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第8話 胸の痛み

「結局、二人が入れ替わった事実は、紅葉が認めないと誰も信じてくれない。明日乃だけが主張し続けたって、意味のないことらしいな」


 俺が紅葉、いや、明日乃の病室に入ってから、そろそろ一時間が経とうとしてる。


時刻は十八時を回り、外は完全に暗くなりつつあった。


 病室では、部屋の一番大きな電灯を点けず、ベッド付属の小さなライトを点けてるだけ。


 淡い光だけが頼りの室内は、今の俺たちの不安定な心境を表してるようだった。


「本当……何でこんなことに……? アタシ……紅葉に殺されかけたのに……」


 顔を手で抑えながら、上体を起こしたまま震える声で言う明日乃。


 俺はそんな彼女に対し、なんて返せばいいのかわからず、ただ相槌を打つだけ。


 けれど、それだけじゃいけないのもわかってた。すぐに付け足すように、安っぽい言葉を投げかける。


「また明日、俺が紅葉のところに行ってみる。同じ病院に入院してるし、何なら、会話した内容をそのまま明日乃に伝えるよ」


「……やめて」


「え……?」


「結賀が今、紅葉のところに行くのはやめて。嫌な予感しかしないし、あの子、何をするかわからないから」


「何をするかわからないって言ったって、あいつも今怪我してる。できることなんて限られてるよ。不安に思わなくても」


「とにかく、やめて。もう、あの子は普通じゃなくなってるから。昔みたいに、普通じゃ」


 そう言われると、俺もうつむくしかなかった。


 昔に比べて普通じゃない。


 ……昔、か……。


「……昔と言えば、俺たち、小さい頃は仲良かったよな」


「……? どうしたの? いきなり」


「いや、明日乃が昔は、って言うからさ。少し思い出した。昔のこと。俺とお前と、紅葉と晶。四人で色々なところへ行ったし、本当に楽しかったなって」


「……」


「今はこんなんになってるけど」


「……うん」


 否定はせず、小さく頷く明日乃。


 俺は脱力するように、自虐的な笑みを浮かべ、


「一回さ、晶の奴に言われたんだ。こうなったのは、全部お前のせいだって。俺たちの仲が終わったのは、俺のせいなんだって」


「…………意味わからない。関係がこうなったのは、全部晶のせいだよ。晶が、結賀と紅葉の関係を邪魔したからこうなったんじゃん。紅葉だって、簡単に晶へなびくから」


「そもそも、俺が紅葉と付き合い始めたからってことなんだろ。仲の良かった四人組の中で、恋愛を持ち込むな、とでも言いたかったのかもしれない。間違いではないよな。問題が起こった時、仲が修復できなくなる。現に今、こうなってるし」


「……ほとんど嫉妬じゃん。結賀も真面目に捉えなくていいと思う。あいつはクズだよ。普通考えられないから。他人の恋人を奪おうだなんて」


「でも、結果それで奪われたからな、俺も。紅葉はあんなこと言ってたけど」


「好きって言ってたよね。結賀のこと」


「……まあ」


「頭おかしいんじゃないかと思う。自分から晶のとこに行って、今さら何? って。正気じゃないじゃん。ほんと訳わかんない」


「俺も訳わからん。……もう、しばらく何も考えたくないくらいだ」


「……アタシも。怪我の影響で頭痛いし、何よりも、紅葉に突き押されたこと、ショックだったし……」


「だろうな」


「うん……」


 言って、俺たちの間に沈黙が下りた。


 何かを考えてるのか、それとも何も考えず、ただ本当にボーっとしているのか。


 どっちなんだろう。まあ、どっちでもいいか。


「……結賀?」


「ん?」


「結賀の恋人は、今、アタシだよね?」


「うん。そうだな。式凪明日乃が恋人だ」


 返すと、明日乃安心したような表情を作り、続けた。


「だったら、少しだけ無茶なお願い、してもいい?」


「俺にできることなら何でもどうぞ」


「ん……。できないことは、無いと思う」


 何だろう。俺は彼女の言葉の続きを待った。


「明日、学校休みだよね?」


「そうだな。朝から一緒にいてあげられる」


「なら、いっそのこと、夜から朝まで一緒にいてくれたりとか……できないかな?」


「え?」


「今日、ここに泊って行ってくれない……? 今、アタシのところから結賀が離れるの……不安だから」


「明日乃……」


 紅葉の見た目をした明日乃が、若干頬を朱に染め、俺の顔を見ずに言う。


 その横顔は、紅葉と付き合っていた頃を思い出すようで、胸がズキっと痛んだ。が、その痛みを振り払うかのように、俺は頷き、


「いいよ。今日はここに泊まる。そこの椅子、使ってもいいか?」


「うん。何でも使っていいと思う。先生には内緒だけど」


「だな。椅子のこともそうだけど、俺がここで泊まるってのも、もしかしたら注意されるかもしれない」


「こっそり、ね? こっそり」


「うん。こっそりね」


 明日乃を励ます意味も込めて笑うと、彼女も笑って返してくれた。


 ただ、その時に見えた八重歯は、確かに紅葉のモノで、俺は明日乃から紅葉味を感じるだけで、ズキズキと胸を痛ませていたのだった。

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