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第29話 愛をさえずる、つがいの文鳥 3


 入り口そばの青果売り場から順に、チェックしていくことになった。


 夕方時のスーパーが最も繁盛する時間帯であるにも関わらず、お世辞にも客の出足は良いとは言えない。従業員の動きひとつ取ってみても精彩がないし、掃除も隅まで行き届いていない。正さなければいけない点は、いくつもありそうだ。


「神沢さん、どうぞ遠慮せずに、問題点をご指摘ください!」

 社長殿の鶴の一声が効いたのか、はたまた自身の立場の危うさに危機感を募らせたのか、店長はすっかり腰が低くなってしまった。


 経緯はどうあれ、これで俺が動きやすくなったのは事実だ。

「わかりました。それでは見ていきましょう」


 青果売り場全体を視界に収めるため、少し離れたところに移動する。高瀬もついてくる。高校のブレザーでは場にそぐわないので、彼女は女性従業員用の制服に衣替えしていた。深紅のエプロンが色白の肌によく映える。


「気になるところ、ある?」

 高瀬が小声で尋ねてきた。


「明らかにダメな青果売り場の典型なんだけど、具体的にどこがダメかとなると……」


 慣れないスーツと髪型による緊張もあり、頭がうまく働かなかった。けれど、ふいに、夏に高瀬たちと見た夜空を照らす色とりどりの花火を思い出した。


「ああ」閃きが宿る。「欠けているのは色彩だ」

「色彩?」


 俺はうなずいて店長に尋ねた。

「どうして最前列にカボチャを陳列しているんですか?」


「今日のセール品でして。カボチャは冬の味覚でもありますし」

 彼の自慢気な視線の先には、捕虜収容所の点呼みたいに一糸乱れぬ整列を見せる、暗い緑色をした大量のカボチャがある。


「カボチャを悪く言うつもりは毛頭ありませんが、スーパーマーケットの最前列にふさわしい商品とはとても思えません。青果売り場はお客様を迎える、いわば『店の顔』です。もっと明るく、そしてカラフルにしましょう」


「しましょう!」と高瀬が便乗してくる。


「しかし、いったいどうすれば」


「グラデーションを使うんです」

 店長にそう返しながら歩みを進め、目に入ったみかんやリンゴを手に取った。

「たとえば、黄色のみかん、橙のオレンジ、赤のリンゴ。これらを順番に並べて徐々に色の変化をつけていくんですよ。空架ける虹みたいに。見た目にはとても鮮やかになるはずです。リンゴの次は、そうですね、デラウェアでも置いて紫にしましょうか。こうするだけで来店してくださったお客様の第一印象はだいぶ良くなるはずです」


 試しに今挙げた四つの果物をカボチャを退かして並べてみると、店長とご令嬢の顔色が一変した。「おおっ」と二人の声が重なる。


 すぐさま店長は、近くにいた若い男の従業員に指示を発した。

「色彩だ! 今からでも遅くない。前面に果物を陳列し直してくれ! “グラデュエーション”を意識してな!」


 “卒業”を意識されても困るのだが、若い従業員は店長の言わんとすることを理解したらしく、きびきび仕事を開始した。


 広い売り場にはたまねぎやにんじんといったお馴染みの面々に加え、北方のこの街ではなかなかお目にかかれない野菜も見ることができる。

「へぇ。ゴーヤなんかも置いているんですね」


「ええ。品揃えの豊富さでは地域一番と、自負しております」

 店長は大振りのズッキーニを持って相好を崩す。


「店長、そうは言っても、こういう野菜はそれほど売れないんじゃないですか?」

「それが正直なところですね」


 見れば、いずれの野菜も、機械的な字によってその名称と値段が紹介されているだけだ。


〈ズッキーニ 145円(税込み)〉。これでは売れないと思った。


「こういった野菜は、興味は持たれても、食べ方や調理法がわからなくてお客様に敬遠されることが多いです」

 実際はどうかわからないが、言った。少なくとも俺はそうだった。

「ですから、美味しく食べられる調理法なんかを張り出しておけば、ちょっとは変わるかもしれません」


「ポップ広告ですか」


「料理本の一ページを丸々コピーなんていうのはダメですよ。親近感を出すために、手書きです。従業員の中でそういうのが得意そうな人はいませんか?」


 店長は薄い頭を掻きながら考え、首を振った。

「ちょっと思いつきませんなぁ……」


 そこで小さく挙手したのは高瀬だ。

「私、やろうか?」彼女ははっとして言い直す。「私がやりましょうか、神沢さん」


 俺は笑うのを堪えつつ、「優里さん、お願いできますか」と返した。


 考えてみれば、彼女ほどこういう仕事に向いている人物もいない。オールマイティな才能を持つご令嬢は、きっと期待以上のものを仕上げてくれるはずだ。


「ネットで調べた調理法でもいいんですよね?」


「かまいません」よそよそしいのはやむを得ない。「肝心なのは、お客様がこの場で食卓に乗る一皿をイメージできるかどうかです。紹介した調理法で他の食材が必要になるようなら、その食材もここに置くことにしましょう。ついでに売れるはずです」


 高瀬は白い歯を見せ、野菜コーナー全体を見渡す。早くも構想を練っているらしい。その賢い頭で。


 ♯ ♯ ♯


 新幹線のダイヤよりも時間に律儀なタイムサービスをチラシの予告より10分ほど幅を持たせるよう提案したり、客が途絶えたら条件反射のようにおしゃべりを始めるレジ打ちのパートさんに店長から注意を与えてもらったりしていると、ふいに高瀬が耳打ちしてきた。我慢できなくなった様子だった。


「ねぇ神沢君。ここまでは大忙しだけど、このお店……そんなにダメ?」


 彼女は俺が挙げてきた改善すべき点をひとつ残らずメモ帳に記録していた。見ればすでに30項目はある。


「あまり大きな声では言えないけど、でも敢えてはっきり言わせてもらうけど、全然ダメだ。正直ここまでとは思わなかった。だいたい俺が提案した改善点って、そこまで特別なことじゃないぞ。他の店ならとっくにクリアしていることばかりだ」


 タカセヤの娘としての誇りは隠せない。眉間が狭まる。


 それでも俺は厳しい指摘を続けた。気休めを言っている場合でもない。

「今になれば、トカイの良さがとても際立ってくる。あそこはどの店舗に行っても、手抜かりが無いからな。……悔しいけど、業績が右肩上がりなのも納得だ」


「でもさ、前向きに考えれば、ダメなところが多いってことはそれだけ改善の余地もあるってことでもあるよね?」


「まぁ、そういうことになりますね」

 スーパーバイザーの口調で答えた。


「じゃ、そんなに悲観することもないのかな。目指せ、売上20%アップ!」


 かといって楽観はもっとできないぞ、と俺は気を引き締める。

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