俺の家の近くにある空き地。
小さい時、そこで晶とはよく遊んでいた。
キャッチボールをしたり、サッカーをしたり、地面に絵を描いたり、お菓子を一緒に食べたり。
『いつまでも友達でいよう』
そんなことも言い合ったりしたっけ。
懐かしい。
今振り返れば、そんなものはすべて俺以外の人間が体験したような、『何か』と思えてしまう。
それほどに、俺たちの現在地は悲惨なものになってしまった。
どうしてこうなった?
その思いが、ただ鈍痛のように頭の片隅を支配し、中心部分へ向かって侵食していく。
俺は、いつもそれを止めるために明日乃のことを考えていた。
傍にいてくれる明日乃の笑顔。
それさえあれば、ネガティブなことは大抵どこかへやることができたから。
……でも、それだってもう無い。
明日乃は、晶に壊されていた。
壊され、自ら死を望むようになっていた。
俺へ心配を掛けないよう必死に普段通りを演じ、その末に一人死のうとしていた。
――俺たちは、四人が四人、既におかしくなっていたんだ。
誰が原因で?
誰が発端で?
何もわからない。
わからないなら、力づくでゼロに戻すしかないだろう。
四人の関係を作り上げた俺が、責任を持って。
「――それで、今さら何の用だ? 結賀。はははっ! まさか、ヤる気になった?」
懐かしい空き地。
俺はそこへ晶を呼び出し、昨日ぶりに相対した。
午後十八時。辺りは既に暗くなり始めてる。
「……別にヤる気は無い。ただ、色々話を聞いておかないといけないな、と思って。最後に」
「ふふっ。最後、か」
遠い目をして、晶はそう呟く。
そして続けた。
「やっぱりさ、お前は優しい奴だよ、結賀」
「……?」
「俺は明日乃のことをめちゃくちゃにしてた。でも、こうして会っても冷静だ。殺気も何も無い。普段通りだな」
「……そうか?」
「ああ。まあ、そういう性分だから紅葉を奪った時もお前は正気でいられたんだろうけどな。ハッキリ言って異常だよ。この状況も、お前の思考も」
醜悪に笑み、晶は俺を見つめたまま前髪をかき上げる。
俺は奴から一度も目を離さなかった。
ジッと見つめる。
見つめ続ける。
「もう少し苦しんでもらわないと困るよ? 俺、お前のことを最大限に絶望させてやろうと思ってるのに」
「……してるよ。絶望なら」
言うと、晶は楽し気に「おぉ」と声を上げる。
「へぇ。してんだ。その割には行動と伴ってないな。お前、俺のLIMEもまだ持ってたみたいだし」
「持ってはいない。事前に紅葉から聞いた。病室で」
「ははははっ! 寝取られ女にか! こりゃ面白いや! 寝取られ女に寝取り男の連絡先を聞く結賀! あはははっ! 惨めだなぁ~! んはははははっ!」
腹を抱えながら晶は笑っていた。
俺は表情を一つだって変えない。
ただ、奴をジッと見つめるだけ。
「どうでもいいよ。とにかく、俺の質問に答えろ。そのためだけにここへ来た」
「ふふふっ。ああ、いいよいいよ。可哀想だもんなぁ、お前。たっぷり聞かせてやる。紅葉を奪った時のやり取りの内容とか、明日乃が襲われてる時のこととか、なーんでも」
「何で俺のことを憎んでる?」
「あ?」
「何で俺へ恨みを持ってる? 恨んでる理由を具体的に聞かせてくれ」
笑っていた晶は、俺の問いかけを受けてやや口角を下げる。
そして、口にした。
「何で恨んでるか、ってぇ?」
「ああ」
「何だお前、気付いてないんだ?」
「気付いてないから聞いてる。教えてくれ」
目の部分に手を当て、晶はクスクス笑う。
「ま、そういうとこだよな。そりゃそうだよ。その辺に気付けてたら、俺たちの関係をお前は壊すこともなかった。今さらだよな」
「……」
「簡単だよ。結賀、お前が紅葉と恋人になったからだ」
「……は?」
意味がわからなかった。
疑問符を浮かべてしまう。
が、すぐにハッとした。
「晶、お前も紅葉が好きだった、とかか?」
「違うね。いや、好きだけど、恋愛的にって意味じゃない。俺は紅葉も、明日乃も、お前だって好きだったんだよ、結賀」
「……?」
「幼馴染としての三人が大好きだったんだ。四人でいれば、何にも負けない気がしたし、何でもできる気がした。俺は両親ともいないけど、皆でいる時はすごく安心した。この関係をいつまでも続けたいと思っていた」
「……」
「それなのに、お前は紅葉と恋人になった。それまで続いていた関係にも遠慮が生まれて、ヒビが入った。明日乃はお前の知らないところで泣いていたし、それを結賀や紅葉に悟られないようずっと普段通りでいることを演じていた」
「っ……」
「そういう意味じゃ明日乃は変わらないだろ? お前のために大事にしていた純潔を俺に無理やり奪われ、心が壊れてもそれを悟られないよう一人で死のうとしていたんだ」
ふふふ、と晶は笑う。
俺は……何とか耐えた。
「二人へ車に轢かれるよう命じたのも俺だよ。入れ替わりを演じるよう言ったのも全部俺」
「お前……」
「死ぬなよ、とは言っておいたが、明日乃は死ぬつもりだったみたいだな。それでも死ねず、入れ替わりを演じるしかなくなったわけだけど。はははっ」
「何でそんなこと……」
「決まってる。全部……全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部お前をどん底に突き落とすためだよ! 地獄を見せるためだ! 俺に幸福を与えて、それから何もかも奪っていったお前へ報復するため!」
歩み寄り、俺の胸ぐらを掴みながら激昂する晶。
「結賀。お前、神様って知ってるか?」
「……?」
「神様ってのはな、人に幸福を与えて、それを何の感情も無く天災として奪い去っていく鬼畜なんだ。おおよそ許されることじゃない」
「それが何の……」
「結賀。お前は神様にでもなったつもりか? 殺してやろうか、本当に」
至近距離にある晶の顔。瞳。
それは言葉の通り憎しみに満ちたもので、彼の感情に嘘偽りはまるでなかった。
そうか。そういうことだったのか。
ようやく理解できた。晶がどうして俺を恨んでいるか。
こんな時だというのに、昔を思い出す。
親も、友達も、周りに誰もいなかった晶。
俺は、そんな晶を見かねて、手を引き、この空き地へ連れ出した。
晶は、それまでに見せたことのないキラキラした笑顔を俺へ向けてくれたんだ。
親友になれると思った。
大切な関係になれると思った。
俺も、晶が大好き――
「――だったんだよ」
ザクリ。
そんな音が確かに鼓膜へ伝わる。
「……ぅえ……?」
晶が頓狂な声を漏らす。
彼の側頭部には、俺の振ったナイフが突き刺さっていた。
血液。
その赤は、夜闇の中でもよく見えた。
ごめんな。晶。
ごめん。
ごめん。
ごめん。
ごめん。
ごめん。
ごめん。
ごめん。
ごめん。
呪詛のように謝り、突き立てたナイフ。
全部で……何回?
わからない。
でも、何度目かと考えているうちに、晶は遂に動かなくなった。
あぁ、晶。
また明日も遊ぼう。
かつての声が耳に聞こえてきたような気がして、俺の瞳からは涙が零れ落ちていた。