昼食をとるため、高校の中庭に来ていた。昼休みで、太陽も一緒だ。
購買で運良く幻のきなこメロンパンが手に入ったので、俺はそれにかじりつき、太陽は隣で弁当を食べている。
「うまそうだなぁ、幻のきなメロ」太陽は箸を休める。「一口くれよ」
「そんな立派な弁当があるのになに言ってんだ」
見れば太陽の母上が作ってくれたというその弁当は、鮮やかな色彩に富み、様々な創意工夫が感じられる。肉、野菜、魚のバランスもとても良い。率直に言って、とてもうまそうだ。
時間と手間が惜しげもなくその弁当には投入されていて、一見しただけで、長男への深い愛情が伝わってくる。
俺はそんな弁当を高校の昼休みに食べることができる友人に、強い羨望を抱いていた。
どれだけふざけていても、どんなにテストの点は悪くても、太陽はきちんとした家できちんとした親の元に生まれたきちんとした人間なのだ。それに対し俺は――。
手作り弁当の有無ひとつとって、今更ではあるが、そんなことを考え卑屈になってしまう。
俺は首を振って別の話題を振ることにした。
「なぁ、“霧に閉ざされた幼稚園事件”って、おまえ、日比野さんにどんな
「バ、バカ。言えるわけねーだろ!」太陽はむせ返る。「これだけはな、たとえどんな拷問を受けたとしても、墓場まで持って行くことに決めてるんだよ!」
「ふぅん」俺にはそれほどの秘密はない。よほどのことなのだろう。
「それにしても参ったなぁ」太陽は顔をしかめる。「勉強するって、まひるに言っちまったよ。やる気ゼロだけどな」
「彼女、立派な幼馴染みじゃないか」
「まひるなんかな、うっとうしいだけだって」太陽は手を振って言う。「母親が二人いるみたいなもんだ。実際俺の母親よりもああしろこうしろって口うるさいし、勝手にオレの部屋の掃除とかしていきやがるし」
母親が一人でもいるだけ恵まれているじゃないか、と思って何も返せない。どうも今日はいつになくナーバスだ。
そこで太陽は隣で急に固まった。何事かと思って前を見ると、ちょうど花川先輩が通りかかったところだった。こないだの夏に太陽と一緒に花火大会に行った美人さんだ。
花川先輩は太陽の顔をちらっと見て気まずそうに顔を伏せると、何も言わずそそくさと立ち去っていった。
「彼女のこと、振ったんだってな」と俺は言った。“高嶺の花の花川さん”が太陽に告白して失敗したというニュースは生徒なら知らない人はいなかった。
「まぁな。キレイな人だけどな」
「花川先輩でダメなら、誰なら葉山君を落とせるのって学校中の話題になってるぞ」
「誰も落とせねぇよ。彼女は作らん。それがオレの主義だ」
またそれか、と俺は太陽の発言を気に留める。その言葉の奥に何か重いものが潜んでいるような気がしてならない。
男の俺から見たってドキッとする時があるほど太陽は美男子だし、持ち前の明るく竹を割ったような性格は、決して少なくない数の女の子のハートに矢を放ち、彼女たちにその矢を抜くことを
そんな男子高校生が誰とも交際しないなんて、宝の持ち腐れだとさえ思ってしまう。
ちょうどいい機会なので、俺はいつか聞いてみようと思っていたことを、今尋ねてみることにした。
「あのさ太陽。おまえが彼女を作らないのって、きちんとした理由がありそうなんだが、実際どうなんだ? 思い返せば、春に俺たちが話をした最初の日、たしかおまえ『オレにも人間不信の傾向があるにはある』って言っていたよな? それも踏まえれば、なにかあると思うんだけど」
「なんにもないよ、なんにも。葉山太陽は、孤独を愛する男なのである」
彼は語り部口調でそう言って、口角を気持ち悪いくらいぐっと上げる。それが俺をはぐらかそうとしている
「なぁ太陽。俺たちは包み隠さずなんでも話し合う関係というものを志向していたんじゃないのか? 少なくともおまえはそう言って、俺に近付いてきたはずだ。だから俺はありとあらゆる秘密を、言いたくもない秘密を、お前に打ち明けてきた。違うか?」
太陽は残っていた卵焼きと白米をかっ込むと、渋い顔をして茶を飲み下し、秋の高い空に浮かぶ雲を遠い目で眺めた。そして口を開いた。
「まったく、春先から見たら悠介も成長したもんだ。俺の見立てはやっぱり間違ってなかったんだな」
喜びと照れの入り混じった表情で、彼はぱちんと指を鳴らす。
「やられたぜ。いいだろう、話してみようか」
俺はうなずいて耳をそばだてた。
「結論から言っちまえば笑い話だ。葉山太陽という哀れなピエロの結末を、どうか楽しみにしていてくれ」