心の隅々まで晴れ渡っているなんていう日は年に一日あるかないかで、直近のその一日とは小学五年時までさかのぼることになる俺だけど、月島の告白を耳にした翌日も、やはり心には深い霧がかかっていた。
彼女の誘いに対し一度ははっきりと断りを入れたわけであるが、その後に明かされた「月島家に婿として入るのが俺でなければならない理由」というのが、その霧を生み出していた。
授業中はほとんど教師の話が頭に入らず、休み時間もどこか上の空で過ごし続け訪れた放課後、俺は太陽の招集を受けていつもの秘密基地に顔を出していた。
明日からは期末テスト期間に突入するため、しばらく放課後に四人で集まることはできなくなる。
試験前、最後の会合というわけだ。
「どうだい、みんな。ベースをやってくれそうな助っ人は見つかったか?」
太陽が期待の光を瞳に灯し言った。
もちろん今日の話題も、夏フェスの向けてのものだった。
昨日俺が担任の篠田先生に呼ばれ、そのままこの部屋へは帰ってこなかった件については、うまくごまかしておいた。まさかいろいろあって中学時代のクラスメイトに求婚されたなんて高瀬と柏木に話せるわけがない。
「楽器が得意な子にあたってみたんだけど」と高瀬は言った。「そういう人はやっぱり吹奏楽部に入っていて放課後は忙しくて、断られちゃった。バンド自体には興味を示してくれたんだけどね」
「そっか。ありがとう高瀬さん。それじゃ柏木はどうだった? おまえも顔は広いだろ?」
柏木は手を振って「残念」と言った。「ボーカルならやってみたいって子はいたけど、ベースはちょっとねぇ。まさかその子をボーカルとして加入させて、あたしがベースをやるわけにもいかないし……」
太陽は腕を組んで唸る。
「ベースは簡単じゃないだけに、一日でも早く担当を決めたいんだが……。悠介はそもそもオレ以外に友達なんかいないもんな?」
「悪かったな」と俺は言った。「なぁ太陽。無学な俺に教えてほしいんだが、バンドってベースがいないとまずいのか?」
それを聞いた太陽は、なっはっは、と手を叩いて笑う。
「まずいなんてもんじゃない。話にならん。ダシを取っていないそばつゆみたいなもんだ。ベースってのは、地味だが超重要なパートなんだよ」
他ならぬ料理での例えだったので、俺は妙に納得した。「なるほど」
「まいったなぁ。オレの夢はここで終わりなのかなぁ……」
太陽はそう漏らすと椅子に座り、干からびた昆布みたいに体を机に突っ伏した。ドラムへの情熱だけは本物であることを、今はみんなよく知っているだけに、彼に掛ける言葉が見つからない。
重苦しい静寂が四人を包む。しばらくして沈黙を破ったのは――これは誰も予想しなかっただろう――部屋の扉へのノック音だった。
俺たちは顔を見合わせる。誰もが
どこかの部室や準備室と間違うことすらないほど学校の隅に佇むこの部屋に、用事のある学校関係者などそうそういるわけがないのだ。
「誰だ?」太陽が警戒を声に込めて言う。
呼び掛けに応じて現れたその姿にを見て、俺は目を見開いた。
他の三人は「誰この子?」といった様子で、その客人の
そこにいたのは、月島だった。
「盗み聞きしてごめん」と彼女は言った。「ベース、私がやってあげてもいいけど?」
「本当か!?」太陽が立ち上がる。
「私のパパが、昔、少し
「なぁ、ミステリアスな君。一ヶ月後の本番までに、なんとかなりそうかい?」
「任せて」
月島は自信満々にうなずいた。そしてどういうわけか、俺の近くにやってきた。
「そのかわり、私もこのグループに入れてもらうことになるけれど」
「なんだって!?」
「当たり前でしょう」月島は途端に語調を強める。「用が済んだらポイなんて、冗談じゃない。なんだかずいぶんと楽しそうな集まりみたいだし」
呆然とする四人を尻目に、彼女は媚びるような声で「ねぇ」と続けた。
「ねぇ、神沢からも、なんとか言ってよ」
親しげに俺のことを苗字で呼び捨てにする女子生徒の登場は、当然の作用として、他の三人の目を丸くさせる。
やがて三人の思いを代弁するように口を開いたのは、柏木だった。
「ちょっと。ずいぶん悠介に馴れ馴れしいじゃない。部屋にもズカズカ上がり込んでくるし。アナタ、何者なの?」
「あれれ?」月島は芝居がかった声を出す。「神沢。この人たちに言ってないの? 仕方ないなぁ」
俺の肩に何かが乗った。それはそっと置かれた月島の右手だった。
おそろしく嫌な予感がした。そしてその予感は当たった。次に月島の口から飛び出した台詞は、穏やかな夏の午後を一変させ、雲の切れ間から一閃の雷光を呼び起こすものだった。
「私、神沢の中学時代の元カノ。きのう、