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第11話 その声が死神を退けた 3


 俺と高瀬と柏木はそれを聞いてぽかんとした。


 太陽は言った。「あまりに突然の話だからな。何も言葉が出てこないのも無理はない。今から順を追って説明する」


 ノースホライズンから脱退させられた太陽は反則技と知りながらも、他のメンバーに黙って単独でプロダクションの担当者と連絡を取って、全てを洗いざらい打ち明けることにしたという。


 ノースホライズンは太陽こそが屋台骨で成り立っているバンドであること。

 その彼が重荷となったことで排除されてしまったこと。

 それでも彼は強くプロになりたいと願っていること。エトセトラ。


 高校生の内輪揉めと取られて相手にされないかとも思ったが、担当の人はとても話のわかる人だった。


 顛末てんまつを聞き終わると彼は「事情はよくわかった。そういうことなら、君も新しく仲間を募って8月のフェスに出演したら良い。せっかくの機会だから僕は最初から最後まで通して拝見するつもりだよ」と言ってくれたという。


「それを耳にして0.5秒後、オレの脳裏には君たち三人の顔が夜空にきらめく星のごとく浮かび上がったというわけだ」

 太陽は俺たちの顔を順に見渡した。


 誰かに頼られるというのは素直に嬉しいことではあるけれど、それが、オーディションのような側面も兼ね備えた舞台で演奏するためのバンドとなると……。


 草野球で「メンバーが足りないから」と助けを乞われ、一日だけレフトを守るのとは、責任の重さがまるで違う。


 俺はもちろんだが、高瀬と柏木もバンド経験など無いのだろう。それぞれ難しい顔をして、どうしようか考えている。


 太陽は身を乗り出すようにして、思いを口にした。

「もちろん力を貸してもらうのは、期末テストが終わってからでかまわない。そうなればちょうど夏休みになる。ちょっとくらいならみんな時間はあるよな? 何もそのままずっとバンドを組んでくれというわけじゃない。夏フェス本番まで期間限定だ。


 オレはよ、ふざけている時も多いが、ことドラムに関してだけは本気も本気、大本気なんだ。悠介や高瀬さんが大学を目指すことで毎日活き活きしているように、オレもドラムが活力源なんだよ。今を生きる力をドラムからもらってるんだ。このひと夏、オレにみんなの力を貸してくれ。頼む」


 しばらく沈黙があった。


 最初に口を開いたのは高瀬だった。

「私、やってみようかな。これじゃ葉山君があんまりだよ。それになんだか面白そうだし」


「おおっ、さすが高瀬さん! そう言ってくれると信じてたぜ!」

 太陽が乾燥地帯にて水脈を掘り当てたような表情をすれば、高瀬の顔つきは冒険者のそれへと変わっている。


「ギターとかベースは自信ないけれど、私ピアノやってたから、キーボードなら少しは役に立てると思う。どうかな?」

「おう、いいぜいいぜ。楽器経験者は大歓迎さ」


 もどかしそうに髪を指に巻き付けたのは柏木だ。「あたしも葉山君に協力してあげたいのはやまやまなんだけど、その、楽器は自慢じゃないけど苦手だよ? 小学校の時なんか学芸会で先生に『演奏しているフリをしろ』って言われたくらいだもん」


「全然かまわんぞ、柏木。楽器を弾けなくても参加できるのがバンドの良いところじゃないか」太陽は親指を突き立てる。「オレの見立てが正しけりゃ、柏木には、人の目を惹く天性のモンが備わっている。スター性とでも言うのかな。そこでだ。それを最大限活かすべく、おまえにはセンターでボーカルを担ってもらおう」


「え」

 その任命を全く予想していなかったのか、柏木は顔の半分で笑い、もう半分を引きつらせている。

「あたしがボーカル?」


 そんな柏木の参加を後押ししたのは、高瀬だ。

「晴香、歌うのは好きでしょ。いいんじゃない? やろうよ」


 柏木は少し悩む素振りを見せてから、腕まくりした。

「優里がそう言うなら、やってみようかしらん?」


 高瀬に続き柏木の加入も決定し、自然とみんなの視線は、ある人物に集まることになる。俺である。なにかを言わなきゃいけない雰囲気だった。

「俺はおそらく柏木以上に楽器が下手だぞ、太陽。これは決して謙遜して言っているんじゃない。おまえの未来が懸かっている大事な舞台で演奏するレベルには、到底達しないと思う。俺はバンドには向いてないよ」


「そうかぁ?」太陽は能天気に言う。「なんつーか、悠介はオレなんかよりよっぽどロックバンドのメンバーっぽいぜ。世の中に反抗的な感じとかな」


 高瀬と柏木が吹き出して笑う。俺は唇を尖らせることしかできない。


「もう、じれったい男ねぇ」柏木が業を煮やしたように言った。「何事もやってみないとわかんないでしょ。一人しかいない友達のピンチなんだから、思い切って参加しなさいって」


 高瀬が与えてくれた“ポジティブに生きてみよう精神”は依然、機能させているつもりなのだけど、ただ今回に関しては、自信が無いのだ。


 大勢の観客を前に、慣れない楽器を肩からぶら下げて、頭が真っ白になり失敗する自分の姿が俺には簡単に想像できる。


 太陽の未来を、俺のお粗末な演奏で閉ざすわけにはいかないだろう。


 今回ばかりは他に誰か適当な人間を見つけた方がいい、と俺が言おうとしたその時、太陽が椅子ごとこちらへ来て、耳元でささやき始めた。

「なぁ悠介。夏休みをいったいどうするか、考えてるのか?」


「夏休み?」

「ああ。このまま夏休みに入れば、愛する高瀬さんとしばらく会えなくなるんだぞ?」


 それを聞いて俺ははっとした。そしてぞっとした。


 太陽の言う通りだ。俺たちは部でもなんでもないのだから、夏休みも毎日この秘密基地に集まる理由がない。


 俺は正面の高瀬を視界に収め、その天女のように美しい相貌そうぼうを拝むことのできない日々を想像して気を失いそうになった。


 一学期中の今だって、土曜日曜が来るのがイヤで仕方ないくらいなのだ。それどころかいっそ、休みなんか要らないと思っていたりもする。


 太陽は続けた。

「高瀬さんと一ヶ月も会えないなんてそんなの耐えられんのか? でもバンドの練習というがあれば、ほぼ毎日、今までと変わらぬように顔を合わせられるんだ。共同作業は男女の愛を育む。そういう意味でも、こいつは悪い話じゃないと思うんだがな」


「やります!」

「早っ!」


「やるよ! やらせてくれ! そうだな、ギターが良い」

「悠介、おまえな……」


「俺も趣味のひとつくらい見つけなきゃいけないと思ってたんだ。これを機にギターが趣味になるといいな」


 太陽は白い目で見てきたが、ギタリストを確保できたことには違いない。すぐに気を取り直して元の席に戻った。


 ロックバンドを結成するには一つ大きな問題が残っていた。それはベーシストの不在である。


「うーん」と太陽はうなる。「悠介はギターで限界だろうし、ボーカルの柏木にベースまでやらせるのは酷だ。高瀬さんは器用だからいけそうなもんだが、貴重な楽器経験者である高瀬さんには、キーボードでバンド全体を引き締めてもらいたい。難しいなこりゃ」


 バンドのことは俺たち三人はよくわからないので、彼の判断に従うしかない。


「ま、こうなったらを引っ張ってくるしかねぇか。みんな、まわりに四弦をかき鳴らしてくれそうなクールガイ――ガールでももちろんいい――がいたら、誘ってみてくれ。この際、経験の有無は問わん。俺も知り合いを片っ端から当たってみる」


 俺たちはうなずいた。


 太陽はいつものように「ははっ」と軽快に笑った。「まぁ不安も多いと思うが、夏の思い出作り程度に思って、気楽にやってくれ。演者が楽しんでいないステージなんて、お客さんもしらけちまうからな。大丈夫さ。なんせ山での遭難なんていう大ピンチも、世紀の大発見で締めくくっちまうんだ。オレたちには幸運の女神がついてるんだよ。今回だってきっとうまくいく。みんな、熱い夏にしようぜ!」


 そこで室内のスピーカーから校内放送が流れてきた。


「えー、生徒の呼び出しを行います。1年H組、神沢悠介。校内に残っていたら、職員室、篠田のところまで。繰り返します…………」


 我らがH組担任・篠田しのだ教諭の猛々しい声が響き渡る。それを耳にして俺たちは互いの顔を見合わせる。


「悠介、お前、シノディーの呼び出しくらうとか……何やらかしたんだよ?」

 太陽はすねを机の角にぶつけたような顔をして言った。


 学校内では極めて素行の良い俺である。呼び出される理由は一つしか思い浮かばなかった。

「居酒屋のバイトだ。おそらく、それが、ばれた」


「うっわ」柏木が口に手を当てる。「それはヤバイでしょ。ウチの高校だと、下手すりゃ停学ものじゃない?」


 高瀬もいつになく早口でそれに続いた。

「神沢君、私たちも行こうか? 事情を説明すれば、篠田先生もわかってくれると思うんだ」


 もし居酒屋の仕事が高校に知られたとなると、俺の大学進学計画は、そして高瀬との約束は、ここで大きな壁に直面することになる。


「とりあえずは」緊張を押し隠し言った。「一人で行ってみる。本当に困ったら、その時はみんなに助けを求めるよ」


 ぎこちなく微笑んで、俺は職員室へと向かう。


 足どりは重い。

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