目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第6話 愛はどこにあるの? 2


 いつもの四人に末永を加えた俺たち五人は、ゴミ拾いをするため、拠点となるロッジからは遠く離れた小川を目指して歩いていた。


 はじめはゴミが最も多く落ちていることが予想でき、行き来が楽なロッジ周辺エリアを希望したのだが、どの班も考えることは同じだった。それで希望が重なってしまい、班長同士のじゃんけんで負け続けた俺たちの班が、こうして貧乏くじを引かされたのだった。


「勝負弱いどっかの班長のせいで、もうくたくたなんですけど」


 20分近く草木の生い茂る山道を歩いてもまだ川のせせらぎすら聞こえてこない現状を考えると、柏木がじゃんけん4連敗を喫した太陽にイヤミを言うのも無理はなかった。


「うっせーよ柏木。こんなんで疲れていたら、なんて探せないぞ」

 そこまで言って太陽はしまったという顔をする。遅い、と俺は内心でつぶやく。案の定なにも事情を知らない末永が興味を示した。


「お宝? なになにぃ? なんのこと? もしかして、なんか楽しいことするの?」


「あ、いや、末永、なんでもないぞ」太陽は失言に気づき取り繕った。「ほら、ゴミだって考えようによっちゃ、お宝だっていうことだよ。あはは。なっ、悠介?」


 顔を引きつらせている高瀬と柏木。「そうだな」と俺は呆れて返した。


「そういえば末永は何発叩かれた? あの悪趣味坊主に」太陽が肩をさすって尋ねた。

「えっとね、22回かな」


「さすが末永。オレと良い勝負だ。オレなんて24回だぞ」


 太陽が快活に笑えば、末永もそれにつられて白い歯を見せた。


「ヤダ、葉山君。私より叩かれた人いたんだ。ダメな人だねぇ、このぅ」

「24回も22回もあんま変わんないだろ。あんま得意になんなっつの、この野郎」

「私、『野郎』じゃないって」

「そうだな、なっはっは」

「きゃははは」


「もうけっこう良い雰囲気じゃないか」と俺は柏木に小声で耳打ちした。

「ね! カップル誕生の予感がするね」

 彼女は嬉しそうに笑う。女というのは本当に人の色恋沙汰が好きである。


 その例に漏れそうな高徳なお人である高瀬は自ら先導役を買って出て、手元の地図と前方を交互に見ながら、歩みを進めていた。

「あ、見えてきた。着いたみたいだよ」


 彼女が手で指し示す先には、小川という印象とは異なり、なかなか立派な幅の川が流れていた。しかし近付いてみると流れはとても穏やかで、一番深いところでも膝まで浸かるかという浅さで、総合するとやはり小川という呼称が似合っている。


「うっし、じゃ、パパッと終わらせて、一秒でも多く自由時間を獲得しますか」

 勝負弱い班長がそう言って、俺たちはうなずいた。


 ♯ ♯ ♯


 我々にあてがわれたゴミ袋は45リットルの大きいものが4枚で、うち2枚が燃えるゴミ用、他の2枚がペットボトルや空き缶など、その他のゴミ用だった。


 そのため俺たちは効率を第一に考え、五人を二組に振り分けることにした。


「それじゃオレと悠介でペットボトル行くか」

 それが最も自然だろう、という風に太陽が誘ってくるも、怖い顔で首を横に振る柏木の圧を感じ、応じるわけにはいかない。


「あー」太陽と末永を二人きりにするため、断りの言葉を探すが、それらしい台詞が見当たらない。その結果「今日の俺はなんとなく燃えるゴミの気分だな」とわけのわからないことを口にしていた。


 太陽がきょとんとするのも無理はない。「なんだそれ。どんな気分だよ」


 俺は心で彼に詫び、もうすでに燃えるゴミ組としてチームを組んでいる高瀬と柏木の方へ向かった。


「じゃあこっちはこれで定員いっぱいだから、末永は葉山君のグループね」

 すかさず柏木が言った。


 太陽は漫画なら頭上に電球が灯るような顔になると、こちらへ近付いてきて、耳元でささやき始めた。

「なんだよ水くせぇな悠介。それならそうと正直に言ってくれればいいじゃねぇか。“未来の君”候補の二人とこのゴミ拾いをしっぽりした時間に変えようって算段だな」


 的外れな推測にそんなんじゃないと否定しようとした矢先、このやり取りに目を光らせていた柏木がこちらへ歩み出て「ホラ悠介行くよ」と俺の手を引いた。


 視界から遠ざかっていく太陽は満面の笑みで、俺にピースサインを送る。


 ♯ ♯ ♯


 強烈な日差しのシャワーを浴びながら、俺と高瀬と柏木は学校指定ジャージの裾をめくって、川の中の美化に励んでいる。水面からの照り返しがえらくまぶしい。


 しかしもっと眩しかったのは、高瀬の真珠を溶かしたような純白のふくらはぎと、柏木の血色の良いすねだ。

 二人の美しい素足に集中力を掻き乱されながらも、俺はゴミ袋を人々の怠惰で満たしていく。


 一方、太陽・末永組は釣り人が拠点としている岩場周辺でせっせと活動していた。会話の内容までは聞こえないが、二人の「なっはっは」「きゃははは」という馬鹿笑いの声は絶えずこちらの空気をも震わせており、関係が良好であることを窺わせた。


「いいですねぇ、若いって」柏木が腕組みして、うんうんとうなずく。岩場を見ている。「人里離れた大自然の中で深まる男女の仲。うーん、これぞ青春だ」


 自身が後見人となっている恋の成り行きばかりを気にかけて、ちっともゴミを拾わない柏木がしゃくに障る。

「口を動かさないで手を動かせよ」


「悠介。うるさいことを言わないの。あーあ、あたしも付き合ったりしたいなぁ」

 これは彼女なりの反撃なのだろう。わざと“付き合ったり”を強調して言った。一を言えば二が、二を言えば四が返ってくるのが柏木晴香という女だ。


「そういえば晴香は」高瀬はゴム手袋を外し、うっすら浮かんだ額の汗を拭った。「好きな人いないの? 告白されても振ってばっかりいるでしょ」


「まぁいるにはいるんだけどねぇ」と柏木は言った。そして俺を横目で見やった。「どうにも女心に鈍くて頭でっかちで無愛想で、ダメな男なのよ。本当にね、どうにかならないのかしらねぇ」


 そのダメ男とは誰か、真顔で推理をしている高瀬に柏木が同じ質問を返した。

「そう言う優里は、気になる男いないの?」


 俺は柏木に対し眉をひそめる。でもいやしくも耳は高瀬の言葉を拾おうとしている。


「だって私はほら、三年後に……」高瀬はうつむき加減で言った。「だから恋なんか無理だよ」


 結婚、という二文字を口に出さないところに、彼女の複雑な心模様を感じる。なんだか急に切なくなる。


「何言ってんのよ、優里」柏木は語気を強めて言った。「恋なんてしようと思ってするものじゃない。気がつけば落ちてるものなんだから、そんな消極的なのはダメよ。せっかく可愛いんだから、高校生活の間だけでもカレシ、作っちゃいなさいよ」


「そんなのだめだよ、絶対」と高瀬は言った。「相手の男の人に悪いでしょ。仮に誰かとお付き合いするとして、私は相手の未来に責任を持てない。私だけは、三年後以降が決まっているわけだから」


「あのね、優里」柏木が肩を怒らせる。「もう少しずるくなりなさいって。高校生の恋愛なんて半分遊びみたいなものなんだから、難しいことは考えないで、適当な男をつかまえて付き合っちゃえばいいんだよ」


 そう言われても、という風に苦笑いを浮かべる高瀬を見て、ついに放っておけなくなった。

「おい柏木、いい加減にしろ。その辺にしておけ。高瀬は困っているじゃないか」


 柏木はふて腐れて、針のような視線をこちらに寄越す。しかし俺は動じない。柏木に自重を求めるべく、厳しい視線を送り返した。


 柏木と過ごしてきた時間は、俺の中に彼女専門の警報器を作り出していた。喋る、優れものだ。じりじりじり、と今それが鳴る。あのーですね、そろそろ出ますよ。柏木の口からあなたを困らせる台詞が。柏木はなんせ一を言えば二を返す女です。それではね、お気を付けください。


 なんとこれは大変だ、と身構えていると「じゃあ次は悠介」と来た。

「悠介は、好きな人いないんですか?」


 柏木の口元はあやしく曲がり、高瀬はこちらを見つめている。


 さて、と俺は息を吐き出す。さて、どう答えようか。高瀬の手前、ここは絶対に下手な手は打てない。


 小川の中でしばし考え込んでいると、岩場から悪友の声がした。「おーい、悠介! ずいぶんと良い御身分だな! H組の美女二人を独占しやがって! おまえさんはいったいどっちを狙ってるんだ!?」


 なんという悪しきタイミングだろうか。見れば太陽は、フロリダのヒッチハイカー顔負けの笑顔で親指を突き出している。あの馬鹿はこの組み分けの持つ意味を徹底的に履き違えている。


「まったく、狙うだなんて人聞きが悪い」と俺は平静を装って言った。「あいつの言うことは気にしないでくれ。さ、喋ってばかりいないで、川をきれいにしよう」


「誰なんだろうなぁ、気になるなぁ、悠介の好きな人」


 柏木は俺と高瀬にわざと聞こえるようにそう独りごちると、「あ、メダカいるじゃん!」と声を上げ、川の中をじゃぶじゃぶと、子どもみたいに進んでいった。


 俺は高瀬に向けて、ぎこちない作り笑顔を見せることしかできない。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?