月島が選んで入ったのは、全国区のファストフード店だった。店内は俺たちと同じような年頃の若者でにぎわっていた。
こういった店は普段から利用しないし、隣に月島がいるというのもあって、おのずと全ての行動がたどたどしくなってしまう。
そんな俺とは対照的に、月島はあらゆる所作が
「死にそう」と月島は言った。空腹で、ということらしい。彼女は大きなハンバーガーがメインになったセットを注文した。
俺は特別腹は空いていなかったけれど、何も頼まないのも手持ちぶさたになりそうだったので、チーズバーガーとバニラシェイクを頼むことにした。
俺の会計の際に月島が財布を開けて支払おうとしたから、慌ててそれを押しとどめ、自分で金を支払った。
いくら大学のために普段から節制しているとはいえ、そこは俺も高校生だ。このくらいの出費は想定内だ。痛くも痒くもない。――いや、ちょっとだけ痒いか。
若い男の店員が俺と月島にそれぞれが注文した品の載ったトレーを手渡そうとした。しかしどういうわけか月島は俺の背後から動かず「私の分ももらってくれる?」と言うので、俺は首をかしげながらもそれに従い、二人分のトレーを受け取った。
「席はどこでもいい?」と彼女が問うので、「どこでもいい」と俺は返す。
二つのトレーをひっくり返さないように、綱渡りをしている曲芸師みたいにバランスを取りながら彼女の後ろを歩いて行く。
頃合いの席を探す月島は、男たちの視線を惹きつける。カップルと思しき男女の男の方が月島を見て
では俺はこの店の客にどんな風に見えているんだろうか、とふと思う。やはり月島の彼氏だと思われているんだろうか?
全身が垢抜けて、爪の先に至るまでセンスの良さが際立つ月島と、見てくれで注目を集めるための工夫を自身に施していない俺。
どう見ても両者は違う世界の住人である。
月島は周囲に客のいない窓際の席の前で立ち止まり、そこに腰掛けるよう指示した。俺はトレーをテーブルに置き、月島と向かい合うかたちで座って、彼女が話し始めるのを待った。
「ふぅ、警察の世話になんかなるもんじゃないね。なんかこの一日で、急に歳取った気分」
彼女はストローに口をつけ、苦笑する。
「それにしても、なんだってナンパ男を殴ったりしたんだ? 月島なら男に声を掛けられるのは、慣れっこなもんだろう?」
俺が尋ねると、心なしか彼女は表情を少し
ここ三年で最大の空腹にあったという月島が、それを解消するための時間がしばらく流れた。
小さな口と細長い指を使って、自身の顔くらいありそうな大きなハンバーガーを小気味よく処理していくその姿は、なんだかどんぐりを頬張る子リスを連想させる。
やがて空腹がおさまったのか、彼女は脚を組み替えて口を開いた。
「神沢はさ、進路とかもう決めてたりするの?」
「大学に行こうと思ってる」
高瀬と行く、と心で言い添える。
「大学」私の聞き間違い? とでも言いたげに月島は首をひねった。「こういう言い方は神沢に悪いかもしれないけれど、キミ、大学行くの難しいんじゃないの? その、いろんな意味で」
指摘があまりにも正確すぎて、涙が出そうになる。しかしこんな場所でふさぎ込むわけにもいかないので、俺は居酒屋でバイトして少しでも大学進学の可能性を高めている旨を彼女に話した。高瀬の名を今ここで出す必要はないだろう。
「へぇ。がんばり屋さんだねぇ。偉い」
感心しているようには見えないが、とにかく月島はそう言った。
「そういえば神沢は、一学期中間もけっこう上の方だったよね。進学校の
「頭が良いわけじゃなくて、勉強くらいしかやることがないんだよ」
こちらは月島の学年順位なんか気に留めていなかったけれど、彼女の方はどうやら意識してくれていたらしい。
「大学っていうと、東京に出たりするつもり?」
「東京!」つい、ははっ、と笑ってしまった。「俺の置かれた状況ならば、この街の国立・
「それなのに、勉強してお金稼いで、もし受かったら入学する気なんだ?」
俺は強くうなずいた。たとえ行く先が行き止まりだとわかっていても、俺は選んだのだ。この道を進み続けることを。
ふーん、とドライな声を出すと、彼女はどういうわけか面白くなさそうにフライドポテトを口に放り込んだ。
「この地方都市から出て行くつもりはない?」
俺はもう一度うなずいた。
「そう、ですか」
そうつぶやいて残念そうにため息をつく月島。俺が地元の大学を受験し、そこに入学することが、彼女の人生のいったい何に影響を及ぼすというのだろう?
月島は言った。「今日、神沢に会って話したかったのは、実は高校卒業後のことなんだ」
「高校卒業後?」
「そう」月島は静かにうなずく。「私と君の
未来――。
その言葉を耳にした瞬間、俺の身体は固まった。
月島はぐっと身を乗り出してきた。
「私さ、回りくどいのって嫌いだから、単刀直入に結論から言うね」
これまで数ヶ月の数奇な経験から、月島の口から何か天地がひっくり返るような突拍子もないことが出てくるような予感が――いや、確信と言ってもいいだろう――全身を駆け巡って、細胞という細胞に身構えるよう促していく。
俺の人生に彩りを与え、自身も未来に困難を抱えている運命の女の子――“未来の君”。
その候補者の登場は、高瀬優里、柏木晴香の二人でもって、もう打ち止めだとばかり思っていた。
死神を退ける天声を放つことで俺をこの世界につなぎ止め、今また目の前に現れた月島涼の言葉は、迷える俺をさらなる迷宮へと
「神沢、私と結婚しない?」