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第10話 たぶん晶には

 気だるい感覚と共に、意識がゆっくりと何かに引き上げられる。


 それは、悪魔のような存在から助け、俺を光へ導いてくれるような、そんな手だった気がする。


「うっ……うぅ……」


 言葉になっていない声を漏らす。


 喉に何か引っかかっているようで気持ち悪い。ちゃんと音となって出ていってるのか怪しい。


 けれど、そんな俺の声に反応するように、誰かの声が応えてくれる。


 視界も開けてきて、そこには――





「結賀……! 目、覚めた……? 大丈夫……?」





 入院着に身を包んだ女の子がいた。


 ――紅葉。


 その顔を見て、反射的にギョッとする。


 が、


「結賀……! 良かった……! 結賀ぁ……!」


 声質。俺の頬を撫でる感じ。雰囲気。


 それは、帰る場所のように安心できる存在で、俺の恋人である式凪明日乃のものだ。


 憑き物が取れたように安堵した。凝り固まっていた体から力が抜ける。


 ここにあいつはもういない。


 目の前にいるのは、明日乃だけみたいだ。


「明日……乃……」


「うんっ。私、式凪明日乃だよっ。紅葉じゃない。明日乃。大丈夫? わかる? ちゃんと認識できてる?」


「できてる……けど……痛いよ。そんな頬をグニグニやられたら……」


「あっ、ご、ごめんねっ!」


 ハッとして、俺の両頬へ添えていた手を離す明日乃。


 俺は力無いながらも笑む。


 怪我人でもないくせに明日乃のベッドへ横たわってる。二人でいるから、まあまあ狭かった。


「謝るなら……俺もだ。なんか……ごめん。急にだっただろ……? 意識失くしたの」


「別に謝らなくてもいいけど……う、うん。急には急にだった。私が目を覚まして、それでいきなり紅葉がいて、結賀も苦しそうにしてたから」


「病院の先生とか……看護師さんにはバレなかった……?」


「バレなかったよ。どうにかね。……紅葉追い返す時、バレるかと思ったけど」


 言いながら、明日乃は表情を暗める。


 きっと、かなりの言い合いをしたんだろう。紅葉をここから追い出すために。


「ほんと、最悪……。どうしてこんなことになっちゃったんだろ。紅葉がやったこと、これからは私のやったことになっちゃうんだよ……? あり得ない……本当に……」


「……明日乃……」


「私も紅葉の姿だし……晶もきっと私が明日乃だって気付いてないと思う……いったいどうしたら……」


「…………それは……言えばいいんだよ。俺たちが」


「……え?」


 気だるかったが、俺は上体を起こしつつ続ける。


「この入れ替わりを無いものにしてるのは、紅葉の仕業だ。あいつが明日乃の体のまま明日乃を演じてるから、周囲には入れ替わってるのがバレない。でも、それで騙せてるのは、俺たちのことを何も知らない他人だからだよ」


「他人……?」


 頷き、続ける。


「晶ならきっと明日乃と紅葉の少しの違いだって気付く。いくら紅葉が明日乃を演じてようと、それはバレるはずなんだ」


「……そうかな?」


「そうだよ。で、それでもしもバレないようだったら、今度は俺たちが入れ替わってることを証明する。簡単だ。医者とか看護師とか、そういう他人なら信じさせるのにかなりの苦労を要するけど、晶は簡単。絶対紅葉にも舐めたことはさせない」


 もう、絶対。


 静かに力強く言い切る。


 でも、明日乃の表情は明るいものにならなかった。


「……だね……うん…………あはは。晶に私たちのことしっかり理解してもらえば……おかしなことにはならない……よね」


 無理に作った笑い方。


 恐らく、不安なんだと思う。


 俺は明日乃の体を横から抱き締め、


「……大丈夫。明日乃のことは絶対俺が守る……絶対に」


 自己暗示のように言うと、彼女は小さい声で「うん」と返し、俺の抱擁を受け入れてくれた。


 寂れていた心が温かくなっていく。そんな感覚だった。






●〇●〇●〇●〇●






 ふと、考えることがある。


 仲の良かった四人の関係が崩れ去ったのは、いったいいつだったのだろう、と。


 昔、小学一年生の時に知り合った俺たち四人は、互いを励まし合うようにして仲良くなった。


 紅葉は父親がいなくて、晶は両親ともいない。


 俺と明日乃は両親とも健在だったけど、少しでも二人のことを元気付けてあげようとして、それから一緒に行動するようになった。


 今思えば、根本的にそれが原因だったのかもしれない。


 冷静に考えてみれば、お節介で上から目線な関係構築だったのかもしれない、と。そう思うわけだ。


 けれど、そんな風に晶は振る舞わなかった。紅葉も。


 二人とも俺と同じ目線でいつも仲良くしてくれたし、俺だって晶や紅葉のことを色々な面で頼りにしてたんだ。


 だから、それは俺の単なる被害妄想で、勘違いで、関係悪化の答えをただ出したがってる『早とちり』でしかないと思ってる。


 あの関係にはもう戻れない。


 でも、それでも。


 俺は、その答えを苦労してでも見つけたいと、強く思ってるんだ。


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