校を舞台にした泣ける恋愛漫画っすよ!」


 そのタイトルを聞いて俺の脳裏には、病院のベッドでこの作品を読みふける柏木の姿が浮かんでいた。


 鮫島さんは続けた。

「作品内で使われた商品や場所がことごとく巷やSNSで話題にのぼるので、メディアでは『キミイキ旋風』なんて風に呼ばれてるっす!」


「たしか最終回が近いんですよね」と高瀬も知識を披露した。「私は映画で知っていて。原作が完結したら後編が公開されるってことで、楽しみにしていたんです」


「主人公・ゆうとヒロイン・希美きみの恋の行方がどうなるのか、日本中が固唾を呑んで見守っているっす!」


「続きを読んでみましょう」

 俺が言い、再び鮫島さんは「っす!」とページを繰った。

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