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第17話 空の色が見え始めたのかもしれない 2


 一対一での対戦が味気なくなったのか、柏木と太陽は、すぐそばで同じく二人で遊んでいた小学生くらいの男女(おそらくは兄妹だ)に誘いかけ、柏木は男の子と、太陽は女の子とチームを組むと、二対二でビーチバレーの対戦を再開した。


 さっそく太陽がサービスエースを決め少女とハイタッチする様子を眺め、俺は口を開いた。

「月島。それって、太陽バージョンもあるの?」


「あるよ」彼女は即答した。「彼は明るい緑。若草色っていうのかな?」


 高瀬は手を叩く。「あ、なんとなくわかるかも」


 月島は脳内にチャンネルの切り替えを指示するように数度瞬きをして、話し始めた。

「一面の芝生が広がる丘の上を、葉山氏は昼寝ができそうな場所を探して歩いている。気持ちのいい、よく晴れた日の午後だ。青空が広がり、小鳥のさえずりが聞こえる」


 浜辺に目をやれば、太陽はまさしく「快活で面白いお兄ちゃん」といった感じで、柏木チームの少年を遊び半分であおっていた。「へいへい、そんなもんかい、足を引っ張ってるぜ」と。もちろんその物言いには、少しもいやらしさを感じない。


 月島は続ける。

「しばらくして、葉山氏の前には立派な幹の木が現れる。見ればちょうど彼の背丈に適した木陰ができている。葉山氏はそこで横になると、両手を枕にして、そっと目を閉じる。風が前髪をで、木漏れ日の暖かさが、彼をやさしい眠りへといざなってくれる」


「爽やかすぎてムカムカしてきた」と思わず口にしていた。もしこれを本人出演で映像化して鳴桜高校の集会で流してやったら、太陽のファンは卒倒するんじゃないか。


 しかしこのショートストーリーはここで終わりではなかった。月島は俺に首を振って、「発情した猫がね」と言葉を継いだ。発情した猫?


「意中の猫を追っかけて、その幹を駆け上っていくの。それで木の上で一悶着ひともんちゃくあって、二匹は葉山氏の顔の上に落ちてくる。追われてた猫が『もういやだー』って感じで、必死で爪で引っかく。そこには、ハンサムな彼の顔がありましたとさ。ニャー」


「それで終わり?」俺が尋ねた。

「それで終わり」月島はもう一度ニャーと鳴いた。


 高瀬はイカ焼きを食べた。そして口元についたソースを拭って言った。

「月島さん。私のもあるのかな?」


「高瀬は白じゃないか?」と俺は予想してみた。彼女が純白のワンピースを着ているせいもあるだろう。


「いやいや高瀬さんは赤だよ」と月島は当然のように言う。「白だの赤だのワインみたいだが、とにかく高瀬さんは赤。それも深くて濃い赤」


 彼女はラムネで喉を潤してから、見える情景を話し始めた。


「高瀬さんは赤いドレスを身にまとって、赤いハイヒールを履いている。場所はヨーロッパのどこかの国のバー。そして大勢の観衆の中、ダーツで街のゴロツキと対決している。高瀬さんの最後の一投に勝負の行方はゆだねられた。ある人はお酒を楽しみながら、ある人は固唾を呑んで、その様子を見守る。高瀬さんは真剣な眼差しで遠くにあるまとを見つめる。呼吸を整え、シュッと矢を投じる」


 月島は実際にダーツの矢を投げるふりをする。その姿はなかなか様になっている。


「矢は見事、的の真ん中に命中する。高瀬さんの勝利。歓声と拍手が巻き起こる。口笛を鳴らして勝利をたたえる人もいる。勝負を終えた高瀬さんは静かに去って行く。コツンコツンとヒールの音を響かせて。途中、誰かが投げ込んだ一輪の真っ赤な薔薇ばらを手に取る。そして色っぽく微笑む。赤い口紅が決まっている」


 なんとなく不穏な空気を感じるのは、柏木と太陽の前例があるからだろう。


 ここまでは良いのだ。


 問題はこの先で、今までの傾向からすると麗しきレディは落とし穴にでもはまってしまうのではと予測したが、「そこで終わり?」という高瀬の問いに「うん」と月島がうなずいたので、肩透かしを食った。


 皆が皆、コミカルなエンディングを迎えるわけではないらしい。


「ブラボー」俺はバーの観客の一人になったつもりで手を叩いた。


「なんか恥ずかしいね、これ」

 そうは言っても、高瀬はまんざらでもないみたいだ。頬には赤みが差している。


 月島がフランクフルトをくわえながらじっと俺を見つめていた。流れからして今度は俺のエピソードを語る気だな、と構えていると案の定「神沢の色はね」と言い出したので、慌ててさえぎることにした。

「いいって、俺のは」


 しかし高瀬がそれを許さなかった。

「だめだよ、神沢君だけずるい。月島さん、言っちゃえ」


「モノクロだね」と月島は言った。


「モノクロって、月島おまえ……」

 てっきりまだ出ていなくて、なおかつ男性的な色、つまりは、青とか黒を想定していただけに俺は二の句が継げない。


「見えるんだから、仕方ないでしょ。黙りんしゃい。とにかく、神沢がいるのは白黒の世界」


 月島は脚を組んで続けた。

「そこは時計もベッドも机もない、殺風景な部屋だ。窓はあるけど、カーテンは閉められている。狭く、暗い。神沢はそこで体育座りして、力なく部屋の一点を見つめている。そして誰に聞かせるわけでもなく、ぼそぼそ言うの。『俺はもうだめだ』、『どうしたらいいんだろう』みたいなのを、延々と」


「ぷっ」と誰より先に反応を示したのは、俺が思いを寄せる娘だ。見れば口を手で覆い、必死で笑うのを堪えている。肩が小刻みに震える。


「おい、高瀬?」


「それ、すごい、わかる」彼女は俺に申し訳なさそうな、しかし最終的には愉快さが勝った声で言った。「わかる、わかる」と繰り返す。


「わかっちゃうのかよ」と俺はぼそぼそ言うしかない。


「でもね、不思議なんだ」月島は本当に不思議そうな顔をした。「最近はなんだか、水色が差し込んできてる。まだまだ薄いけどね」


「その、俺がいる映像に?」


 月島はうなずいて、妖しい光を瞳に灯した。

「もしかするとさ、誰か・・が部屋のカーテンを開けてくれたおかげで、空の色が見え始めたのかもしれないねぇ」


 俺と高瀬はどちらからともなく顔を見合わせ、それから視線を逸らした。気まずいったらない。


「それにしても」月島が俺の心境を汲み取ったように口を開いた。「本当に元気だよねえ、柏木って」


 浜辺では依然として、即席のタッグによるビーチバレーが続いていた。


 聞こえてくる声によれば、どうやらかき氷を賭けているらしく、先ほどより一つ一つのプレーは熱を増していた。柏木はスパイクを決め、少年とハイタッチを交わす。太陽は明らかに息があがり始めている。


「一人だけずっとあんな感じだよね、朝から」

 高瀬が感心と呆れの混じった声色で言った。彼女はおそらく列車の中で一人だけ昂揚して、三時間の間ずっと喋り続けていた柏木を思い出している。


「搭載されているエンジンが違うんだろ。俺たちより三倍くらい性能が良い」


「柏木晴香はスポーツカー」と月島が発言したことで、今度は五人を車の種類でたとえたらという話に発展し、その後に家電製品版と寿司ネタ版もやって、珍しい三人の取り合わせではあったけれど、なんだかんだ話題が尽きることはなかった。

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