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第6話 愛はどこにあるの? 1

 高瀬優里、1回。

 神沢悠介、3回。

 柏木晴香、12回。

 葉山太陽、24回。


 山中にひっそりと佇む寺での坐禅組みにおいて、いかつい顔の住職からいわゆる“ケーサク”によって肩を打たれた回数である。


 鳴桜高校に入学して最初の行事らしい行事である一泊二日の林間学校がついに幕を開けた。


 次の試練となるゴミ拾いが始まるまで時間があったので、俺たちはキャンプ場エリアの芝生に座り込んで、しばしの休憩を取っていた。


 叩かれた回数が二桁にのぼった柏木と太陽はもうすでにぐったりしていて、顔から生気が失われている。真夏の炎天下の中、着ぐるみを着てポケットティッシュを配るアルバイトでもしてきたかのようだ。


「ったく、あのクソ坊主、なにが『無』だよ、わけわかんねぇ。これじゃ無の境地に達する前に病院送りだっつーの」


 太陽が肩をさすりながら恨み節を吐き出せば、それに柏木も同調する。


「もう、途中から絶対あたしと葉山君だけに狙いをつけてたよ。あんなに近くをうろうろされたら、気になって逆に集中なんかできないじゃん!」


「な!」太陽は舌打ちする。「あの坊さん、絶対楽しんでやってたって。叩きやすい奴を選り分けてロックオンしやがって……ちきしょう」


 愚痴って痛みが和らぐのなら、とことん聞いてやろう。この後ゴミ拾いやらテント張りやらで存分に働いてもらわなきゃいけないんだから。


「でもあのお坊さん、すごいと思うよ」とは高瀬の感想だ。「私が叩かれた時は、ちょっと疲れたなって思った、まさにその時だったから。ずばーんと」


 我欲や煩悩といった言葉とは無縁の高瀬は、ただでさえ|清廉せいれんな顔つきなのに、より一層心が洗われたようで、前にも増して澄んだ顔をしている。


「高瀬さんと悠介はたいした被害はなしか」と太陽は言った。「羨ましいな、大学進学組は」


「大学は――」はからずも俺と高瀬の声が重なった。顔を見合わせ、俺が言葉を継ぐ運びとなった。「大学はあまり関係ないと思うぞ」


 太陽は俺にだけなんだか良い雰囲気じゃんかと言いたげな笑みを向けた後で、渋い顔に戻り「オレはロックンローラーだからなぁ」とつぶやいた。「ぜんなんて柄じゃねぇんだよ。ああ、肩痛ぇ。こりゃ今週いっぱいはは叩けねぇな」


 ドラマーはもうこりごりだという顔つきで、ドラムスティックを振り回す仕草をした。


「そうだ、葉山君」と柏木は言った。「ところでいつ行くのよ、宝探し。よくよく考えたらスケジュールは分刻みだし、先生たちの目を盗んで抜けられそうなタイミングなんてなさそうなんだけど」


 目がやや血走っている。察するにどうやらこの女、坐禅の最中からエメラルドのことで頭がいっぱいだったらしい。なるほど、あの住職は本物なのかもしれない、と俺は高瀬に同意する。


「心配ご無用。そこらへんもきちっとリサーチ済みだ」

 太陽は周囲の目を気にして俺たちに近くに寄るよう目配せし、話し始めた。


「この林間学校、オレたち生徒がつらいのは言うまでもないが、実はつらいのは教師連中もなんだよ。そりゃそうだ。こんな山の中まで来て何をするかと言えば、ほとんどの時間が生徒の監視だ。まともな飯にすらありつけないわけだ。それでな、8時の消灯で生徒が寝静まったのを確認したら、あいつら打ち上げとばかりに、あそこのロッジでビール飲みながら焼肉やるのが毎年の通例になってるんだとよ。名目上は反省会だが、ま、実態はただの宴会だよな」


「はぁ!?」柏木の何かのスイッチが、入ってしまった。「何それ許せない! 自分たちばっかり!」


「しーっ!」太陽は口の前でバツを作る。「柏木よ、耐えろ。腹が立つのもわかるが、冷静になって考えれば、これを使わん手はないだろうよ。宴会はだいたい11時くらいまで続いて、教師どもは何事もなかったようにこっそり自分たちのテントに戻っていく。生徒にばれちゃマズイからな。勝負は三時間。三時間の間に宝を発見できれば、後はこっちのもんだ。街に帰ったら焼肉パーティーくらい、いくらでも開いてやるよ」


 太陽からの連絡で宝探しのための持参品の一つに防寒具とあったのだが、これで合点がいった。今は半袖でも少し汗ばむほどの陽気ではあるけれど、なにせ山は昼と夜とでは気温が一変する。寒さ対策は必須というわけだ。


「そういうわけでみんな、体力は夜までできるだけ温存しておけよ」

 太陽はそう言い残すと、相変わらず肩をさすりながらトイレへ向かった。


「ちょうどよかった」と柏木は太陽の姿が見えなくなってから言った。「実はね、優里と悠介に聞いておいてほしいことがあるの」


 高瀬が首をかしげる。「葉山君がいたら、できない話なの?」


「できない話なの」と柏木は言った。「次のごみ拾いから、班での行動になるでしょ? 男子は悠介と葉山君で変わらないけど、女子は人数調整の兼ね合いで、あたしと優里に加えて、が入ってくるのよ」


 柏木の口から俺に運命を感じていることを引き出したのがこの末永だ。高校生活をそれなりに満喫している、騒がしい女子生徒である。


「そんで末永はね」柏木は小声で言う。「結論から言っちゃうけど、葉山君のことが好きなの。あの子、今回の林間学校は葉山君と仲良くなる絶好のチャンスだ! って張り切ってるから、二人にも協力してほしいわけよ」


「末永さんが葉山君を好きってこと、私たちにばらしちゃってよかったの?」

 高瀬が問う。視線は十円玉を落としたとかで、世界の終わりみたいに自動販売機の前でわめく末永を捉えている。


「いいのいいの。あたしだけじゃなく、優里と悠介も事情を知っていた方が何かとうまくいくでしょ。本人の許可も得てる。ま、裏を返せば、末永もそれくらい本気ってことだよね」


「でも、協力と言っても、具体的にはどうすればいいんだ?」

 俺が尋ねた。なぁ太陽、末永みたいな女の子って結構いいよな、なんて馬鹿げた台詞を言わなきゃいけない役回りはゴメンだ。


「難しく考えないで」柏木はこの手のことには慣れているらしい。「葉山君と末永ができるだけ一緒に行動するように仕向けてくれればいいだけ。ほら、男女混合の班なんか作ったって、結局男は男で固まりがちじゃない。そうじゃなくて、悠介は無理にでも葉山君から離れて、あたしたちと一緒にいるようにするのよ」


 かったるさしか感じないゴミ拾いを高瀬の近くで行えるなら、それは願ったり叶ったりというものだ。断る理由などない。


 太陽がトイレから出て来るのが見えて、俺たち三人は慌てて輪を解いた。


「お-? なんだ諸君」太陽がいぶかしがりながら言う。「オレに秘密の会議かい? まさかエメラルドが見つかったらオレを省いて三人で分けようって相談じゃねぇだろうな?」


 そんな邪悪な可能性を思いつくから24回も肩を打たれるんだ、と俺は心でつぶやき、笑うのを堪える。

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