自分の印象の中に残り続けてるいい思い出ってのは、消そうにもなかなか消せないものだと俺は思う。
忘れた方が楽になる。あんなに楽しかった時期も今はもう昔なんだから、前を向いてこれからの出会いに期待した方がいい。
人はいつだってそう言うものだけど、それでも俺は楽しかった時期をなかなか忘れられないタイプなんだ。
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「いやー、ほんと悪いな
――十月一日の朝。学校へ向かう車の中にて。
父さんは自分の車を運転しながら、申し訳なさそうに言う。
「別に。いいことじゃん。昔住んでたところにまた戻って来れるって」
俺は助手席から街並みを眺めつつ返した。「まあな」とさらに返してくる父さん。
「ただ、学校偏差値的には前の学校より少しだけ落ちるんだろ? いくつだったっけ? 64から……58?」
「そんな変わんないよ。授業の進度だって前見た資料だと一緒くらいだったし、俺だって偏差値的に言えば58くらいのもん。大学受験とか、結局本人の頑張り次第なとこあるしな」
「そんなもんかぁ~」
父さんは納得したように言って、「なるほどなるほど」と独り言を呟いてた。
俺はまた車窓から見える懐かしい街並みを見るのに集中する――
「けどさ、昔一緒に遊んでた子とかいるんじゃないか? 高校に」
と思いきや、またしても語り掛けてくる父さん。
内心、窓の外眺めさせてくれ、と思うものの、問いかけられたんだから仕方ない。
テキトーに返すことにした。
「さあ。わかんないよ。いるかもしれないし、いないかもしれない」
「ほら、夏樹と仲が良かったあの子。えっとー……」
「わかんないって。その辺のとこは特に期待してない。なんてーか……恥ずかしいし」
「おっ。本音出たねぇ」
言いながらニヤケてこっちを見てくる父さん。
いいから前見て運転しろ――
「って、おわぁぁぁぁぁ!」「――!?!?」
ぷっぷー! と鳴らされるクラクション。
あ、危なすぎる……。ほら見ろよ、だから言ったのに……。いや、口に出して言ってはないか。
危うく対向車のトラックと接触しかけところだった。うしろにもたまたま車がいなかったから良かったものの、下手したら転校初日から大事故かますところだったぞ……。
「わ、悪かった。ちゃんと前見て運転するな」
「お願いします……」
そんな感じで、転校先の高校まで俺は父さんの車に乗って向かうのだった。
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「じゃあ、既にクラスメイト達は朝のホームルーム受けるために全員揃ってるだろうからね。先生について来てくれ」
さっそく学校に着いた俺は、通常下駄箱を経由するであろうところから事務室の受付へ行き、四十代と思われる愛想のいいおっさん担任・福山先生と一緒に教室まで向かうことになった。
所属クラスは1年D組。今は学校全体で文化祭前の準備期間らしく、短縮授業だってことも聞かされた。
俺の元居た学校は夏休み明けにすぐ開催されたからな。お得だ。一年に二回文化祭を楽しめる。まあ、前と違ってメンツは慣れてない奴らだから、心の底から楽しめるか不安ではあるけどな。そこまで社交性のある方じゃないし、俺。
「よし。じゃあ、教室はここね。僕から最初に入るから、
「わかりました」
頷き、先に教室へ入る福山先生を見送る。
さっそく教室全体へ「おはよう!」と元気に声を出し、中の方はこれからクラスメイトとなる奴らの声が返って来る。なんか元気いいな、このクラス。
「さっそくだけどな、朝のホームルームを始める前に、転校生の紹介をしたいと思う。性別は男! 高身長のイケメンだぞ!」
おいやめろ。変にハードル上げんな。身長も平均くらいだし、顔だって老猫みたいな顔してるねって前の学校で言われてたんだぞ。てか、今さらながら老猫ってなんだよ。どんな顔なんだよ、俺は。
福山先生がそう言うもんだから、クラスの女子たちもざわめいて盛り上がる。ちくしょう、余計なことを……。
「さ、入って来てくれ! 敷和くん!」
言われ、俺はガッカリされるんだろうな、と思いつつも、できる限り堂々と教室へ入った。
反応の方は――
「「「「「………………」」」」」
ほらね? 思った通りだろ? どこのどいつだよ? 朝から女子さんたちガッカリさせるようなこと言ったのは? 俺、悪くないからね?
「うん! 高身長イケメン! よし、ならさっそく自己紹介頼む!」
うるせぇよ……もうそれやめろ……。
心の中で毒突きつつ、俺は自分の名前と、前いた土地のことを言うことにした。
「
パチパチ、とどこか残念そうな色味のある拍手が返って来る。言ったことは無難だし、何も問題ないんだけどな……。全部この担任のせいだ。くそ。
「じゃあ、自己紹介も終わったってことで、席は……そうだな。
……え?
福山先生の指さす方向を真っ先に見る。
そこには、一人の女子生徒がいた。めちゃめちゃに美人だ。黒髪の長すぎないロングヘアが綺麗。
ただ、違う。俺の知ってる小祝。
楓とは昔よく日が暮れるまでずっと遊んで、いつまでも仲良くしような、と言い合った仲だった。
でも、俺が引っ越すことになって離れ離れになって、そこから疎遠になってしまった。
また会えるか、なんて淡い期待を抱いていたものの、あれほどの美少女が楓な訳ないんだ。同姓同名もなかなか珍しいけど、ちょっと、いやかなりがっかりだ。
ただ……なんか彼女、やけに俺の方を見てくるな。
転校生がそんなに珍しいんだろうか。慣れん。あそこまでの美少女にジッと見つめられるの。
「……よ、よろしく」
「……っ! う、うん……」
が、席に着いて、ジッと見つめてきてた小祝さんに声を掛けると、彼女はなぜか速攻でそっぽを向いた。
何だよ。せっかく挨拶したのに。上げて落とされた気分だ。
さっきの福山先生のせいで、どうにも萎える展開。
ったく、どうしてあんなこと言ったかねぇ……。
小さくため息をつき、俺は一番後ろの端の席なのをいいことに、窓の方を眺めた。
……そういや、髪は綺麗だったけど、どことなく小祝さんの制服、濡れてなかったか……?
もう一度チラッと見やると、彼女はまた俺の方を見てたようで、焦りながらそっぽを向く。
何だってんだ。よくわからず、俺は一人で首を傾げて朝のホームルームを受けるのだった。