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第15話 想いのかけらをひとつ残らず拾い集める 3


 デビュー前のバンドも出場できるものとしては比較的有名なこの野外ロックフェスティバルは、初開催から数えて、今年で10回目になる。一応、節目の記念大会らしい。


 年を経るごとに評判を集め、今では夏の終わりの花火大会とともに、この街の夏を彩る二大風物詩となっていた。


 金賞、銀賞、銅賞と順位がつくのが最たる特徴で、いつかの金賞バンドはそれが音楽関係者の目に留まってメジャーデビューし、今年大ヒットした映画の主題歌を任されるまでになった、と説明した太陽は、

「オレが目指すのは、そういう流れなんですねえ」と鼻息を荒くした。


「3500人です」

 スタッフに観客動員数が発表されると、柏木は「うちの高校の生徒が700人くらいでしょ、それが全校集会で体育館に集まって、あの感じで」と想像を膨らませていった。


 おそらくその5倍の聴衆を前に歌う自分をイメージして青ざめたところで、太陽が「そんなもん、人間だと思うな。カボチャだと思え」と滅茶苦茶なことを言うから、もう笑うしかなかった。3500個のカボチャを前に曲を披露する姿は、なかなか滑稽である。


 東京から呼び寄せたというゲストバンドの演奏で、いよいよ真夏の音楽祭は幕を開けた。俺と女性陣は聞いたことがないバンドだったが、太陽は目を輝かせて「あー、やっぱ違うわ」と舞台袖でそのパフォーマンスに魅了されていた。


 柏木が高瀬の正面に歩みを進めた時には緊張が走ったわけだが、柏木の発言を聞いて、そういえばそうだ、と俺は納得した。

「優里、もう限界。歌詞の最後、埋めてよ」


 実はこの期に及んでも高瀬は『夏風邪』の最後の一文を決めかねていた。


「そう、だよね」

 高瀬は柏木から歌詞の紙を受け取ると、虚空を見つめ、覚悟を決めたように唇を噛んで、紙に言葉を記していく。張り詰めた表情でそれを柏木に返す。


 高瀬に劣らぬ険しい顔で柏木はそれを確認する。とてもではないが「俺にも見せてくれ」と気安く言える雰囲気ではない。


「オッケー」と柏木はいつもの明るさを感じさせつつ、しかしいくぶん不気味に言った。「さーて、緊張してきたぞー。ちょっと気分転換に、その辺を散歩してくる」


 このままでは俺たちが舞台で奏でるのは不協和音そのものじゃないか、と思って俺はため息をついた。東京の音楽事務所の担当者さんが、果たしてそんな濁った演奏を聴いて、太陽の才能に見合う評価を下せるんだろうか?


 舞台袖からスペースシャトルの発射を見届けてきた子どものような、初々しい表情で戻ってきた太陽に、申し訳ない、と心で謝る。俺にはどうにもできない力がメンバーの間で働いていて、それが最悪の場合、お前の未来を閉ざしてしまいそうなんだ、と。


 時刻は午後5時をまわった。俺たちが舞台に上がる頃には、月と星々も聴衆だ。



 ♯ ♯ ♯



 現在舞台上では、プログラムの最後から二番目、ノースホライズンの演奏が行われている。


 最終演奏者である俺たちは、かちかちになって、舞台袖でスタンバイしていた。


 信じられない。あと数分後には、3500人を前にしてギターを披露する。俺の人生じゃないみたいだ。


 先ほどから、両手が震えている。揉んだり振ったりしてみるがだめだ。一向に収まらない。ここ数日の猛練習のせいもあって、指先は赤く腫れ上がっている。最悪のケースが頭をよぎり、汗がにじみ出る。悟られないように両手をポケットに入れて隠す。


「あたしたちだけだよね、こんなつまらない衣装」

 高校指定の夏服のブラウスを指でまんで柏木がぼやく。


「仕方ないだろ。出演の許可を学校から取り付けるだけで精一杯だったんだから」

 そう太陽が言う通りで、この日をこの場所で迎えるのは、そう楽なことではなかった。


 進学校特有の「校是では、自由や自主性をうたっているが、そんなもんは外向きのパッケージなんだから、お前達はつべこべ言わず勉強を最優先しろ」という空気があり、太陽と柏木は成績が奮わず補習を受けていたというのもあり、そして何より、月島以外の四人は春の林間学校で大事件をやらかしている前科があることも忘れてはならず、つまり総合すると高校側が渋い反応を示すのは必至だったわけで、実際そうで、太陽が自慢の生徒会コネクションを最大限活用して、なんとか今夜の出演を認めさせたのだ。


 ステージ衣装は制服、派手なヘアーアレンジは御法度、という条件と引き替えだった。アイドル歌手のように自分を飾る気が満々だった柏木は、それを聞いてしょげたのだった。


 ノースホライズンの演奏が嫌でも耳に入ってくる。どうしても拾うのは、ギターの音だ。奏者はあのちりちりパーマだ。控え目に言って、とてもうまい。音を自在に操っている、そんな印象を受ける。


 ましてやボーカルも務めながらそれをやるわけで、俺と格が違うのは明白だった。彼の周りで音符が楽しそうに踊っているようにさえ思える。手の震えがいっそう大きくなる。


「あいつら、うまいね」柏木が悔しそうにつぶやいた。


「おう、本気でプロを目指すってのはこういうことだ」一旦は誇らしげに人差し指を立てた太陽だったが「ただ、太鼓はダメだ」と断定した。「これは致命的だが、あのドラムスにはリズム感が備わっていない。そして音が弱すぎる。ハートがないし気持ちも弱い。ドラムを叩くには向いてない」


 これは決して、自分の場所を奪われたことによるひがみなんかではない。客観的に判断して彼はそう言っている。


 素人なりに一ヶ月ほど楽器に触れてみて、今ならなんとなくそれもわかるような気がしていた。


 明らかにこのバンドでドラムスだけがお荷物になっている。自らの立ち位置を象徴するかのように、音が浮いている感じがある(俺なんかが偉そうに言えた義理ではないけども)。


 彼に代わって太陽が入ればきっと調和の取れたバンドになるのに、と思うと、なるほど、それはまさしく、芸能事務所の関心を射止めた旧ノースホライズンなのであった。


 演奏が終了し、拍手と歓声が沸き起こる。観客のボルテージは最高潮に達していると言っていいだろう。


「センキュー」と充足感のある、ちりちりパーマの声がマイク越しにとどろく。


 スタッフが近寄ってきて、「それでは未来同盟の皆さん、準備してください」と言う。


「よし来た!」太陽は頬を叩く。「みんな、丸くなれ。アレするぞ」


 その号令にメンバーは円を描くように立って、右手を中央の空間に差し出していく。太陽だけは月島を気遣って、最後に手を出す。そして、俺の手の震えが、みんなの知るところとなる。


「大丈夫、神沢君?」左隣の高瀬が言う。四人の視線が俺の顔に集中する。


「ああ」声まで震えてきた。苦笑いを見せ、平静を装う。


「みんな、聞いてくれ」太陽は全員の目を見て語りかけた。「俺はバンド活動に集中するためずっと南高なんこうに行きたいと思っていた。でも今は鳴桜めいおうに入って本当に良かったと思ってる。みんな、よくここまで付き合ってきてくれた。それだけで充分だ。俺は嬉しいよ。結果はもうどうでもいい」


「どうでもいいのかよ」と柏木が相づちを打つと、「結果まで付いて来たら最高さ」と太陽は笑って言った。そういう言い方をすることで、みんなの緊張を和らげようとしているのだろう。


「よし、最後は悠介だ。おまえさんが締めろ」


 俺はうなずいて口を開いた。

「あのさ、いろいろあったけど、やれるだけのことはやろう。正直『夏風邪』は不安が多いと思うけど、というか不安しかないけど、なんとかなるさ。太陽の未来のためだ。行こう」


 五つの「オー!」が重なって、輪が解かれると、ちょうどこちらへ戻って来たノーホラの面々と遭遇した。その堂々たる足どりは凱旋がいせんという言葉を連想させる。


「おい、いいか、トーシロ集団」とちりちりパーマがステージの興奮そのままに突っかかってきた。「これだけは言っておく。お客さんは神様だ。興ざめさせるような演奏は許さんからな。これまでのバンドがお客さんの中に積み上げてきた感動を、そのまま持って帰ってもらうんだ。お前達が壊す真似だけはすんじゃねーぞ。トリは、超重要だからな」


 太陽が彼の前に歩み出て「わかってる」とそれに真摯しんしな顔つきで応じる。二人は、無言で何かを語り合う。


「いよいよ残すバンドも一組となりました」

 軽妙な語り口のアナウンスが流れる。ノーホラの四人は舞台袖から動かず、俺たちの演奏を見張るという。


「なんと、メンバー全員が現役高校生という、異色バンドです。それでは登場していただきましょう。未来同盟のみなさんです!」


 スタッフが笑顔と拍手で俺たちを送り出す。


 太陽の「行くぞ!」の声で、ついに舞台に進み出る。

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